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悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~前世は病弱、今世は物理最強。魔法もチートも私には勝てません~  作者: みやもと春九堂@月館望男
【外伝】悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~よろず屋ドレイクのおっさんは、なかなか穏やかに過ごせない。β版~
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第312話 巨壁の絶望と、聖人ルキウスの誕生

 深い森の夜の闇を、チカチカと明滅する火花のような魔力の残滓が照らし出していた。


 俺がわずかに足を踏み出しただけで生み出された、すり鉢状のクレーター。


 その底で、かつて光華王朝とスヴァトゴーラ王朝の終わらない軍拡競争の果てに生み出された悪魔の兵器は、ただの重たい鉄屑と化して転がっている。


 古代の衛星監視網『万里』を経由した黄龍のハッキングにより、システムの最上位権限を俺が掌握したからだ。


 現代の若造が引き金を引いたところで、火を噴くはずがない。


 ルキウスと共にクレーターの底へ転がり落ちた精鋭の神官騎士たちも、白銀の鎧ごと泥にまみれて呻き声を上げている。


 彼らに立ち上がって俺に立ち向かってくる余力はもう残っていなかった。


 だが、たった一人。


 ラノリアの教皇から『奇跡の神子』と祭り上げられ、この世界をゲームの世界だと信じて疑わない狂った転生者、ルキウスだけは違った。


「ふざ、ふざけるなああああっ!!」


 ルキウスは泥まみれになりながらも、腰に提げていた豪奢な聖剣を引き抜いた。


 刀身から、眩いばかりの純白の光が迸る。


 管理者から与えられた規格外のチート魔力だ。


「俺は主人公だ! チート能力を与えられた、この世界の王になる男だぞ! こんな薄汚いモブのおっさんなんかに、俺のサクセスストーリーが邪魔されてたまるかああああっ!!」


 恐怖を怒りで無理やり塗り潰し、半狂乱となった若き勇者が、斜面を駆け上がってくる。


 神宝たる聖剣を大上段に振りかぶり、俺の脳天を真っ二つにしようと飛びかかってきた。


 一撃で山をも両断するという、チート級の斬撃。


 しかし。


「……大振りすぎる。素人の剣だな」


 俺の目に映るルキウスの動きは、あくびが出るほど遅く、そして単純だった。


 どんなに強大な魔力を宿そうが、どんなに鋭い名剣を振るおうが、それを扱う人間の身体の使い方が素人であれば、軌道は完全に読み切れる。


 俺は避けることすらしない。


 ほんの半歩だけ、踏み込みの甘いルキウスの懐へと滑り込んだ。


 振り下ろされる聖剣の軌道を見極め、その刀身の側面に、俺は無造作に手刀をコツンと当てた。


 パァァァァンッ!!


 夜の森を切り裂くような、乾いた破砕音が響き渡る。


 俺の指先から伝わった、百八十五センチの体躯に圧縮された超質量による理不尽なまでの衝撃波。


 それが、絶対に砕けないはずの伝説の聖剣の刀身を、根本から粉々に粉砕したのだ。


「なっ、えっ――!?」


 自らの最大の武器を一瞬で失い、驚愕に両目を見開いたルキウス。


 その間抜けな顔のまま動きを止めた彼の手首を、俺はガシッと掴み取った。


「反省しな」


 俺の低い声が、ルキウスの鼓膜を打つ。


 そのまま腕を捻り上げ、自らの身体を落とす。


 その勢いと重力を利用して、ルキウスの身体を石と泥の混じる地面へと激しく叩きつけた。


 ドガァァァンッ!!


 完璧に極まった『脇固め』だ。


 肺から空気が強制的に絞り出され、ルキウスがカエルのように言葉にならない悲鳴を上げる。


 さらに俺はその身体に跨るようにして、ルキウスの身体を完全に制圧した。


 師匠直伝のランカシャースタイル。

 

 関節の可動域を完全に固定され、ルキウスは指一本動かすことすらできなくなった。


「あ、ぐ……ぁ……っ!! い、痛い、痛いいいいっ!!」


 ルキウスが、顔を泥に擦り付けながら涙と鼻水を流して絶叫する。


「なんで、なんで回復しないんだよおおおっ!! 俺にはダメージを無効化する永続自動回復のスキルが……っ!!」


「関節ってのはな、どの種族も曲がらねえ方向には曲がらねえんだ。HPがどうとか、魔力がどうとか、そんなものは関係ねえ。物理的に骨格をロックされて身動きが取れねえ状態を、回復魔法でどうやって治すつもりだ?」


