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悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~前世は病弱、今世は物理最強。魔法もチートも私には勝てません~  作者: みやもと春九堂@月館望男
【外伝】悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~よろず屋ドレイクのおっさんは、なかなか穏やかに過ごせない。β版~
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第310話 近代兵器のアンロックと、斬首作戦の夜

 視界を覆っていた転移の白い光が晴れると、冷やりとした夜の空気が俺の頬を撫でた。


 王都から北西へ数十キロ離れた、国境の森。


 鬱蒼と茂る広葉樹の枝葉が月明かりを遮り、湿った土の匂いが立ち込めている。


 俺は分厚い革コートの襟を立て、太い大木の根元にゆっくりと腰を下ろした。


 ズン、と。


 俺の尻が触れた瞬間、巨大な木の根が微かに悲鳴を上げ、足元の土が沈み込む。


 この人間の身体の内側には、数百万トンにも及ぶ古代竜の超質量が圧縮されて詰め込まれている。


 重力魔法のベクトルを調整し、周囲への干渉を極限まで抑え込む。


 懐から取り出した水晶玉を、傍らの平らな石の上に置いた。


『――空間座標の固定、完了しました。師父、周囲半径10キロ圏内に、対象の特務部隊以外の生体反応はありません』


 黄龍の無機質な声が響く。


 俺は首のタオルを緩め、太い指で顎を擦った。


「ご苦労さん。で、表の『お祭り』の状況はどうなってる?」


『国境線の平原地帯において、ラノリア主力軍が進軍を開始。それに対し、ヴィータヴェンの騎士団が防衛線を展開し、完全に睨み合いの状態に入っています。ファナック王の帝国併合交渉も最終段階へと入った模様です』


「上出来だ。あいつら、本当に立派な大人になりやがったぜ」


 表の戦いなら、彼らの知略と覚悟で食い止めることができる。


 だが、俺がここにいる理由は別だ。


「大人が表で汗水垂らして防波堤を作ってくれてんだ。裏からコソコソと土手を崩そうとする小賢しいネズミどもは、俺が責任を持って駆除しねえとな」


『師父。先ほど傍受したルキウスの部隊の音声データを再生します。現在地はここから約5キロ先。一直線にこちらへ進行中です』


 水晶玉から、血の気の多い若造特有の浮かれた声が流れ始めた。


『すげえ……! 大戦末期に造られたミサイル発射設備まで完全な状態で眠ってるぞ!』


『剣と魔法の世界に現代兵器とか、完全に勝ち確チートじゃん! これを装備させれば、ヴィータヴェンの軍隊なんてボタン一つで消し飛ぶぜ!』


『生意気な王様の首を俺が直々に取って、この兵器で王都を更地にしてやる! この世界を救う主人公は、俺なんだからな!』


 音声データが途切れ、森に再び静寂が戻った。


 だが、俺の腹の底では、どす黒く冷たいマグマのような怒りが渦を巻き始めていた。


「……勝ち確チート、だと?」


 ミサイル設備。


 大分断の時代に生み出された最悪の大量破壊兵器。


 親友であった月酔仙が純粋に星の海へと至るために描いたロマンが、同族を焼き払う兵器へと転用されてしまった絶望。


 その悲劇の結晶を、あのガキは「レアアイテム」だの「オモチャ」だのと宣い、ヘラヘラと笑いながら振り回そうとしている。


『師父。……お怒りはごもっともですが、重力魔法による体重の相殺が甘くなっております。この見事な大樹を重圧で枯死させてしまっては、少々風雅に欠けますよ』


 黄龍の呆れたような、注意に、俺はハッと我に返った。


 俺の周囲半径数メートル。ひらひらと舞い落ちてきた枯れ葉が、地面に触れる前に異常な重力に引かれ、弾丸のような速度で腐葉土に突き刺さっている。


 百八十五センチの体躯に無理矢理押し込めた、『巨壁』たる火龍の数百万トンの体重。


 それを軽減させるための重力魔法がコントロールを失い、周囲に狂った重力場を出現させてしまっていた。


 ブチブチッ、と地中深くで太い繊維が引き千切られるような鈍い音が響く。


 俺が腰を下ろしていた巨大な木の根が、相殺しきれずに漏れ出たドラゴンの超質量によって見えない万力で締め上げられたようにひしゃげ、樹液を血のように滲ませていたのだ。


「……すまねえ。少し、昔のことを思い出しちまっていたんだ」


 俺は深く、重たい息を吐き出し、緩みかけた重力魔法の出力を上げ、強引に自らの異常な体重を相殺し直した。


 立ち上がり、首のタオルをギリッと音が鳴るほど強く締め直す。


 借り物の力で、安全圏からオモチャを振り回すだけの甘ったれたゲーム脳。


 門番として、絶対に許すわけにはいかなかった。


「来るぞ、師父。対象の部隊、距離五百メートル。隠密行動をとる気配は全くありません」


 森の奥から不自然なほどの眩い光と、圧倒的な魔力の波動が近づいてくる。


 王を暗殺するための作戦であるにもかかわらず、ルキウス本人が放つ常時発動の光魔法と神官騎士たちの防御結界が、真夜中の森を白昼のように照らし出していた。


 システムに護られているという全能感が、警戒心すらも奪い去っているのだ。


 やがて、木々の隙間から白銀の鎧を纏ったルキウスを先頭に、特務部隊が姿を現した。


 ルキウスの顔には、自分が世界の主人公であると信じて疑わない醜悪な笑みが張り付いていた。


「よし、この森を抜ければ王都はすぐそこだ! 一気に突っ切るぞ!」


 ルキウスが号令を下す。


 だが、彼らが歩みを進めようとしたその進路上に。


 俺はポケットに両手を突っ込んだまま、ゆっくりと歩み出た。


「なんだ……? おい、誰かいるぞ」


 部隊の足が止まり、十の視線が一斉に俺へと向けられた。


 ルキウスは怪訝そうに眉をひそめ、鼻で笑った。


「なんだお前? こんな夜更けの森に、薄汚いオッサンが一人で突っ立って……。斥候か? それともただの木こりか?」


 背後の神官騎士たちも馬鹿にしたような笑い声を漏らす。


 俺は彼らの安い挑発には乗らず、冷たくルキウスを射抜いた。


「夜のお散歩にしちゃあ、随分と物騒で、悪趣味なオモチャをぶら下げてるじゃねえか」


 俺の嗄れた声が森の静寂を切り裂く。


 俺の体から漏れ出たほんの僅かな殺気が光魔法のバフを中和し、空気を物理的に重く沈ませた。


「遊びじゃねえんだよ、ここは。てめえらみたいな乳臭いガキが、ゲーム感覚で命のやり取りに首を突っ込んでいい場所じゃねえ」


 俺はポケットからゆっくりと右手を引き抜き、言い放った。


「迷子になって泣きを見る前に、その薄っぺらいオモチャを置いて、とっととお家に帰りな」


 俺の言葉に、ルキウスの顔から笑みが消え、代わりに屈辱と激しい怒りが浮かび上がった。

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