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悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~前世は病弱、今世は物理最強。魔法もチートも私には勝てません~  作者: みやもと春九堂@月館望男
【外伝】悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~よろず屋ドレイクのおっさんは、なかなか穏やかに過ごせない。β版~
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第314話 日常への帰還と、最強の粗大ゴミ

 国境線を覆っていた濃密な死の気配と、大気を焦がすような魔力の残滓が完全に霧散してから、数日の月日が流れた。


 ヴィータヴェンの王都は、いつもと変わらぬ穏やかな喧騒と活気に満ちている。


 数日前の夜、遥か彼方の空が真昼のように白く輝き、巨大なドラゴンの咆哮が大地を揺らしたという噂は、すでに王都の酒場で面白おかしく語られる「おとぎ話」や「神の怒り」として消費され始めていた。


 無理もない。


 あの夜、ラノリアの狂信的な軍勢も、ヴィータヴェンの騎士団も、両軍揃って文字通り蜘蛛の子を散らすように戦場から逃げ帰ってきたのだ。


 血で血を洗う泥沼の殺し合いは、巨大な古代竜の「場外乱闘」によって強制終了させられた。


 そして、その直後に発表されたファナック王の重大な決断が、この国の行く末を決定づけることになった。


 ヴィータヴェン王国の、強大なガルディア帝国への完全なる臣従。


 帝国という絶対的な軍事力と法を誇る巨大な傘の下に入ったことで、狂った「聖戦」を掲げるラノリアは、もはや容易に国境を侵すことができなくなった。


 一つの巨大宗教勢力と一つの大国の間で睨み合う冷戦状態へと持ち込み、民の血が流れる最悪の事態を、王は自らの王冠を差し出すことで完全に防ぎ切ったのだ。



 ◆◆◆



 王宮の地下深く、隠蔽と防音の結界が何重にも編み込まれた『影の間』。


 円卓を囲むようにして、かつてヴィータヴェン王国のトップであった三人――辺境伯となったファナック、ギルド長のマイノール、そして騎士団長のイシュカルが、深く椅子に腰を下ろしていた。


 俺は円卓の端に寄りかかり、首に巻いた使い古しのタオルを緩めながら、手元にある小さな木杯を傾けた。


「……帝国からの使節団との本条約調印、無事に終わったようだな」


「ああ。帝国の老宰相は、こちらの想定以上に話の分かる狸だったよ。我が臣民の命と財産の保護、そして自治権の大部分を確保する条件で、話はまとまった」


 ファナックはふうと長く重たい息を吐き出した。


「だが……やはり、王冠を手放すというのは、想像以上に腹の底が冷えるものだな。ご先祖様たちに顔向けができるかどうか、あの世に逝ってみないとわからんよ」


「へっ。気にするこたぁねえさ。俺が保証してやるよ」


 俺は手元の杯に残っていた、極上のウイスキーを一息に飲み干した。


「あんたのひいひいひい……何代前か忘れたが、この国を興したあの豪快な爺さんなら、間違いなく今のあんたの背中をバンバン叩いて大笑いしてるさ。よくやった、ってな」


 俺の言葉に、ファナックは少しだけ目を丸くし、やがて声を上げてからからと笑った。


「……そうか。あの大戦を知る『巨壁』殿にそう言ってもらえるなら、少しは胃の痛みも治まりそうだ」


「全くだぜ。ギルドの方も、ラノリアがばら撒いた呪いのオモチャの回収は、ほとんど片付いた。没落貴族の家宝買い戻しなんていうふざけた名目のおかげで、どこの馬の骨とも知れねえ冒険者どもが、喜んでガラクタを納品してきやがったよ」


 マイノールが凶悪な笑みを浮かべながら、懐から葉巻を取り出して火を点ける。


「騎士団の方も、帝国軍との合同国境警備の引き継ぎが順調に進んでいます。……あの夜、国境に現れたという『巨大な竜』の噂のおかげで、ラノリア側の兵士たちはすっかり戦意を喪失して、国境に近づこうとすらしない有様ですがね」


 イシュカルが、どこか呆れたような、そして畏敬の念の混じった視線を俺に向けてくる。


「まぁ、俺はただの門番として、少しばかり派手に掃除をしただけだ。一番重い荷物を背負って泥を被ったのは、お前さんたち大人だろ」


 俺は木杯を円卓に置き、分厚い革コートの襟を立てた。


「これで、ラノリアの狂ったポンコツAIも、しばらくは大人しく引きこもるしかなくなったはずだ。世界を終わらせる戦争の火種は、お前さんたちの防波堤の前に完全に鎮火したんだよ」