 俺は冷酷に言い放ち、ほんの少しだけ体重をかけて腕を絞り上げた。


 ギギィッ、とルキウスの肩の関節が悲鳴を上げる。


「ひぎぃぃぃぃっ!! ご、ごめんなさい、俺が悪かった、放して、折れる、折れるうううっ!!」


 さっきまでの万能感に満ちた主人公気取りはどこへやら、今の彼はただの痛みに怯えるみっともない子供だった。


 だが、この程度で解放してやるほど、俺は行儀の良いお人好しではない。


 こいつは、俺の親友だった月酔仙の純粋な夢を汚した大量破壊兵器をゲーム感覚で振り回そうとしたのだ。


 越えてはならない一線を越えた落とし前は、骨の髄まで払ってもらわなければならない。


「……さて。ちゃんと反省できるか?」


 俺はルキウスの耳元で、地を這うような低い声で囁いた。


「いいか? お前がその野望のままに『この世界』を好き放題しようってんなら、俺はお前がどこにいて何をしていようとも常に立ち塞がる」


 俺は息を一つ吸い込み、数百年の間、己の細胞の隅々にまでかけ続けていた重力魔法のタガを、ゆっくりと解き放ち始めた。


 人間の姿を維持するための、極限の圧縮制御の解除。


 ズゥゥゥゥンッ……!!


