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悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~前世は病弱、今世は物理最強。魔法もチートも私には勝てません~  作者: みやもと春九堂@月館望男
【外伝】悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~よろず屋ドレイクのおっさんは、なかなか穏やかに過ごせない。β版~
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第309話 ゲーム脳の神子と、掘り起こされる亡霊

 王宮の地下から、俺は夜の王都へと戻ってきた。


 冷たい夜風が、分厚い革コートの襟元を撫でていく。


 三人の頼もしい大人たちが、俺の予想を遥かに超える覚悟で表の防波堤を築き上げてくれた。


 ならば、俺は裏の盤面を完膚なきまでに制圧し、厄ダネの根源を物理的に叩き潰す義務がある。


 路地裏の暗がりを歩きながら、懐に忍ばせた黄龍の宝珠に魔力を通した。


「黄龍……あの狂ったシステムは、具体的にどう動いてやがる」


『ラノリアのソフィア子機の末端――教皇は、最新の転生者を「奇跡の神子」として完全に手駒にしています。師父、彼らの行動ログを映像化します』


 俺は自分の店『よろず屋ドレイク』の裏口へと回り込んだ。


『教皇は彼に対し、この世界を彼の前世における「ゲームの世界」であると錯覚させ、彼自身を「世界を救う主人公」として完全に洗脳しています。その認識の齟齬こそが、管理者の狙いです』


「……ゲームの世界、だと」


 俺は重たい木製の扉を押し開き、工房へと足を踏み入れた。


「自分は安全なプレイヤーで、俺たちが生きるこの現実をただのデータか何かだと思い込んでるってことか。反吐が出るぜ」


『肯定します。彼は教皇から与えられた「正義のクエスト」に従い、罪悪感なく古代の遺物を発掘しています。データを再生します』


 俺はコンソールデスクに宝珠を置き、コートを脱ぎ捨てた。


 宝珠から淡い光が立ち上り、遠く離れた地での出来事が、幻燈のように空中に映し出されていく。



 ◆◆◆



 そこは、国境からもほど近い山岳地帯の奥深くにある巨大な地下遺跡だった。


 土埃が舞い上がる中を、豪奢な白銀の鎧を纏い、眩い光の魔力を放つ若い男――ラノリアの『奇跡の神子』ルキウスが意気揚々と進んでいく。


「すげえ……! 教皇様の言った通り、ここにはマジで隠しダンジョンがあったぞ!」


 ルキウスは興奮に頬を紅潮させ、聖剣を無造作に振り回している。


 背後には神官騎士の精鋭が付き従い、彼に絶対的な防御バフをかけ続けていた。


「くくっ、笑いが止まらねえぜ! まさか前世でやり込んでたRPGの世界に転生できるなんてな! しかも自動回復のチート付き! 完全に俺TUEEEの主人公補正じゃねえか!」


 彼にとって、この世界で起きる戦争も人々の死も、自分を引き立てるためのイベントに過ぎない。


「よし、お前ら! この奥に眠ってるレアアイテムを全部回収するぞ!」


 ルキウスが遺跡の最奥へと足を踏み入れると、広大な格納庫が広がっていた。


 そこにあったのは、純白の超硬合金で造られた『天使級ゴーレム』。


 そして、人間の肉体の限界を超えた力を強制的に引き出す『超覚醒鎧』の数々。


 かつて世界を焼き尽くし、親友からすべてを奪ったスヴァトゴーラ王朝の殺戮兵器の残骸だ。


「おいおいおい! これって全部、超絶レア装備じゃないのか!? 最高だぜ! 最初の十連ガチャでSSRが確定したようなもんじゃないか! これならヴィータヴェンの軍隊なんて、ただの雑魚モブと同じだ!」


 ルキウスの軽薄な笑い声が、亡霊たちの眠る地下遺跡に空しく響き渡っていた。



 ◆◆◆



 映像がフッと途切れ、工房に沈黙が戻る。


 俺はコンソールデスクに両手をつき、俯いたまま微動だにしていなかった。


 ミシッ、ビキィッ。


 足元の分厚い石畳が、無意識に漏れ出た重力魔法の余波に耐えきれず亀裂を走らせる。


 終わらない軍拡競争の果てに、親友である月酔仙が純粋に思い描いた『星の海への夢』が、大量殺戮兵器へと歪められていった絶望。


 そして、創造神の逆鱗に触れ、すべてが灰燼に帰した大分断の地獄。


 俺の網膜には、あの日に焼き付いた死の灰の匂いと、友の最期の涙が今も鮮明に残っている。


 あの消えることのないトラウマを。


 決して触れてはならない亡霊たちを。


 あの薄っぺらいガキは、「ガチャで当たったレアアイテム」だの「チート」だのと宣い、薄ら笑いを浮かべながら掘り起こしやがったのだ。


『師父。感情の高ぶりによる重力制御の乱れが危険域に達しています。建物の強度が限界に近づいておりますよ』


 ゲームの世界だと? 自分が世界の王になる主人公だと?


 テメェらがゲーム感覚で振り回そうとしている鉄屑のせいで、かつてどれだけの血が流れ、どれだけのロマンが汚され、どれだけの絶望がこの大地を覆ったと思っている。


「……ふざけやがって、クソガキが」


 俺は深く熱い、マグマのような空気を吐き出した。


 それだけで工房内の空気がビリビリと震え、棚のガラクタがカタカタと鳴り始める。


「黄龍。奴らの次の狙いはどこだ」


『……国境付近に神官騎士団と一般兵からなる一万規模の軍隊を囮として展開し、ルキウス率いる特務部隊が、森の隠密ルートを抜けて王都を直接強襲する計画を検知しました。標的は、ヴィータヴェン王の暗殺。すなわち「斬首作戦」ですね』


「……上等だ」


 俺は首に巻いた使い古しのタオルを、ギリッと音が鳴るほど強く締め直した。


 あのガキは越えてはならない一線を、ヘラヘラと笑い、鼻歌でもうたいながら越えやがったのだ。


 自分が傷つく痛みを一切知らない、安全圏から呪いのオモチャを振り回すだけの甘ったれたゲーム脳。


「遊びじゃねえんだよ、世界の営みってヤツは」


 俺は分厚い革コートを再び羽織り、工房の床に刻まれた転移陣の上へと歩を進めた。


 肥大化した支配欲と全能感で狂ったガキには、圧倒的な『理』という名の現実を叩き込んで、目を覚まさせてやる必要がある。


「黄龍、俺の転移座標をその森のルートのど真ん中に設定しろ。……奴らの前に、俺一人で待ち構える。世界の厳しさを、骨の髄まで教えてやる」


『承知いたしました、師父。転移陣の上にどうぞ。空間固定、転移シークエンスを開始します』


 数百年前の亡霊は、俺の手で再び地の底へと沈めてやる。


 それが、親友の夢を汚し続けたこの世界に対する、門番としての落とし前だった。

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