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悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~前世は病弱、今世は物理最強。魔法もチートも私には勝てません~  作者: みやもと春九堂@月館望男
【外伝】悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~虚ろを見抜く麒麟児は、美食で世界を救いたい~
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第212話 最強の血脈、あるいは「決壊する」天才児の悲鳴

 ヴィータヴェン・アクシス連邦皇国の歴史において、その日は祝砲の代わりに、皇都全域を揺るがすほどの圧倒的な「熱気」に包まれていた。


 建国から数十年。大陸中を巻き込んだ戦乱を、規格外の単独武力と、再生の奇跡たる聖魔法、そして大陸の血脈を繋ぐ圧倒的な「物流」の力で平定し、この世界に確固たる平和の礎を築き上げた三人の偉大なる建国の祖。


 初代女帝レヴィーネ・ヴィータヴェン・ガルディアと、初代宰相ミリア・コーンフィールド、初代農林水産大臣アリスである。


 その奇跡の血筋を色濃く受け継ぐ第二代女帝エレノアと、類まれなる頭脳で国家の屋台骨を支える王配ユリアンとの間に、待望の第一子となる男児が誕生したのだ。


 赤子の名は、レオン・ヴィータヴェン・ラノリア。


 常識を凌駕する絶対的強者たるレヴィーネの直系であり、かつての大国ラノリアの血統と、ミリアの明晰な頭脳をも引く、まさに連邦皇国が誇る究極のサラブレッド。


 強靭なる肉体、深淵なる知性、そして無尽蔵の魔力を受け継ぐであろうその赤子の誕生に、国民は狂喜乱舞した。


 皇都のメインストリートでは三日三晩にわたる祝祭が繰り広げられ、極上の酒と料理が振る舞われた。


 誰もがこの小さな命が、やがては山を砕き海を割るような、強大で輝かしい大人物へと成長することを疑っていなかった。


……しかし。


 最強の血脈は、早くもその「規格外の牙」を、あろうことか自らの肉体に向けて剥き出しにしていたのである。



 ◆◆◆



 ガシャァァァンッ!!


 深夜の皇宮に、鼓膜を劈くような破壊音が響き渡った。


「……また、夜泣きの魔力で強化ガラスが割れたわ。それにこのベッドの柵、北の工房に特注した黒鋼(クロムアダマン)合金だというのに、見事にひん曲がっているじゃないの」


 皇宮の最奥、何重もの魔法結界と近衛騎士によって厳重に警護された子供部屋。


 そこに駆けつけた初代女帝レヴィーネが、呆れたような、しかし隠しきれない焦燥を滲ませた声を上げた。


 彼女の視線の先には、粉々に砕け散った窓ガラスと、まるで巨大な獣に噛み砕かれたかのように拉げたベビーベッドの残骸があった。


 そして、その惨状の中央。娘であるエレノアの腕の中で、生後半年を過ぎたレオンがぐったりと身を横たえ、ひゅぅ、ひゅぅと荒い息を吐いている。


「レオン、お願いだから食べて……。これ以上吐き戻したら、本当に倒れてしまうわ」


 エレノアの透き通るような瞳から、大粒の涙が零れ落ち、レオンの青白い頬を濡らした。


 彼女の足元には、銀の器が転がっている。


 中に入っていたのは、最高級の魔獣の骨から三日三晩かけて出汁を取った特製の黄金スープと、舌触りを極限まで滑らかにした滋養強壮のペーストだった。


 だがそれらは、レオンの小さな口から吐き戻され、無残に床を汚していた。


「……私の腕が足りないばかりに。申し訳ございません、陛下」


 部屋の片隅で、血の滲むほど強く拳を握りしめていた大男が、苦渋に満ちた声を絞り出した。


 真っ白なコックコートに身を包んだ彼こそが、皇宮の厨房を束ねる宮廷料理長、バルガスである。


 バルガスは元々、由緒ある侯爵家の三男として生を受けた。エレノアやユリアンとは幼い頃から同じ学舎で帝王学を学んだ、気の置けない幼馴染みでもある。


 本来ならば文官や軍人として国の中枢を担うべきエリートだった彼は、若き日のミリアたちがもたらした「食の革命」――トヨノクニの豊かな食文化や、物流網の整備がもたらした皇国の多様な宮廷料理の奥深さに魅了され、周囲の反対を押し切って貴族の地位を放り投げ、包丁を握ったという変わり者だった。


