第210話 外伝・アリス、境界の守り人④ 大世界樹のメンテナンスついでに、神様へ差し入れ。
「お願い事、ですか?」
世界の危機? どこかで魔王でも出現した?
私が身構えると、神様は言いにくそうに切り出した。
『その……アリス君。君の今の旅の行先は、どこだい?』
「え? あ、はい。今は西へ向かっていて……エルフの里へ行く途中ですけど」
『ビンゴだ!』
受話器の向こうで、神様がガッツポーズをした気配がした。
『エルフの里! ということは、大世界樹のメンテナンスをしてくれるんだよね?!』
「はあ……まあ、そのつもりですけど」
急にテンションが上がった神様に、私はちょっと気後れしながら答える。
『そうかそうか! いやあ、助かるよ! それでね……』
神様は一度言葉を切り、モジモジと言い淀んだ。
『その、メンテナンスの時にだね……君がポータルを開くタイミングで、大世界樹の回線が一瞬だけ管理室と直結するんだよ』
「はあ」
『だから、その……できる範囲で構わないから、その……』
「……なんですか?」
もごもごとはっきりしない神様に、私はだいたい内容の予想がついた。
これは、あれだ。レヴィちゃんにおねだりする時のノブナガさんやガロン王と同じ空気だ。
私は、少しからかうような口調で続きを促した。
「神様~? ハッキリ言わないと、トンネルに入って電波切れちゃいますよぉ?」
『あ、ああ! すまない! つまりだね!』
神様は意を決したように叫んだ。
『そのタイミングで……差し入れをしてもらえないかな、と!!』
「……ぷっ!」
私は思わず吹き出してしまった。
やっぱり。予想通りすぎる。
「差し入れって……ご飯のことですか?」
『そ、そうとも! 君も知っているだろう!? 今のトヨノクニやアクシス連邦皇国の食文化の発展ぶりを!』
神様の声が熱を帯びる。
『レヴィーネさんが切り拓いた荒野に、君が作物を実らせ、ミリアさんが流通させた。そこまではいい。だが、あのレオン君! 彼が即位してからの十数年、食の多様性は爆発的だ!』
神様は早口でまくし立てた。
『新種米「タカノホマレ」のつやつや新米の塩むすびと具だくさんおにぎり三種セット! 品種改良された「黄金桃」のタルトやムースやケーキ! 屋台で売られている「V&C秘伝味噌ダレ漬け魔獣肉の串焼き」! 極めつけは、先週発表された「究極のプリン」だ! あれをモニター越しに見せられる私の身にもなってくれたまえ! 匂いデータだけ解析できても、食べられないなんて拷問だよ!』
ああ、想像に難くない。
かつてレヴィちゃんをスカウトするために降臨した時、あれほど屋台の食べ歩きを楽しんでいた神様だ。
ここ数十年、モニターの向こう側から、指をくわえて羨望の眼差しを送っていたに違いない。
特にレオンくんは「美食帝」なんて呼ばれて、執務の合間を縫って厨房にこもったり、研究と称して屋台街に出向いて食べ歩きするような人だから、開発される新メニューの破壊力は凄まじいものがある。
『君が「アイテムバッグ」に大量の食料を保存していることは知っているんだ。……頼む! ほんの少し、ほんの少しだけでいいからお裾分けを願えないだろうか!』
世界の創造主が、一人の元人間に頭を下げている(声の感じからして、多分デスクで土下座してる)。
その姿がおかしくて、愛おしくて、私は笑いが止まらなかった。
「あはは! もう、わかりましたよ神様」
『ほ、本当かい!?』
「ええ、いいですよ。でも、私のアイテムバッグに入る分で、お持ち帰り用の『駅弁』とか『保存食』になっちゃいますけど、いいですか?」
『十分だ! いや、それがいい!「駅弁」! なんと甘美な響きだろう! あの紐を引くと温まる機能、あれは魔法と科学の奇跡だよ!』
大喜びする神様。
なんだか、親戚のおじさんに「お土産買っていくね」って言った時みたいな反応だ。
「じゃあ、エルフの里に着いたら、大世界樹の根元にお供えしておきますね。……あ、そうだ」
私はふと思いつき、悪戯っぽく付け加えた。
「ただであげるのも癪ですねぇ。……お礼、期待してもいいですか?」
『お礼? もちろんとも! 何がいい? 新しいスキルか? それともレアなアイテムデータか?』
「うーん、そういうのはもう十分足りてるので……」
私は窓の外、西の方角を見やった。
「西部の緑化エリア、最近ちょっと降水量が足りてないんですよね。……今年の雨季、なんとかなりません?」
私のリクエストに、神様は拍子抜けしたような声を出した。
『……え? そんなことでいいのかい?』
「そんなことって、大事なことですよ。雨が降れば、緑が育って、また美味しい作物が採れますから」
『ははっ、君らしいな。……お安い御用だ。その程度なら環境微調整のレベルだから、世界への介入にもならない。……任せてくれ、最高にいい雨を降らせよう。でも本当にそれだけでいいのかい?』
「ふふ。じゃあ、あとは『貸し』にしといてください」
『承知した。……本当にありがとう、アリス君。君は本当に、最高の「友人」だ』
プツン。
通話が切れた。
画面には「通話終了」の文字。
「……友人、か」
私はスマホを握りしめ、温かい気持ちで呟いた。
創造神と、境界の守り人。
立場は違うけれど、同じ「美味しい世界」を愛する者同士。
これって、案外悪くない関係かもしれない。
「さてと!」
私は残りの駅弁をかきこみ、気合を入れた。
次の駅に着いたら、買い出しだ。
神様へのお土産は、何がいいかな。
レオンくんの新作プリンは外せないし、トヨノクニの銘菓「まじゅう饅頭」も喜ぶかな。神様、結構甘党みたいだしね。
それと、やっぱりレヴィちゃんが好きだった「赤味噌スタミナちゃんこ」のレトルトパックも入れておこう。神様の部屋は魔導コンロとかお鍋使えるのかな……?
「忙しくなるぞぉ~!」
列車の窓から見える空は、どこまでも高く、青く澄み渡っていた。
その向こうで、くたびれたスーツのおじさんが、よだれを垂らして待っている姿を想像して、私はまた少し笑った。
◆◆◆
――こうして、「境界の守り人」アリスと、「創造神」ミスターXとの、奇妙で、そして美味しい友情が始まったのだった。
【本日の業務報告】
現在地:大陸横断鉄道・車内
通話相手:創造神(ミスターX)
通話内容:食糧支援要請の受諾、および気象操作の取引成立、神様に『貸し』一つ!
備考:神様は「駅弁」がお好き。次回は「加熱式牛タン弁当」を調達予定。




