1.婚約破棄⁉ ちょっと待って。あたし、人生詰んだじゃない?
「お前とは婚約破棄だ! エレーヌ!」
ジョスリン殿下の声が広間に響く。
――その瞬間、あたしの脳裏に前世の記憶がどっとなだれ込んで来た。
そして、当然理解した。
あたしは、当て馬ヒロイン、アニエスだと!
ジョスリン殿下と婚約破棄を言い渡されたエレーヌ公爵令嬢を見比べる。
ああ、見覚えあるわ、この光景。
ジョスリン殿下はイケメンの王太子で、王族特有の金髪碧眼。
エレーヌ公爵令嬢はさすがの美女で、銀糸のさらさらした髪に碧眼。
卒業パーティでみんな着飾って正装している中での、突然の婚約破棄宣言。
そう、よく知ってるわ!
『悪役令嬢 婚約破棄されるも無実を証明し、王太子と真実の愛を育む』の世界だよねっ⁉ 前世であたしが大好きだったアニメの!
あたしは婚約者でもないのに、ジョスリン殿下の隣にいて、彼はあたしを抱き寄せちゃっている。
あたしっては、婚約破棄を引き起こしたヒロインじゃん!(げげげっ!)
エレーヌ公爵令嬢は美しい顔を凍り付かせている。
うわー、エレーヌさま、めっちゃきれいっ。しかもあたしと同じ十八とは思えないほどの色香もあるわ。悪役令嬢ポジションだけど、でも、昨今の悪役令嬢って、実は悪役令嬢っていう名前の真のヒロインよね。なんだかんだと、才能を開花させたり溺愛されたりして、幸せになるの。あたし、エレーヌさま推しだったのよね。美人で賢くて。自分で無実を証明して、かっこよくもあるの!
で、あたし、男爵令嬢のアニエス。
ヒロインとは名ばかり。
完全に当て馬。
だって、このすぐ後で、悪役令嬢と言いつつ真のヒロインのエレーヌさまの返り討ちに合い、断罪されちゃうんだもん。
実は、禁止されている魔法チャームで、ジョスリン殿下がアニエス(あたしだっ)に惑わされていることがバレちゃうの(あたしってば、なんでそんなことしたんだろう?)。
そして、エレーヌさまは見事王太子妃になり、ジョスリン殿下に溺愛されるの。そして子宝にも恵まれ、幸福に生きていく。
まずいわ。
アニエスの人生、ここから転落していくのよ。
アニエスは美人でもなんでもない。愛嬌はあるかもしれないけど、普通の栗毛色の髪だし。エレーヌさまみたいに、さらさらの銀の髪でもない。しかも、エレーヌさまみたいにすらっとした体型でもなく、ちんまりとしている。……あ、なんか落ち込んできた。
貴族は貴族でも、公爵令嬢よりずっと格下の男爵令嬢。
……あたし、なんで、ジョスリン殿下なんて誘惑しちゃったのよお!
あたしの隣で、ドヤ顔を決める王太子をジト目で見る。
――全然好みじゃない。そもそもあたしはエレーヌさま推しなのよっ。
絶対に、物語の強制力だわ!
なぜかチャームが発動しちゃって、ジョスリン王太子を籠絡出来ちゃったのよ。あたしの意志じゃなくて!
「婚約破棄だ、エレーヌ! 私はアニエスに真実の愛を見つけたのだ!」
ああ、ジョスリン王太子。
それって、チャームのせいなんですよう。
そんでもって、あたし、王太子にチャームを使った罪で、断罪されちゃうの。うう。使うつもりなんて、なかったもん!
「アニエスをいじめた証拠もある! そうだろ? アニエス」
ジョスリン王太子はそう言って、満面の笑みであたしを見る。
あたしの台詞は「そうです! あたし、ずっとエレーヌさまにいじめられていて」というもの。
でも!
言わないわっ。
物語の強制力に逆らうのよ!
「そっ」
ジョスリン王太子があたしを期待に満ちた目で見つめる。
ああん、そうです、なんて言わないんだから! 頑張れ、あたし!
「そ、そ、そんなことありません!」
よくやったわ、あたし! 否定出来たわ! このまま一気にいくわよ。
ジョスリン王太子は変な顔してるけど。
「エレーヌさま、大変失礼いたしました。あたし、身分のことも考えず、色々と失礼を働きました。あたし、責任とって、謹慎いたします!」
「アニエス? 何を言っているんだ?」
ジョスリン殿下が不思議そうに言う。
あたしは知っている。
ジョスリン殿下のあたしへの思いは、チャームのせいだって。
そんでもって、そのチャームの効果もあと数日で消えちゃうって。
「ジョスリン殿下。あたし、勘違いしていましたの。王太子妃にふさわしいのは、エレーヌさま。あたしにはとても務まりません。王宮を騒がせた罰として、王都から出て行きます!」
あたしは高らかに宣言した。
ああ、みんなぽかんとしているわ。そりゃそうよね。でもそんなこと、構ってられないわ!
さあ、さっさと屋敷に帰って荷物を詰めて、領地に行く準備をするのよ。
断罪されて殺されちゃう前に、逃げ出さなきゃ!




