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第197話 外伝・ミリアの日記⑧ 筋肉王との夜会。プロテインは恋の味?

 星暦1027年 某月某日 天気:快晴のち衝撃波


【現在地:オワリ領・イセ湾埋立地「安土パビリオン」/状況:VIP対応および破壊活動の事後処理】


 1.筋肉王の来訪と、破壊された石垣の修繕費


 ついに『天下一・大博覧会』が開幕しました。


 世界中から集まった王侯貴族、商人、そして筋肉自慢たち。彼らが落とす外貨と、会場で消費される「タカニシキ」と「プロテイン」の総量は、私の試算(皮算用)を遥かに上回るペースで推移しています。V&C商会の帳簿は黒字で埋め尽くされ、イリスの演算ユニットも嬉しさで唸りを上げているようです。


 数年ぶりの再会となったギルベルト陛下は、かつてラノリアの学園で「無能な第三王子」と蔑まれていた頃の儚げな面影など微塵も残していませんでした。


 王衣の下にはち切れんばかりの筋肉を鎧い、その瞳には迷いのない光を宿した、正真正銘の「闘う王」として私たちの前に現れたのです。


「久しぶりだな、ミリア殿! そして……我が師、レヴィーネ姐さん!」


 レヴィーネ様の手を取り握手するギルベルト陛下。


 あろうことか、そのまま力比べをしているようです。ギルベルト陛下の筋肉が正装の下で膨れ上がり、レヴィーネ様も背中が大きく開いたドレスに鬼の貌が現れます。


 感動の再会というにはあまりにも暴力的な二人の様子を見ていると、言葉はいらないのだと痛感させられます。


 力と力、筋肉と筋肉のぶつかり合いだけで、空白の数年間を埋め合わせている。


「強さ」という共通言語だけで結ばれた、師弟であり、戦友であり、ライバル。


 その純粋すぎる関係性が、少しだけ眩しく、そして羨ましくもありました。



 2.月下のテラスと、不器用なプロテイン


 その日の夜。


 レセプションパーティーの喧騒を抜け出し、私は迎賓館のテラスで一人、明日の「大一番メインイベント」のオッズ計算と警備計画の見直しを行っていました。


 月明かりだけが頼りの静寂。昼間の熱狂が嘘のようです。


「……やはり、ここにいたか」


 背後から、低く落ち着いた声がしました。


 振り返ると、トレーニングウェアに着替えたギルベルト陛下が立っていました。


 手には二つのシェイカーを持っています。


「陛下。……このような場所で油を売っていてよろしいのですか? 会場では各国の要人が貴方との会談を待ち望んでいますが」


 私が眼鏡の位置を直しながら言うと、彼は苦笑して肩をすくめました。


「公務は終わった。今はただの一人の武人、そして……君の『弟弟子』としてここに来たのだ」


 彼は隣に座り、シェイカーの一つを私に差し出しました。


「特製のプロテインだ。ココアパウダーを混ぜて飲みやすくしてある。……君も、根を詰めすぎている顔をしていたからな」


「……お気遣い、痛み入ります」


 受け取ったシェイカーは、ほんのりと冷えていました。


 一口飲むと、甘いココアの風味が広がり、疲れた脳に糖分が染み渡ります。


……美味しい。意外と、細やかな気遣いができる方なのです。


「……姐さんは、遠いな」


 ギルベルト陛下が、夜空を見上げてぽつりと呟きました。


「どれだけ国を富ませても、どれだけ筋肉を鎧っても、あの方の背中は常に遥か彼方にある。……今日の組み手で痛感したよ。あの方は、見ている世界が違う」


 その言葉には、悔しさよりも、憧れと、そして少しの寂しさが混じっていました。


 私は書類を置き、彼の横顔を見つめました。


「ええ。レヴィーネ様は『太陽』ですから」


 私は自分の実感を込め、言葉を紡ぎました。


「私たちは、その重力と光に惹かれて回る惑星のようなものです。近づきすぎれば焼かれますが、離れれば凍えてしまう。……あの方の近くにいるには、私たち自身も燃え続けなければなりません」


「太陽、か。……言い得て妙だ」


 ギルベルト陛下は自嘲気味に笑いました。


「私は、あの方のようにはなれない。全てをなぎ倒して進む強さも、常識を覆す発想も、私にはない。……私はただ、あの方が切り拓いた道を、後ろから整地して、守ることしかできない凡人だ」