「……感謝する、ヨシュア殿。あなたが裏で動いてくれなければ、この国は確実にあのミサイルとやらで灰燼に帰していた」


 ファナックが真剣な表情で立ち上がり、俺に向けて深く頭を下げた。


 それに倣い、マイノールとイシュカルも無言で立ち上がり、深い敬意と共に一礼する。


 千年以上の時を生きてきた俺にとって、人間の寿命などほんの一瞬の瞬きに過ぎない。


 だが、このヴィータヴェンという国を護るために、己のすべてを懸けて盤面を整えた彼ら三人は、最高に立派な「大人」たちだった。


「礼には及ばねえよ。俺は俺の住んでいる庭を荒らされるのが嫌だっただけだ。……じゃあな。また魔導コンロでも壊れたら、店に持ってきな」


 俺は背中越しに短く手を振り、王城の隠し通路から静かに姿を消した。



 ◆◆◆



 俺の城であり、この長すぎる人生において最も落ち着くスローライフの拠点、『よろず屋ドレイク』の店舗。


 俺はドアの前に立ち、数日間ずっと裏返したままになっていた『準備中』の木札を指先で弾き、パタンと『営業中』の面へとひっくり返した。


 これで、俺の『巨壁の門番』としての非日常の裏仕事は完全に終わりだ。


 カラン、と古びたドアベルを鳴らして店内に入ると、カビと機械油、そして微かな薬草の匂いが肺いっぱいに満ちてくる。


『おかえりなさいませ、師父』


 カウンターの上の定位置に置かれた黄龍の宝珠が、淡い金色の光を明滅させて俺を出迎えた。


「おう、ご苦労だったな、黄龍。お前さんの演算のおかげで、月酔仙の爺さんが嘆くような最悪の事態だけは防げたぜ」


「当然の帰結です。あの程度の暴走した子機の論理エラーなど、私の処理能力の敵ではありません。……ですが師父、あの特大のブレスと巨大化、久々の大立ち回りで、お身体の魔力回路に相当な負荷がかかっているはずです。本日はもう、店仕舞いにしてご休息をとられては?」


「馬鹿言え。こんな時間から店を閉めてちゃ、近所の連中に怪しまれるだろ。それに、あの修理途中のコンロを放ったらかしにしておくわけにはいかねえ」


 俺は首に巻いていたタオルでゴシゴシと顔を拭き、カウンターの奥の工房スペースへと歩を進めた。


「さてと。細かい配線の続きからだな」


 俺は作業台の前に立ち、ふうと短く息を吐いた。


 数日間、本来のドラゴンの姿に戻り、数百万トンの質量を解放して暴れ回っていたせいで、人間のこの小さな身体に感覚を戻すのがひどく億劫に感じられる。


 だが、それもまた俺が選んだ『よろず屋のおっさん』としての生き方だ。


「やれやれ。大人の後片付けってのも、骨が折れるぜ」


 俺は独り言を呟きながら、作業台の前に置かれている、長年愛用してきた使い込まれた木製の丸太椅子に腰を下ろそうとした。


 そして、己の体重を椅子に預けた、まさにその瞬間だった。


 ――バキィィィィィィッ!!!


 店内に、爆発音のような凄まじい破砕音が鳴り響いた。


 俺の身体を支えるはずだった分厚い木製の丸太椅子が、一瞬にして木端微塵に粉砕されたのだ。


「うおぉっ!?」


 俺は無様にバランスを崩し、ドスンッという重たい音と共に、工房の床に派手に転げ落ちた。


 あまりの衝撃に、煉瓦造りの店全体がビリビリと震え、棚に置かれていたガラクタがいくつか床に転がり落ちる。


「……いってぇ……っ。なんだ、急に……」


 俺は床に散らばった無残な木片の山を呆然と見下ろした。


 そして、数秒後にその原因に思い当たり、俺は顔を引き攣らせた。


「……しまった」


 ここ数日、本来の『巨壁』としての巨大な姿への解放と、人間の姿への人化の術の再展開を短期間で繰り返したせいで、俺の身体に染み付いていたはずの『重力魔法による質量の極限圧縮コントロール』が、無意識のうちに甘くなっていたのだ。