 空間そのものが物理的に圧死するような、恐ろしい地鳴りが森を揺るがした。


 俺の下敷きになっているルキウスの身体にのしかかる『重み』が、異常な速度で膨れ上がり始める。


「ひ、ひぃぃ……っ!? お、重い、潰れ、潰れ、ぐぁぁぁっ!!」


 ルキウスの全身の骨が軋む音を立てる。


 チートで強化されたはずの肉体であっても、数百万トンの質量を直接乗せられれば、紙くずのように潰れてしまうのは明白だった。


 俺の視界が急速に高くなり、周囲の木々が足元の下草のように小さくなっていく。


 人間の皮膚を突き破り、分厚い赤銅色の鱗が全身を覆う。


 城壁のように強固な胴体、空を覆い隠すほどの巨大な翼、そして鋼鉄の岩山のような長い首。


 俺の中に封じ込められていた古代竜の超質量が、一切の制限なくこの物質界に顕現したのだ。


 大気が悲鳴を上げ、暴風が巻き起こる。


 やがて、荒れ狂っていた魔力の波が落ち着いたとき。


 俺は巨大なドラゴンの姿のまま、足元で虫けらのように這いつくばっているルキウスを見下ろした。


 俺の巨大な前脚が、彼の身体を踏み潰さない程度に、しかし絶対に逃げられないようにしっかりと踏み敷いている。


「あ、あ、あ…………」


 ルキウスは、薄れゆく意識の中で必死に首を捻り、自分を押さえつけている存在を見上げた。


 そこにあるのは、小汚いよろず屋のおっさんなどではない。


 天を覆い尽くし、月明かりすらも遮るほどの、巨大な古代竜の姿。


 世界そのものを押し潰すほどの絶対的な質量と、神話の時代から生きる長命種の極大の威圧感が、ルキウスの脆弱な精神を完全に飲み込んでいた。


 俺は長い首をゆっくりと曲げ、彼の目の前まで巨大な顔を近づけた。


 竜の鼻息だけで吹き飛びそうになるのを、前脚で器用に押さえ込む。


『降参なら、空いてる方の手で地面を叩きな。……まぁ、この重圧じゃあ指先一つ動かせねえか』


 俺の念話が、ルキウスの脳髄に直接叩き込まれる。


 彼の顔はすでに恐怖で完全に引き攣り、涙と鼻水、そして失禁の跡で無惨な状態になっていた。


 この絶対的な上位存在からの理不尽なまでの暴力と恐怖は、永遠に消えないトラウマとして魂の根源に刻み込まれたはずだ。


『いいか、小僧。俺は常にお前を見張っている』


「ひっ……!! あ、あぁぁ……っ!」


『二度と剣は握るな。お前の中に残っているその有り余るチート魔力は、お前さんが暴走させた国の連中を治すために使ってやるんだな』


 俺が最後の宣告を突きつけると、ルキウスは泡を吹き、完全に白目を剥いて意識を手放した。


 洗脳プロトコルも、この圧倒的な恐怖の前に完全にエラーを吐き、沈黙してしまったことだろう。


 俺は大きく息を吐き出し、踏み敷いていたルキウスの身体から前脚をどけた。


 そして、彼の折れ曲がった腕の関節にわずかに魔力を流し込み、骨を強引に繋ぎ合わせてやる。


 プロレスラーにとって、怪我をさせるのが目的ではない。


 心をへし折り、相手に己の弱さを分からせることが『シメる』ということの真髄なのだ。



 ◆◆◆



 ――後年、ラノリア聖教国の正史にはこう記されることになる。


 奇跡の神子として聖戦の火蓋を切った若き勇者は、ある日を境に突如として争いを否定するようになった。


 彼は『戦争は愚かなことだ。人間の愚行を、恐ろしい竜が常に見張っている』と剣を捨て、膨大な魔力をすべて回復魔法に注ぎ込み、国中を巡礼して戦災孤児や傷病兵を癒すことに生涯を捧げたという。


 だが、その『恐ろしい竜』の正体が、ヴィータヴェンの片隅で魔導コンロを修理しているよろず屋のおっさんであることは、永遠に歴史の闇に葬られているのだった。



 ◆◆◆



 そんな未来の歴史書のことなど、今の俺には知る由もない。


 ただ、ゲーム感覚で世界を焼こうとした不良品のガキを、ラノリアに返品するための後始末が一つ終わっただけだ。


 俺は気絶したルキウスたちを見下ろし、首を鳴らした。


 そして球状の結界で連中をひとまとめにすると、ラノリアに向けて思い切り投げ飛ばす。


『返品するぜ。教皇とやら(ポンコツAI)


 文字通りの物理的な『不良品の返品』だった。


 全てを終えて巨大なドラゴンの姿から、百八十五センチのおっさんの姿に戻った、その時だ。


 俺の足元の石の上で、ずっと静かに明滅していた黄龍の宝珠が、けたたましい警告音と共に真っ赤な光を放ち始めた。


『――師父! 緊急事態です!!』


 黄龍の切羽詰まった念話が、俺の脳内に響く。


『ラノリアの国境線後方、地下サイロに秘匿されていた複数の古代軍事施設が、一斉に起動しました!』


「なんだと?」


 俺は顔を顰め、黄龍の宝珠を拾い上げた。


『勇者ルキウスによる斬首作戦の失敗を感知した管理者《ソフィアの子機》が、戦局を強引に覆すために最終プロトコルを作動させた模様です!』


 黄龍の声が、冷酷な絶望の事実を告げる。


『標的はヴィータヴェン王国の防衛線、およびその後方の王都。発射準備に入っているのは、ミアズマ弾頭を搭載した大戦末期の多弾頭ミサイル群です! 発射まで、残り10秒!!』


「……ふざけやがって、あのポンコツAIがッ!!」


 俺の親友の夢を汚した亡霊が、またしても空から死の雨を降らせようとしている。


 しかも、今回は他国の国境線を跨ぐような、大規模な飛翔体による攻撃だ。


 そんな真似をすれば、空の番人である機械龍の逆鱗に触れる。


 機械龍がシステムを作動させれば、大分断の再来だ。


 俺が愛した若者たちの末裔が治めるヴィータヴェン王国を、理不尽なシステムによる焼け野原にさせるわけにはいかない。


「黄龍!! 古代の監視衛星『万里』の座標とタイミングを、俺の視界と完全に同期させろ!」


 俺は火龍の姿に戻ると、巨大な翼を広げ、夜の森の木々を薙ぎ倒しながら太い後脚で大地を強く踏み締めた。


『承知いたしました、師父。座標リンク、開始します』


 俺の竜の瞳に、遥か彼方の空の映像が重なって映し出される。


 世界のバランサーとして、門番たる火龍として。


 数百年前のあの日のように、俺は再び、絶望の空を焼き尽くす覚悟を決めた。

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