 王としての弱音。


 それを私に見せたことに驚きましたが、同時に、奇妙な親近感を覚えました。


 私も同じだからです。


 レヴィーネ様の破壊的創造を、数字と書類という現実的な枠組みに落とし込み、利益に変えて支えることしかできない。


 私たちは、「天才」に魅入られた「凡人」同士なのです。


「……ですが、陛下」


 私は、自分の考えを言葉にしました。


「太陽だけでは、作物は育ちません。……土を耕し、水をやり、管理する者がいて初めて、実りは生まれるのです」


 私は彼の目を真っ直ぐに見つめました。


「レヴィーネ様が太陽なら、陛下は『大地』です。ラノリアという国を、筋肉という礎で支え、民を守っている。……そして私は、その収穫物を管理する『蔵番』です」


「大地と、蔵番……?」


「はい。役割が違うだけです。……私たちは、それぞれの場所で、それぞれのやり方で、レヴィーネ様の世界を支えている。……それで、いいのではありませんか?」


 ギルベルト陛下は、目を丸くして私を見つめ返し、やがて、破顔しました。


 昼間の豪快な笑いとは違う、優しく、温かい笑顔でした。


「……ふっ、なるほど。ミリア殿の計算には、敵わないな」


 彼は、夜風に吹かれながら伸びをしました。


「ありがとう。……君と話すと、筋肉痛も和らぐ気がするよ」


「それはアリスさんの治癒魔法のおかげでしょう」


「いや、君の言葉の効能だ。……君は、賢くて、強い人だ」


 その言葉に、私の心臓が、不合理なリズムで跳ねました。


 強い? 私が?


 レヴィーネ様の影に隠れて、電卓を叩いているだけの私が?


「……買いかぶりすぎです。私はただ、お金が好きなだけですから」


 照れ隠しにそう言うと、彼は真剣な眼差しで私を見据えました。


「だとしてもだ。……レヴィーネ姐さんの無茶振りを、全て完璧に処理し、利益に変えてみせるその手腕。私には到底真似できない。……君こそが、このトヨノクニを影で支える『最強の右腕』だよ」


 真っ直ぐすぎる賛辞。


 熱いものがこみ上げてきて、私は慌ててプロテインを煽って誤魔化しました。


「……明日の試合、期待していますよ。最高のパフォーマンスを見せてください」


「ああ。任せてくれ。……姐さんに、そして君に、私の全力を見せよう」


 彼が去った後のテラスで、私は空になったシェイカーを握りしめました。


 甘くて、ほんのり冷たくて、それでいてあたたかくて。


……悪くない味でした。


 レヴィーネ様。


 貴女が繋いでくださった縁は、こうして意外な形で、私の人生にも彩りを与えてくれているようです。


 もっとも、この感情を「恋」と定義するには、コストとリスクの計算がまだ足りませんが。


 イリスに相談したら『恋愛感情のホルモン分泌を確認。推奨アクション:求愛行動』とか言い出しそうなので、今日のところはこの日記に留めておきます。



 3.決戦


 翌日のメインイベント。


 レヴィーネ様 対 ギルベルト陛下の試合は、文字通り「天変地異」でした。


 魔法なし、武器なしのルールなどお構いなし。


 ギルベルト陛下は司祭団の祈り(バフ)で自身を要塞化し、レヴィーネ様はパイプ椅子を首にかけさせ、ハンマーのようにフルスイングする。


 常人なら十回は死んでいる攻防の末、最後はレヴィーネ様が必殺の『漆黒の玉座』を展開し、そこへギルベルト陛下を脳天から叩きつける「玉座式・垂直落下式脳天砕き」で決着がつきました。


 リングは崩壊し、会場は熱狂の渦に飲み込まれました。


 私は実況席で、崩れ落ちるギルベルト陛下を見て、悲鳴を上げるどころか、なぜか誇らしい気持ちになっていました。


「……見事です、陛下。貴方は最後まで、レヴィーネ様の『全力』を受け止めきった」


 担架で運ばれていくギルベルト陛下は、ボロボロになりながらも、どこか満足げに笑っていました。


 その笑顔を見て、私は確信しました。


 この人は、強い。


 腕力だけでなく、その心の在り方が。


 試合後、医務室を訪ねると、全身包帯だらけのギルベルト陛下が、私を見るなり片手を上げました。


「……無様だったかな、姉弟子」


「いいえ。……最高の興行でした。おかげでグッズの売り上げも倍増です」


 私は憎まれ口を叩きながら、新しいプロテインを差し出しました。


「……また、飲みましょう。今度は、請求書なしで」


「ああ。……楽しみにしているよ」


 私たちは顔を見合わせ、小さく笑い合いました。


 レヴィーネ様。


 貴女が切り拓く覇道の傍らで、私も私なりの「計算」で、この不器用な王様との関係を、少しずつ積み上げていってもいいかもしれません。


 もちろん、V&C商会の利益が最優先ですが!



【本日の収支】


 支出:迎賓館の修繕費、リング再建費(莫大)、接待用プロテイン代


 収入:博覧会の記録的売上、ラノリアとの友好関係深化


 資産総額:測定不能(※ただし、胸の奥が少し温かいです)


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