第313話 『東原の光明』と、悪役レスラーの場外乱闘
俺の龍の瞳に、遥か上空の宇宙空間に浮かぶ古代の監視衛星『万里』から送られてくる映像が、寸分の狂いもなく完全に重なり合った。
視界の奥で、ラノリア領土深くに隠蔽されていた地下サイロの装甲扉が開いていくのが手取るようにわかる。
そこから吐き出されようとしているのは、大分断の時代に世界を焼き尽くした忌まわしき亡霊、致死性のミアズマ弾頭を搭載した大戦末期の多弾頭ミサイル群だ。
ルキウスによる暗殺作戦の失敗を悟った古代AIのソフィア子機は、盤面そのものを更地にするという最悪の手段に打って出たのだ。
もしあのミサイルが直撃すれば、発生するミアズマによって大地は数百年単位で不毛の死の土地へと変貌してしまう。
さらに最悪なのは、国境線を跨ぐ大規模な飛翔体攻撃は、この星の『空の番人』である機械龍の逆鱗に触れるという事実だ。
機械龍がシステムを作動させれば、ラノリアもヴィータヴェンも等しく塵にされてしまうだろう。
あれはそういう存在なのだ。
(すっこんでな機械龍。お前さんが乱雑に手を下すより先に、俺がやる!!)
愛すべき若者たちの末裔が治めるこの国を、バグったポンコツAIの道連れにさせるわけには絶対にいくものか。
『師父。対象の飛翔体群、サイロより射出。推進システムの臨界まで残り15秒』
黄龍の切羽詰まった念話が、脳髄に響く。
『黄龍、俺の視界と万里の座標リンクの補正を限界まで引き上げろ。……一発でも撃ち漏らせば、世界が終わるぞ』
俺は巨大なドラゴンの姿のまま、天に向かって長く鋼鉄のような首を真っ直ぐに伸ばした。
月酔仙が純粋に星の海へと至るために思い描いたロマンを大量殺戮兵器へと歪めた人間の業への怒り。
そして、それをゲーム感覚で持ち出し、世界を再び終わらせようとしている機械仕掛けの亡霊への殺意。
俺は全身の筋肉を極限まで収縮させ、圧縮した極大の魔力を喉の奥から解放した。
『消え失せやがれェェェェッ!!!』
俺の開かれた巨大な顎から放たれたのは、夜空を真昼のように白く染め上げる、純粋な破壊と浄化の光の奔流だった。
数百年前、大分断の最終戦争において故郷を守るために放った特大のブレス。
後に『東原の光明』と称えられ、俺の二つ名の由来にもなったその極大の閃光が、夜の森から大気を切り裂いて空へと立ち上っていく。
ズゴォォォォォォォォォッ!!!
すべてを光の粒子へと還元する圧倒的なエネルギーの柱が、衛星『万里』の完璧な誘導補正によって、空へ向けて射出されたばかりのミサイル群を真正面から捉えた。
空中で凄まじい爆発が連鎖的に起こるが、俺の放った光の奔流は、その爆発のエネルギーと致死性のミアズマごとミサイルの残骸を完全に飲み込み、チリ一つ残さず焼き尽くしていく。
さらに光の柱は止まることなく、遥か彼方のラノリア領にある地下サイロの基部までを一直線に貫き、発射場そのものを地中深くから完全に蒸発させた。
ブレスの軌道上にあった山の一部や森の木々がいくつも消し飛んでしまったが、国ごと塵にされるよりはマシであり、背に腹は代えられない犠牲だ。
やがて光の奔流が収まり、夜空に再び星の瞬きが戻ってきた時、上空にはミサイルの欠片すら残っていなかった。
『……対象の完全消滅を確認。師父、機械龍のシステム稼働の兆候はありません。防衛成功です』
黄龍の安堵を含んだ念話を聞き、俺は鼻から長く熱い息を吐き出して、張り詰めていた全身の筋肉を少しだけ緩めた。
これで最悪の事態は免れたと安堵したのも束の間、眼下の国境線付近から巻き起こっている凄まじい喧騒を拾い上げた。
視線を下ろせば、ヴィータヴェンとラノリアの国境線で睨み合っていた両軍の兵士たちが、武器を取り落として完全にパニックに陥っているのが見える。
深夜の森の奥から突如として天を覆うほどの巨大なドラゴンが姿を現し、極大ブレスを放ったのだから、彼らにとっては世界の終わりが到来したようにしか見えないだろう。
(……やれやれ。流石にこれは、目立っちまったもんは仕方ねぇか)
俺は巨大な翼を広げ、深い溜息を吐き出した。
このまま放置すれば二次災害が起きかねない。
大人が表で必死に作った防波堤を、ここで決壊させるわけにはいかないのだ。
俺は首を鳴らし、プロレスラーがリングへと向かう入場ゲートを潜る時のような、独特のスイッチを自らの中に入れた。
俺は『世界のバランサー』であり、ルールを破る不届き者をシメる『ポリスマン』だ。
ならば、このどうしようもなく荒れ狂ってしまった戦場を強制的に終わらせるには、圧倒的で理不尽な『悪役』として君臨し、全員をリングから叩き出すしかない。
『卑小なる人間どもめ! 我が眠りを妨げるとは何事だ!!』
俺は極大の威圧を込めた念話を、両軍の兵士たちの脳髄へと直接響き渡らせた。
そして巨大な翼を力強く羽ばたかせ、国境線の戦場の中央へ向けて文字通りに突っ込んでいったのだ。
ズドォォォォンッ!!!
