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第208話 外伝・アリス、境界の守り人② 受け継がれる血。……やっぱり、思い立ったら一直線だね。

 私は、飲み干したシェイクのタンブラーを置いて、ふふっと笑った。


「なぁんだ、そんなこと心配していたの?」


「そ、そんなことって……深刻ですよ! 僕は次期皇帝なんですから!」


「うんうん、そうだね。でもね、レオンくん」


 私はタブレットを取り出し、一枚の写真を表示した。


 それは数十年昔、建国当時に撮った一枚。


 泥だらけで、ボロボロのドレスを着て、それでも不敵に笑うレヴィちゃんと、その横で死にそうな顔をして電卓を叩くミリアちゃん、そしてへたり込んでいる私の写真。


「レヴィちゃんだって、なんでも一人でできたわけじゃないよ? 自慢じゃないけど、私とミリアちゃん、それにアレクセイさんやヒデヨシさん……いろんな人が支えて、喧嘩して、ようやく道ができたんだよ」


「……お祖母様が?」


「そうだよ。あの人は『物理』と『破壊』の天才だったけど、政治とか計算とか、細かい根回しは全部周りに丸投げだったもん」


 私は懐かしい日々を思い出しながら語った。


「それにね、レオンくん。……『整地された大地』を維持するのって、実は切り拓くのと同じくらい……ううん、もっと大変なことなんだよ?」


「維持する方が、大変……?」


「うん。道路だって放っておけば草が生えるし、ヒビが入る。平和だって、放っておけば錆びついちゃう。……毎日毎日、誰かが汗を流して手入れをしなきゃ、当たり前の日常なんてすぐに壊れちゃうの」


 私はレオンくんの手を取った。


 武術のタコではなく、包丁ダコのある、温かい手。


「レオンくんが畑を耕して、料理を作って、みんなに『美味しい』を届けること。……それって、立派な『平和のメンテナンス』だよ。レヴィちゃんが一番やりたかったけど、忙しすぎて十分にできなかったことなんだから」


「お祖母様が、やりたかったこと……」


「そう。あの人はね、世界中のみんながお腹いっぱい食べて笑える世界を作りたかったの。……今のレオンくんは、その夢の続きを、一番いい形で叶えていると思うよ?」


 レオンくんの瞳が、少しだけ揺れた。


 でも、まだ迷いがあるみたい。


 よし、ここらで「境界の守り人」からの、とっておきのプレゼントを出しちゃおうかな。


「レオンくん。今日は特別なものを見せちゃおうかな……ちょっと待ってね」


 私はタブレットを操作し、イリスちゃんにアクセスした。


『検索:未再現レシピ・アーカイブ。ロック解除』。


 画面に表示されたのは、手描きイラスト付きの膨大なリスト。


 私とレヴィちゃんが、夜な夜な語り合って書き溜めた、「前世」の記憶にある料理の数々だ。


「これ……なんですか? 見たこともない料理ばかりです」


 レオンくんが画面を覗き込み、目を丸くする。


「ふふふ、内緒の国の料理だよ。……これは『野郎系ラーメン』。こっちは『でっかいビッグハンバーガー』。あと『タピオカミルクティー』に『ふわとろオムライス』……」


 そこには、イリスちゃんとデメテルさんが総力を挙げて解析した「再現予測レシピ」と、必要な食材リストが添えられている。


「こ、これは……!? どこの国の料理ですかアリス姉さん! ラーメンに大量の野菜と肉を載せる? パンに何枚ものハンバーガーと野菜を挟む? 崩れないんですか!? ……発想が、自由すぎる!」


「世界は広いんだよ、レオンくん。……ここにあるのは、文化の中心になった皇都アクシスにすらない、まだ見ぬ『味』の可能性」


 私は、彼の目を見て言った。


「贅沢な話だけどね、世界が平和になって豊かになると、人の数だけ『好きなもの』『嫌いなもの』が出てくるの。……レオンくんが作ったエルフ用のケーキみたいに、体質や思想で食べられないものがある人も増えてくる」


 物流が発達し、人が行き交えば、多様性は増していく。


 かつては「食えればいい」だった時代から、「より美味しく、より自分に合ったものを」という時代へ。


「どうかな、レオンくん。……そうした時に、どんな人でも、どんな種族でも、最高のお料理でもてなせる国と、そうでない国。……どっちが『強い国』だと思う?」


 レオンくんがハッとする。


「……どんな人でも、もてなせる国……」


「そう。剣で敵を倒すだけが強さじゃない。……『同じ釜の飯を食う』って言葉があるけど、美味しいものを共有できれば、喧嘩なんて起きないんだよ」


 私はニッと笑った。


「未知の食材を探して、育てて、誰も見たことのない料理を作り出して、世界中の胃袋を幸せにする。……そういう『食の地平』を切り拓くことって、荒野を開拓したり魔獣を退治したりするより、劣ることだと思う?」


