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悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~前世は病弱、今世は物理最強。魔法もチートも私には勝てません~  作者: みやもと春九堂@月館望男
【外伝】悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~よろず屋ドレイクのおっさんは、なかなか穏やかに過ごせない。β版~
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第306話 広場の制圧劇と、オトナの対応

 昼下がりの王都は、平和で活気ある喧騒に包まれていた。


 いつもと変わらない、俺が愛してやまない人間の営みの風景だ。


 だが、分厚い革コートのポケットに両手を突っ込んで歩く俺の腹の底では、どす黒く重たい怒りの炎がとぐろを巻いていた。


 中央広場に到着すると、すぐに目当ての連中は見つかった。


 噴水の前、行き交う人々が気味の悪いものを見るような目で遠巻きにしている一角に、クラウスのパーティーがたむろしていた。


「早く立て! 物資の補給なんて後でいい! すぐに次のダンジョンへ向かうぞ!」


 大声で怒鳴り散らしているのはリーダーのクラウスだ。


 目は充血して血走り、口元には不気味な万能感に満ちた歪な笑みが張り付いている。


 その首元には、光華王朝の軍紋章が刻まれた古いアミュレットがぶら下がっていた。


 足元には、仲間たちが虚ろな目でクラウスの命令に首を縦に振っている。


 俺は小さく息を吐き出し、首に巻いたタオルを緩めながら、人混みをかき分けて前へと歩み出た。


「おい、若いの」


 俺は飄々とした、ただの『よろず屋のおっさん』の顔を作って声をかけた。


「その首飾り、随分ろくでもないもんが取り憑いてるみたいじゃねえか。俺が買い取ってやろうか?」


 クラウスが勢いよく振り向く。


 瞳孔が開ききったその目は、完全に常軌を逸していた。


「あ? なんだお前は。ただの薄汚いよろず屋の親父が、俺に気安く話しかけるな!」


「まあそう言うなよ。うちの店にコンロを取りに来たお嬢ちゃんが、ひどく心配してたぜ。あんたが変なモン拾ってから、パーティーがおかしくなっちまったってな」


 ヒルダの名前を出した瞬間、クラウスの顔が醜く歪んだ。


 アミュレットのバックラッシュが、彼の猜疑心と攻撃性を極限まで高めている。


「あの女……俺の偉大な力に嫉妬して、こんな胡散臭いおっさんを差し向けたのか! 俺からこのアミュレットを取り上げようとするのか!!」


 シャキン、と鋭い金属音が響く。


 クラウスが長剣を抜き放ち、切っ先を突きつけてきた。


「死ねええええっ!!」


 完全に理性を失ったクラウスが、殺意のままに俺に向かって飛びかかってきた。


 普通なら、ここで魔法の防壁を張るか、剣を躱して相手を無力化して見せるのがセオリーだろう。


 だが、俺のプロレスの流儀は違う。


 俺は避けることも、防ぐこともしなかった。


 クラウスが踏み込んでくるタイミングに合わせて、ほんの半歩だけ、俺の方から前へと出たのだ。


 ドスッ、という鈍い音と共に、クラウスの拳と剣の柄頭が俺の胸ぐらを捉えた。


「ぐわっ……!」


 俺はわざとらしく苦悶の声を上げ、殴られた勢いを利用して、彼と一緒に石畳の上へと派手に倒れ込んだ。


 野次馬たちからは、もつれ合って倒れたようにしか見えなかっただろう。


 だが、土煙が舞い上がり、視界が遮られたコンマ数秒の間に、勝負はすでについていた。


 俺はクラウスと共に倒れ込みながら、彼の首に右手の指を押し当てた。


 狙うのは気管ではない、頸動脈だ。


 脳へと血液を送る血管を正確に捉え、キュッとピンポイントで圧迫する。


 人体の構造という『理』を知り尽くしていれば、ほんの数秒間血流を阻害してやるだけで、人間の意識は完全に刈り取ることができる。


 裸絞めの技術だ。


「あ……が……っ」


 クラウスは抵抗する間もなく、短く痙攣して白目を剥き、意識を失って崩れ落ちた。


 土煙が晴れていく中、俺はよっこらせ、と大げさに腰を叩きながら立ち上がった。


「……いてて。やれやれ、おっさんにはもう少し優しくした方がいいぞ」


 俺はしゃがみ込み、クラウスの首からスッとあの『指揮ツール』を抜き取った。


 アミュレットが肌から離れた瞬間、淀んだ魔力の波長が霧散していく。


 這いつくばらされていた仲間たちの目にも、徐々に自我の光が戻り始めていた。


「ク、クラウス……? 俺たち、今まで何を……」


「こいつはアミュレットなんかじゃない、呪いの首飾りでな。神官のところに持ち込ませてもらうぜ」


 俺は懐から一枚の硬貨を取り出し、親指の爪で弾き飛ばした。


 気絶しているクラウスの胸の上へと落ちたのは、ガルディア帝国で鋳造された『帝国金貨』だ。


「買取代だ。リーダーが目覚めたら、美味い飯でも食わせてやれ」


 呆然とする若者たちを背に、俺はくるりと踵を返し、足早に広場を立ち去った。


 ポケットの中にねじ込んだ遺物からは、微かにラノリアの『管理者』の不気味な魔力残滓が感じられた。


 店に戻ったら、すぐに黄龍にこのアミュレットのバックドアを解析させなければならない。


 時代が変わっても何も学ばない機械仕掛けの亡霊に、そろそろ大人の本気の防波堤というものを見せつけてやる時が来ていた。

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