3.領地見学!
「羊! もこもこでかわいいわっ」
「羊の放牧が盛んなんです。サニエ領の羊毛は品質がいいと評判なんですよ」
どこまでも青い空に、緑の草原。そこに羊が群れていて、なんかすごくかわいい。
牧歌的で癒される。
「麦やトウモロコシの栽培も盛んですよ」
ネリーが、馬車から外の風景を指さし、いろいろ説明をしてくれる。
「へえ。豊かな土地なのね」
「そうなんですよ」
ネリーはにっこり笑う。
あたしは王都での暮らしが長かったから、全然知らなかった。……恥ずかしい。
「あたし、これからはもっと、領地のことを勉強するわ。サニエ男爵家はお兄さまが継ぐけれど、あたしも少しでも力になりたい」
「嬉しいですわ、アニエスさま。……あ、そろそろ領地の首都に着きますわ。にぎわっているんですよ」
あたしとネリーは馬車を降り、街並みを散策した。
食材を売るお店、日用品を売るお店など、さまざまなお店が立ち並んでいる。
「すごいわ……!」
街は思ったよりもずっと栄えていた。
石畳の道を歩く。
明るい顔の人が多い。店の売り子さんも元気だ。
「アニエスさま、どこに行きたいですか?」
「このまま街を歩いていたいわ。みんな、いい顔してる!」
「入りたいお店があったら、教えてくださいね」
あたしはぶらぶらと歩きながら、ときどき買い食いをしたりして(こんなこと、王都では出来なかった!)散策を楽しんだ。
街並みの外れに来たときだった。
露店で野菜を売っている子どもたちがいた。
「子ども? ……ずいぶん小さい子もいるわ」
どう見ても、小学校に入る前に子もいた。
「ああ、教会の子どもたちですね」
「教会?」
「教会では、親のいない子をひきとって育てているんです」
「へえ」
教会が孤児院を兼ねているってこと?
……それはいいことなんだけど。
「ねえ、ネリー。ここには学校はないのかしら?」
前世の日本人の記憶が蘇ったあたしには、こんな小さな子が働くってことが奇異に映った。
この子たち、日本なら幼稚園とか小学校に行く年齢よね?
そう言えば、街のお店でも子どもが働いていたし、牧草地や農作地でも子どもが働いていたわ。当たり前に。
「アニエスさま、領地には学校はありません。そもそも、このユトリア王国の学校は、アニエスさまが通っていらっしゃった、貴族のための王立魔法学園しかありません。強い魔力は貴族の血筋に現れるものですし、平民のための学校はないのが普通ですよ」
そんなこと、分かっていらっしゃるのでは?
という顔をして、ネリーが首をかしげる。
「そうね、そうだったわ」
前世の記憶がどっと入り込んできて、ちょっと混乱してる。
貴族は十六歳になる歳に王立魔法学園に入学するまでは、家庭教師についてさまざまな知識を学ぶ。あたしもそうだった。マナーやダンス、歴史、文学、天文学、算術などなど、いろいろな先生に学んだわ。もちろん、魔法についても学んだ。
実のところ、家で家庭教師について学んでいる期間の方が学園より長い。学園は三年間だけど、学園に入る前、あたしは十年くらい家庭教師について学んでいる。
つまり、生まれる家によって教育が全然違うってこと。平民ならなおさらよね。
……つい、この間まではそれが当たり前だって思っていたけど。
露店の子どもたちに目をやる。
幼稚園くらいの子から、中学生くらいの子までいる。義務教育、という言葉が頭を過ってしまう。ここでの常識と前世の常識が違い過ぎて、くらくらする。
ふと、露店の子どもたちの一人の少年と目が合う。
揺れた髪が金色に光る。
碧い真っ直ぐな視線。
金髪に碧眼? ……珍しいわ。それは王族の特有の色。
王家の血が入っている貴族にも現れるけれども、こんな場所では珍しくてすごく目立つ。
「アニエスさま? どうされましたか?」
「うん、あそこで野菜を買おうかと思って。……料理長に言えば、調理してくれるわよね?」
「ええ、もちろんですとも!」
前世で二十八歳だったから、料理の一つくらい出来てもよさそうだけど、レシピがないと何も作れないのだ!
「こんにちは。お野菜いただけますか?」
「どれにしますか?」
さっきの金髪碧眼くんが対応してくれる。
整った顔立ち。……どこぞのご落胤かしら? どうして孤児なんだろう?
「あの?」
じろじろ見ていたら不審がられちゃった。いかんいかん。早く買いものをしなくちゃ!
「ええっと、トマトください。それから、パプリカと……」
金髪碧眼くんは、年下の子たちに指示を出し手際よく野菜を詰めていく。
「銅貨三枚です」
「はい、三枚ね!」
「ありがとうございました!」
金髪碧眼くんが言うと、ちっちゃい子たちも「ありがとございました!」と元気よく言う。
中にはちょっと出て来て、一生懸命手を振る子もいた。
くう! かわいいっ。
あたし、前世では学校の先生にも憧れがあったのよね。就職のとき、悩んでやめちゃったんだけど。
中学校に教育実習に行ったときのことが鮮やかに蘇る。
みんなきらきらしていてかわいかったなあ。
そうだ。
本当は小学校の先生の方がいいなって思ったんだった。ちょうど、あの露店にいる子たちくらいの子がかわいくて。でも小学校の教員免許はなかったから、諦めたのよね。
……あの子たちに勉強を教えてあげることは出来ないかしら。
あたし、王立魔法学園を卒業したばかりだけど。
でも、文字を書いたり計算したりということくらいは教えてあげることが出来る。