俺の数百万トンの巨体が大地に降り立った瞬間、局地的な地震のような凄まじい地響きが起こり、両軍の間にあった無人の平原がすり鉢状のクレーターとなって吹き飛ぶ。
「ひ、ひぃぃぃぃっ!?」
「竜だ! 神話時代の古代竜だぁぁっ!!」
俺は巨大な尾を振り回し、わざとらしく大きく天に向かって咆哮を上げた。
だが、俺の暴れ方は決して無秩序な破壊殺戮ではない。
これはあくまで、観客に怪我人をなるべく出さないように細心の注意を払いながら行う、プロレスにおける職人芸――『悪役レスラーの安全配慮型・場外乱闘』なのだ。
ラノリアの神官騎士団が恐怖のあまり放ってきた攻撃魔法を、俺は硬い赤銅色の鱗でわざと派手に弾き返し、その衝撃波だけで彼らの陣形を崩す。
後続の投石機が放った岩を空中の誰もいない方向へとはたき落とし、地面を抉って大量の土煙を巻き起こして彼らの視界を奪う。
踏み潰しそうになる兵士がいれば、コンマ数ミリの重力制御で足の裏を寸止めし、発生した凄まじい風圧だけで数十メートル後方へと安全に吹き飛ばす。
見た目は怪獣映画のワンシーンのように絶望的で派手だが、実際には誰一人として致命傷を負っていないという、極めて高度な物理演算と手加減の賜物だ。
俺の放つ極大の威圧は、ラノリア軍の兵士たちの脳を縛っていたソフィア子機の洗脳プロトコルすらも強引に焼き切り、消し飛ばしていく。
「逃げろ! あんなバケモンに勝てるわけがねえ!」
「陣形を解け! 全軍、ただちに後退せよ!!」
洗脳が解け、本能的な恐怖を取り戻したラノリア軍は、もはや聖戦の命令など微塵も気にする余裕はなく撤退していく。
その瓦解っぷりはヴィータヴェン軍も同様であり、イシュカルの必死の怒号も虚しく逃げ帰っていった。
俺は両軍が完全に戦場から離脱していくのを確認し、内心でホッと息を撫で下ろした。
誰も死なせず、戦争という泥沼の殴り合いを強制終了させる、完璧なヒールとしての仕事の完遂だ。
『やれやれ。久々に派手に動いたせいで、肩が凝っちまったぜ』
俺は黄龍にだけボヤきながら、荒れ果てた平原から夜空へと飛び立った。
そのまま誰の目にも触れない高い雲の上まで昇り、山向こうへと姿を消す。
安全な場所まで離脱したところで、俺はゆっくりと魔力を編み上げ、使い古したタオルを首に巻いた百八十五センチのおっさんの姿へと戻った。
冷たい夜風が汗ばんだ肌を撫でていくのを感じながら、俺は懐の黄龍の宝珠を軽く叩いた。
「さて、大人の裏仕事はこれで終わりだ。とっとと家に帰って、美味い酒でも飲むとするか」
こうして、世界を終わらせるはずだったラノリアの狂った聖戦は、たった一匹の過保護な古代竜の物理的なお仕置きによって、誰にも真実を知られることなく幕を閉じたのである。




