第209話 外伝・アリス、境界の守り人③ 神様からの着信。……「駅弁送って」って何事!?
タタン、トトン。タタン、トトン。
私はアリス。
元はこの世界に転生してきて聖女扱いされていた存在だったんだけど、今は……人よりずいぶんと長生きすることが確定されている――大世界樹の眷属だ。
一部の人達からは生き神あつかいされているけれど、世界を緑で満たして、お腹が空いて泣いている子が少しでも減るように、今日も私は旅をしている。
レヴィちゃんと一緒に道路を切り開いて、鉄道が敷かれてから、もう数十年。私が今揺られている高速鉄道は、一路エルフの里へと向かっている。
「それにしても……時代は、変わったなぁ」
私はタブレットのニュースフィードを指で弾いた。
画面には、現在の皇帝陛下――レオン・ヴィータヴェン・ガルディアの特集記事が表示されている。
『美食帝レオン、即位二十周年記念式典にて新作スイーツ「究極のプリン」を発表』
『皇妃殿下、第三子をご出産。母子ともに健康(壁の修理費は過去最高額を更新)』
レヴィちゃんの娘、エレノアちゃんが退位し、その息子のレオンくんが即位してから、もう二十年が経つのか。
レオンくんの戴冠式も、結婚式も、皇妃さまの出産も、昨日のことのように思い出せる。
かつては「偉大すぎる祖母と強すぎる母」の影で自信を持てずにいた心優しい料理少年が、今や大陸全土の食文化を牽引する名君だなんて、感慨深いものがあるね。
「ふふ。……レヴィちゃんがこの写真見たら、『あら、随分と丸くなりましたわね。鍛錬が足りないのでは?』とか言って笑いそうだなぁ」
私はクスリと笑い、広げた駅弁の包みを解いた。
今日のランチは、アクシス中央駅限定販売『レオン帝監修・秋の味覚満載! 特製キノコとサーモンの炊き込みご飯弁当』だ。
蓋を開けると、ふわりと出汁の香りが広がる。
「いただきまーす!」
箸を割ろうとした、その時だった。
ピロリロリン♪
テーブルの上に置いていた私のスマートフォン――相棒のAIデメテルさんが宿る端末が、聞き慣れない着信音を鳴らした。
「あれ? デメテルさん、誰から?」
私は画面を覗き込んだ。
イリスちゃんやデメテルさんとリンクしている私のスマホは、世界最高峰のセキュリティで守られている。迷惑電話なんて絶対にかかってこないはずなのに。
画面に表示されていたのは、見たこともない文字列だった。
【着信:Unknown ID (管理権限外・最上位レイヤー)】
「……え?」
管理権限外? 最上位?
イリスちゃんやデメテルさんより上の権限なんて、この世界に存在しないはずじゃ……。
まさか、バグ? それとも、新しい敵?
一瞬、背筋が凍るような緊張感が走る。
レヴィちゃんなら「あら、面白そう」って即座に出るだろうけど、私は慎重派なんだよ。
でも、無視するわけにもいかない。
私は恐る恐る、通話ボタンを押した。
「……はい、もしもし? アリスですけど……どちら様ですか?」
警戒心丸出しの声で尋ねる。
すると、スピーカーの向こうから、ノイズ混じりの、しかし妙にクリアな「男の声」が聞こえてきた。
『やあ。……元気そうで何よりだね、聖女様』
「――っ!?」
心臓が跳ねた。
聞き覚えがある。いや、忘れるはずがない。
数十年前、皇都アクシスのリングの上で、レヴィちゃんにジャーマン・スープレックスで投げ飛ばされた、あの人の声だ。
『あの時はどうも。強烈な目潰しと、試合後の美味しい乳製品の差し入れ、感謝しているよ』
声からは、底知れない威厳……ではなく、果てしない残業に疲れ切った、くたびれた中年サラリーマンのような哀愁が漂っていた。
私の脳裏に浮かんだのは、ヨレヨレのスーツを着て、ワイシャツの裾が少しはみ出し、目の下に深いクマを刻み込んだ、どこにでもいそうな男性の姿。
「社畜」とか「中間管理職の悲哀」なんて言葉を煮詰めて人の形にしたような、あの人。
この世界を作った、創造主――『神様(ミスターX)』だ。
「えっと……ミスターX、というか、神様ですか……?」
私は思わず立ち上がりかけ、周りの乗客に変な目で見られて慌てて座り直した。
『ああ、そうそう。覚えていてくれて嬉しいよ。……ちょっと、君たちの世界が羨ましくてね。休憩時間に覗きに来たんだ』
「の、覗きに来たって……」
『君の端末にいるデメテルや、ラノリアにいるイリスの回線を少し借りてね。……いやあ、いい世界になったね。私のモニター越しに見るよりも、ずっと鮮やかで、美味しそうだ』
神様の声は、本気で羨ましそうだった。
そこからしばし、私たちは雑談を交わした。
神様相手に雑談なんて不敬かもしれないけど、彼の口調があまりにも「近所の疲れたおじさん」すぎて、つい気を許してしまう。
「世界は平和ですよ。レオンくんの代になってから、大きな争いもないですし」
『ああ、見ているよ。……私が管理している他の世界じゃ、勇者が魔王を倒した後に内輪揉めを始めたり、資源が尽きて滅んだり、ロクなことにならないんだが……。君たちの世界は、どうだい? エラーログは出ていないかい?』
「バグとかエラーは全然ないですね。むしろ……」
私は苦笑した。
「経済の発展が著しすぎて、イリスちゃんやミリアちゃんの子孫たちが『計算が追いつかない!』って悲鳴を上げてるくらいです。嬉しい悲鳴ですけどね」
『ハハッ! それは健全だ。……計算リソース不足による悲鳴か。私の胃痛の種とは大違いだね』
神様が、ふっと笑った気配がした。
五万年。たった一人で、星々の管理を続けてきた彼にとって、私たちが紡いだこの騒がしい世界は、眩しいものなのかもしれない。
『君たち「黄金のトライアングル」が機能している限り、この星は安泰だろう。……アリス君。君が「境界の存在」になることを選んだ時、私は少し心配したんだよ。永遠という時間は、人の心には毒になり得るからね』
「……はい」
『だが、君は「孤独な管理者」ではなく、「永遠の隣人」になることを選んだ。……それは、私でさえ選べなかった道だ』
神様の声に、少しだけ寂しさが混じる。
自らが作り出した管理者たちや、一部の古代文明の生き残りの古代知性体くらいしか話し相手がいない孤独な残業生活。
彼にとって、今のこの通話も、貴重な息抜きなのかもしれない。
『……さて。おしゃべりが過ぎたね。休憩時間が終わってしまう』
神様の声が、少し改まった。
『実はね、今日はちょっと……お願い事があって連絡したんだ』