 レオンくんが、顔を上げた。


 その瞳にはもう、迷いなんてなかった。


 あるのは、獲物を見つけた狩人のような……いや、新しいおもちゃを見つけた子供のような、強烈な好奇心と情熱。


 間違いなく、ヴィータヴェンの血だ。


「……思いません! 劣るどころか……最高に、ワクワクします!」


 彼はタブレットを食い入るように見つめ、指先でページをめくる。


「この『カレーうどん』という料理……出汁とスパイスの融合? 天才か!? ……こっちの『パイナップルピッツァ』は、甘いと塩っぱいでチーズの可能性を極限まで引き出している……! アリス姉さん、このデータ、詳しく見てもいいですか!?」


「もちろん! あげるよ。……その代わり、試食係は私に任せてね? 緑化の旅から戻って、皇都にいる間は、いくらでも付き合ってあげるから!」


「はいッ!!」


 レオンくんは大きく頷き、私の手からデータを転送してもらったタブレットを大事そうに抱えた。


「ありがとうございます、アリス姉さん! 僕、決めました! 授業と武術の鍛錬の合間は、全部厨房に籠もります! ……いえ、素材集めから始めないと! この『豚骨スープ』のためには、もっと脂の乗ったオークが必要だ……!」


 ブツブツと呟きながら、彼の背中から目に見えるような「料理への執念(オーラ)」が立ち上り始めた。


 うん、やっぱりレヴィちゃんの孫だわ。スイッチが入ると周りが見えなくなる。


「よし! 行ってきます! まずは北の山脈で『極上のガラ』を持つ魔獣を捕獲してきます!」


「えっ、今から!? 護衛は!?」


「大丈夫です! 素手の方が肉を傷つけずに捕まえられますから! 行ってきます!」


 ドドドドッ! と地響きを立てて、皇太子殿下が厨房を飛び出していく。


 その速さ、もはや残像しか見えない。


「……あはは。やれやれ」


 私は残されたずんだケーキをフォークでつつきながら、一人ごちた。


「レヴィちゃん、ノア(エレノア)ちゃんとはちょっと毛色が違うけど……『思い立ったら一直線』なのは、やっぱり血筋だね」


 窓の外、夕日に染まる皇都を見下ろす。


 きっとこの国は、これからも大丈夫。


 破壊の女帝が作り、鋼鉄の宰相が支え、そして優しき料理人が満たす。


 そんな未来が見えるようだった。


「さてと。私も負けてられないな。……美味しい食材、もっともっと育てなくちゃ!」


 私は最後のひとくちを頬張り、甘い余韻に浸った。


 永遠の時間は長いけれど、退屈している暇なんて、これっぽっちもなさそうだ。



 ◆◆◆



――後に、ヴィータヴェン・アクシス連邦皇国第三代皇帝となったレオン・ヴィータヴェン・ガルディア=ラノリアは、後世の歴史書にこう記されることとなる。


『厨房帝』、あるいは『美食帝』。


 彼はその生涯をかけて大陸全土の食材を収集・研究し、数多の革新的な料理を生み出した。


 彼が確立した食文化は、種族や国境の壁を超え、真の意味での「平和な食卓」を世界にもたらした名君として称えられている。


 また、歴史書の脚注には、こうも記されている。


『皇帝レオンは極めて温厚な人格者であったが、食材の捕獲に関しては鬼神の如き強さを発揮した。伝説級の魔獣「ベヒーモス」を素手で制圧し、その場で「肉質チェック」を行ったという逸話や、深海の主を釣り上げるために自ら海に潜ったという記録が残されている。その規格外の剛腕と、食に対する常軌を逸した執念は、やはり初代女帝レヴィーネ・ヴィータヴェン・ガルディアの血筋であったと言わざるを得ない』


 そして、その傍らには常に、変わらぬ姿のまま微笑む「翠色の髪の少女」がいて、皇帝の作る料理を一番に味見していたという。


 美味しい匂いと笑顔の絶えないその時代を、人々は「飽食の黄金時代」と呼び、長く語り継いだという。


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