「師父。……ですから、お身体に魔力回路の負荷がかかっていると申し上げたではありませんか。質量保存則の相殺術式が、完全に弛んでおられます」


 カウンターの上の黄龍が、呆れ果てたような、ひどく冷ややかな音声でツッコミを入れてくる。


「うるせえよ……。ちょっとばかり、感覚が狂ってただけだ」


 俺は床にへたり込んだまま、木端微塵になった椅子の残骸を太い指でつまみ上げた。


 かつて光華王朝の時代、ドワーフの親方に打たせたあの『黒鋼(クロムアダマン)製の漆黒のパイプ椅子』。


 どんな重量にも耐え、俺のこの理不尽なまでの質量を完璧に受け止めてくれていたあの相棒が、今さらになってひどく恋しく思い出された。


 大分断の天変地異のどさくさで、ハニマルの氷獄に置き去りにしてきてしまったあの黒鋼の椅子。


 魔法によるダイエットに成功したから不要になったと思い込んでいたが、やはり長命種の俺には、ああいう『物理的に絶対に壊れない安心感』が必要不可欠だったのだ。


「こりゃあまた、しばらくは立ち仕事か、床に直座りするしかねえな……」


 俺は深く、重たい溜息を吐き出し、天井の染みを見上げた。


 世界の危機を救い、大戦争を未然に防いだ最強の古代竜でありながら、自分の座る椅子一つまともに確保できないこの不器用な日常。


 だが、それこそが俺の愛してやまない、このヴィータヴェンでのスローライフなのだ。


「……はぁ、やれやれだぜ」


 俺は首に巻いたタオルで顔を覆い、誰もいない工房の床で、一人静かに自嘲の笑いを漏らした。


 よろず屋『ドレイク』のおっさんは、今日も今日とて、なかなか穏やかに過ごせそうにない。





 <了>

 ――これにて本当に『よろず屋ドレイクのおっさんは、なかなか穏やかに過ごせない。β版』、そして『悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です』シリーズのすべての投稿が完了いたしました!


「俺を暴れさせろ」と頭の中で暴れ回ったドレイクのおっさん。


 まぁ正体はドラゴン(火龍)なんですけど、おっさん書くの楽しかったですねー。わかる人にはすぐわかるキャラクターを書くのもめちゃくちゃ楽しかった。一人でニヤニヤしながら書いていました。


 ここまでアストライア大陸を舞台に、レヴィーネ(転生悪役令嬢)、アリス(転生ヒロイン)、レオン(皇子)、エレノアとユリアン(皇女と王子)、アルセア(魔女)、ドレイク(おっさん)と、色々なタイプの主人公を書けて本当に楽しかったです。


 そして気がつけば、本編から続くこの大長編……トータルで【100万文字】を突破しておりました。


 ライトノベル単行本にして約10冊分。


 病室のベッドから始まった一人の少女の物語が、まさかここまで巨大な質量(物理)になるとは、五十の手習い、人生の切り売りとして書き始めた当初は思いもしませんでした。


 すべては、この狂った、けれど最高に熱い覇道に最後まで付き合ってくださった読者の皆様の「大歓声」のおかげです。


 本当に、本当にありがとうございました!


 さて、これで完全に弾込めは終了し、私の手元には「100万文字の完全版ストック」という特大の凶器が完成しました。


 現在、この五十歳のおっさん作者は、皆様からの熱いコールを背に受けながら、出版各社や編集部に、この100万文字のパイプ椅子を全力でフルスイングしに行く準備を整えております。


 ここまで見届けてくださった皆様。


 もしよろしければ、最後にこのおっさん作者へ、もう一発だけ特大のアシストをお願いできないでしょうか。


 ページの一番下にある【☆☆☆☆☆】の評価ボタンをポチッと押して、【★★★★★】の星で、この作品を企業という名の巨大な敵に叩きつけるための「物理的な後押し」をしていただけますと、これ以上の喜びはありません!

(※もちろん、ブックマークやご感想、レビューも大歓迎です!)


 この後書きを書いている2026年4月末現在はカクヨムコン11の中間選考を通過して、どうなるものかと日々ガタガタ震えながら命乞いをしております。吐きそう。



【追記:新作のお知らせ】


 本編の熱を少し冷ますデザートとして、アストライア大陸伝の新作中編『聴き耳の魔女は雪山で平和を傍受する ~銀灰の猫と秘密の壺漬け~』も全話公開完了しております!


 ド派手な物理無双やちゃんこ鍋はお休みですが、代わりに雪山での静かな外交劇と、モフモフの猫、そして心温まる「壺漬け」が登場します。激闘の後のクールダウンに、ぜひこちらのリングにも遊びに来てください!


 https://ncode.syosetu.com/n6108ma/


 それでは皆様!


 約100万文字という途方もない旅路を共に駆け抜けていただき、本当にありがとうございました!


 また次なるリングで、最高の熱狂と共にお会いしましょう!


 最大級の感謝をこめて!!


 押忍!!!

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