第307話 黄龍の解析と、『運営』の狂気
ガラクタの山に偽装された壁の煉瓦を、特定の順番で押し込む。
重々しい音を立てて隠し扉がスライドし、薄暗い小部屋が口を開けた。
内部の空気は、表の店舗や工房に漂う油や埃の匂いとは全く異なる。
数百年前の古い魔力が滞留する、冷たく無機質な匂いだ。
部屋の中央に鎮座しているのは、現代の魔導具とは明らかに一線を画す、無骨で冷たい金属の塊。
俺自身が長い時間をかけて修理を施し、焼き切れた魔力回路を一つひとつ繋ぎ直した、黄龍の全性能を引き出す、古代アストライア文明の演算端末だ。
俺はカウンターから持ち込んだ黄龍の宝珠を、コンソールの窪みへと静かにセットした。
「ネットワークに接続しろ黄龍。全システムを展開。仕事の時間だ」
『――システムオンライン。師父、随分と不快な魔力波長を纏っておいでですね』
水晶玉の内側で、金色の粒子が忙しなく渦巻き、ぼんやりと青白い光を放つ。
そこから、風雅な文官を思わせる丁寧だが容赦のない声が響いた。
「不快なのは俺の気分の方だ。こいつを見てみろ」
俺は先ほど回収した漆黒のアミュレットを、コンソールデスクの上へ無造作に放り投げた。
カチャン、と硬質な金属音が、防音魔法に守られた静寂な小部屋に空白を残して響く。
『解析中……。微弱な精神干渉波を確認。形式は光華王朝時代の正規軍用ロット、指揮官用アミュレットと推測されます。しかし……不可解ですね』
黄龍の光が、赤紫色の警戒色へと変化した。
『内部の魔力回路の一部に、外部から意図的に上書きされた干渉痕を検出しました。正規の命令系統をバイパスし、特定の受信信号に強制同期させるための「バックドア」が仕込まれています』
「やっぱりな。本来ならとっくに沈黙してるはずの遺物が、生きた状態で都合よく今の時代にポロリと落ちてるわけがねえ」
俺は指先で首に巻いたタオルを強く引き絞った。
「黄龍、『万里』につないで、その裏口から潜れ。この悪趣味なオモチャをばら撒いている「大元」の座標と意図を割り出せ」
『承知いたしました。……師父、解析には膨大な演算リソースを要します。少々、魔力を拝借しますよ』
俺が莫大な魔力の一部をコンソールへと流し込むと、黄龍の宝珠がかつてないほどの強烈な輝きを放った。
室内の大気がビリビリと震え、古代の電子音が耳鳴りのように響く。
数分間の沈黙。
やがて、黄龍の声が、氷のように冷徹なトーンとなって室内に響き渡った。
『――解析完了。干渉の震源地を特定しました。東方に位置するラノリア聖教国の中枢部です』
「ラノリアだと。あそこは神を崇める狂信的な宗教国家だろうが」
俺は奥歯を噛み締めた。
重力制御がわずかに軋み、足元の床がミシミシと悲鳴を上げる。
『はい。しかし、彼らが「神の意志」として仰いでいるシステムの正体は、古代魔法文明アストライアの管理AI「ソフィア」の末端子機……通称、管理者プロトコルです』
黄龍の宝珠が、警告を告げるように点滅を繰り返す。
『そして、その子機には、修復不能な論理エラー……致命的な「バグ」が発生しています。原因は、ラノリア建国の頃に同国に現れた最初の適合者――異世界からの転生者が残した歪なエゴです』
「転生者の……エゴだと?」
『はい、師父。「世界の王になりたい」と願った最初の適合者の個人的で浅はかな英雄願望を、子機は『至上の命題』として馬鹿正直にシステムへ刻み込んでしまったのです』
ミシッ、ビキィッ、と俺の握り締めた拳の下で、石から削り出したデスクの天板に細い亀裂が走った。
俺は前世の昭和の時代ではアニメや漫画なんてろくに見てこなかったが、千年以上の長すぎる人生の中で、時折現れる「異世界からの転生者」どもが口走る言葉には嫌というほど付き合わされてきた。
「チート」だの「俺TUEEE」だのといった、薄っぺらな万能感。
自分の願望こそが正義であると疑わない、独善的な野望。
そんな、どこかのガキが抱いた浅はかな妄想を、システムが真に受けてプログラムに組み込んでしまったというのか。
『肯定します。管理者はその転生者の意志を「全生命を統制すべき絶対命令」として拡大解釈し続け、歪んだ結論に行き着きました。ラノリアによる大陸全土の統一、および異分子の排除こそが、恒久平和への最短ルートであると』
「時代が千年以上変わったことも認識できねぇのか、あのポンコツは。……それで、足りねえ兵力を補うために「遺物」を掘り起こさせてるってわけか」
『その通りです。管理者は冒険者たちを無自覚な「運び屋」として利用し、かつての大量破壊兵器や洗脳装置の封印を解き、意図的に市場へ流出させています。彼らにとって、この世界は単なる再演プログラムの舞台に過ぎないのでしょう』
「……ふざけやがって」
俺の低い呟きと共に、隠し部屋の空気が一気に数百度まで跳ね上がったような錯覚を覚えた。
俺の怒りに呼応して、数百万トンの質量が内側から俺自身の肉体を突き破ろうと暴れ狂う。
棚に並んだ古いガラクタがガタガタと震え、分厚い煉瓦の壁が、見えない巨人に踏みつけられたかのように歪んだ。
『師父。感情の高ぶりによる出力不安定を検知しました。重力制御を再構築してください。これ以上の質量の漏洩は、王都の一区画を物理的に圧壊させることになりますよ』
「……わかっている。少し、昔の嫌なことを思い出しただけだ」
黄龍の冷静な警告を受け、俺は暴走しかけた質量を強引に丹田へと押し込んだ。
だが、腹の底で燃える怒りの種火までは消せなかった。
ただの人間同士の諍いなら、俺は口を出さない。
だが、機械仕掛けの亡霊が、かつて俺の親友の夢を汚し、大陸を四つに割ったあの悲劇を再現しようとしているのなら話は別だ。
「俺は世界の「門番」だ。神の怒りに触れるような悪趣味な戦争は、俺の庭ではいただけねェ」
俺は首に巻いた使い古しのタオルを、ギリリと音が鳴るほど強く締め直した。
「もう二度と、故郷がチリも残さず消されるようなマネはさせねぇぞ。……黄龍、大人たちの出番だ」
『ファナック王たちへ緊急回線の通信を繋ぎますか?』
「ああ。表の盤面は、あいつらに預ける。俺の愛する穏やかな日常を壊そうとする輩どもは、根こそぎ駆除してやる」
俺はコンソールの奥にある古代文明産の通信機へと手を伸ばした。
これから始まるのは、世界の命運を賭けた、汚い大人たちの全力の防波堤作りだ。
通信機の魔力回路が青白く発光し、臨界の唸りを上げる。
俺は通信の向こう側で、平和な夕暮れを楽しんでいるであろう三人の男たちに向けて、重苦しい口を開いた。