 食材の命への深い敬意と、一切の妥協を許さない職人魂。


 誰よりも食の力を信じる彼が、持てる技術の全てを注ぎ込んで作った究極の離乳食。


 それが今、目の前で、幼馴染みの愛息を救うどころか、苦しめる結果となっている。バルガスの心中は、言葉にできないほどの無力感に苛まれていた。


「バルガスが謝ることはない。君の作ったスープは完璧だ。……レオンの身体が、それを受け付けないだけだ」


 宰相としての山積する激務を放り出し、執務室から駆けつけてきたユリアンが、妻からそっと我が子を受け取った。


 ヴィータヴェン・アクシス連邦皇国の知性と政治を司る彼の手は、微かに、しかし確かに震えていた。


 これまで、どんな難解な国政の課題も、他国との複雑な外交交渉も、母であるミリア譲りの計算高い頭脳と冷静さで解決してきた彼だ。


 だが、腕の中で次第に熱を失っていく我が子を前にしては、いかなる権力も知恵も無意味だった。


 生まれて間もなくから、レオンには明らかな「魔力暴走」の兆候が見られていた。


 赤子にそれを制御できるはずもない。規格外の魔力は、本人の意志とは無関係に周囲の空間を歪め、物体を破壊する。


 そして何より恐ろしいのは、その暴走が、レオン自身の生命力すらも容赦なく「燃料」として奪い続けていることだった。


「アリス。あんたの目から見て、この子の状態はどうなの? 私の孫は、いったいどうなっちまったっていうんだい!」


 レヴィーネの切実な問いに、子供部屋の片隅で静かに膝をついていた少女が顔を上げた。


 大世界樹の眷属にして、永遠の若さを保ち続ける不老の存在、守り人・アリス。


 かつては聖女と呼ばれ、今は神代の奇跡を司る彼女が、レオンの小さな胸から淡い緑色の光を放つ手を離し、酷く痛ましそうに眉を下げた。


「……すごく、お腹が空いているんだね」


 アリスの声は、どこまでも優しく、そして残酷な現実を告げていた。


「魔力回路が成長して落ち着くまでは、どうにもならないかも。生命力まで使っちゃわないように、こまめにご飯をあげるか、魔法具で強制的に魔力を抑え込むか……でも、そうするとこの子の将来の成長まで邪魔しちゃいそうだな……。それ以外は、信じられないくらい健康な赤ちゃんなんだけどね」


「健康なのに、ご飯を食べられないなんて……。アリス様、治癒魔法の最高峰であるあなたの力でも、この衰弱を止めることはできないと?」


 ユリアンが、血を吐くような切実な声で問う。


「うん。……ユリアン、バルガス、ごめんなさい。これは『怪我』や『病気』じゃないの。だから、私の聖魔法で治す対象ではないわ。レオンちゃんの身体の中で起きているのは、いわば『生まれ持った器の不適合』なのよ」


 アリスはゆっくりと立ち上がり、ユリアンの腕の中で虚ろな目をしているレオンの頬をそっと撫でた。


「この子、全身に張り巡らされている魔力回路が、まだ赤ちゃんだから細くて脆いうえに、丹田にある強大な『魔力炉』と完全に繋がっていないの。例えるなら、巨大なダム湖から引かれた細い用水路が、途中でひび割れて、行き場を失った水が周囲に溢れ出しているような状態ね」


 ダムと、ひび割れた水路。


 アリスの口から出たその分かりやすい比喩に、部屋の空気が一気に重く、冷たく凍りついた。


「強大すぎる魔力炉から生み出されるエネルギーの奔流に、未熟な回路が耐えきれず、決壊と修復を繰り返しているの。だから、時折堰を切ったように莫大な魔力を空間に垂れ流してしまっている……いわば、絶え間ない『漏水』が起きているのよ」


「漏水……。つまり、生み出した端から魔力が無駄に流れ出ているということか」


 ユリアンが青ざめた顔で呟く。


「ええ。エレノアの魔力がダイレクトに溶け込んでいる母乳のうちは、その莫大なエネルギーでなんとか消費分を補えていたわ。エレノア自身が、レオンちゃんにとっての外部の巨大な貯水池みたいな役割を果たしていたのね」


 アリスは言葉を切り、エレノアの方を悲しげに見つめた。


「でも、いよいよ離乳食の時期になって……事情が変わったわ。固形物や普通のスープを消化器官に入れて、そこから栄養を抽出し、自らの魔力に変換する。その一連のプロセスを行うには、今のレオンちゃんの未発達な消化吸収能力だけじゃ、とてもじゃないけど漏水で失われる魔力を補いきれないのよ」


 魔力回路の不完全接続。


 その状態で魔力を無駄に消費し続けている間は、身体が「エネルギー変換効率の悪い」食べ物を異物として受け付けない。


 全力で走っている最中に、胃に無理やり重い食事を詰め込まれるようなものだ。身体は防衛本能として、それを吐き出して(拒絶して)しまう。


 バルガスがどれほど栄養満点のスープを作ろうと、今のレオンの身体には、それを消化するだけのエネルギーすら残されていないのだ。


 そして魔力は枯渇し、最終的には生命力そのものまで燃料として削られていく。


「……ッ! ふざけるな! 私の孫が、腹を空かせて死ぬだと!?」


 レヴィーネが、堪えきれずに咆哮した。


「このヴィータヴェン・アクシス連邦皇国のど真ん中で! ミリアが築き上げた物流網の恩恵で数え切れないほどの食材と富に囲まれながら、連邦皇国の世継ぎが餓死するっていうの?」


 ドォォォォンッ!!


 彼女の激情に呼応して放たれた凄まじい闘気が、部屋の空気を物理的に圧縮し、床の分厚い石畳に巨大な蜘蛛の巣状のヒビを入れる。


「なんてことなの……実体さえあれば、そんな理不尽、このわたしが叩き潰してやるのに。魔力炉の暴走だろうが、回路の漏水だろうが、わたしの力で正常な水路に繋ぎ直すのに……!」


 だが、今回ばかりは、どれほど圧倒的な武力を振るおうとも解決できる問題ではないことを、レヴィーネ自身が一番よく理解していた。


 だからこそ、怒りの行き場がなく、ただ己の無力さに唇を噛み締めるしかなかった。


 強すぎるが故の悲劇。


 最強の血脈に生まれた天才児は、その強大すぎる素質と肉体のアンバランスさゆえに、世界で最も豪華な寝室の中で、静かに、だが確実に命の危機に瀕していた。


「あぁ……っ……ぁ……」


 レオンの小さな口から、微かな、掠れたような悲鳴が漏れる。


 それは、世界で最も強大な力を秘めた赤子の、世界で最もか弱い、飢えと闘う魂の叫びだった。

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