第193話 外伝・ミリアの日記④ 人質生活? いいえ「厨房占拠」です。
星暦1026年 某月某日 天気:人工のネオン晴れ
【現在地:カジノホテル最上階(※人質として監禁中)】
【本日の開発:悪魔のペースト(ミソマヨ) / 支配率:厨房エリアの100%】
1.人質生活の快適化計画
カジノのオーナー、ゴルドーの卑劣な罠により、レヴィーネ様は闘技場へ、私とアリスさんは「人質」としてホテルの最上階のスイートルームに軟禁されました。
見張り役のマフィアたちが、魔導銃を片手に威圧してきます。
普通なら震えて命乞いをする場面でしょう。
ですが、彼らは知りません。私たちがそれなりに修羅場を潜り抜けてきたことを。
魔導銃を持ったチンピラ程度では私たちが怯える理由にすらなりません。
私は即座に、見張りの男たちに交渉を持ちかけました。
「お腹が空きませんか? 素晴らしい食材がキッチンルームにあるようですが、腐らせるのは経営的にマイナスですよ?」と。
アリスさんも「お兄さんたち、肌荒れてるよー? 野菜足りてないんじゃない?」とニコニコ煽ります。
結果、私はスイートルームのキッチンの使用許可(と、食材の無制限使用権)を勝ち取りました。
2.新発明:特製ピリ辛ミソ・ディップ
この街の食料庫で、面白い調味料を見つけていました。
『マヨネーズ』。卵と酢と油を乳化させた、濃厚なソースです。
これ単体でも美味しいですが、私の直感が告げました。「これに味噌を混ぜれば、化ける」と。
カジノの立食コーナーに潜入し「ミソディップ」として試食に出したところ、爆発的な人気を博したそれに、さらに一手間加えます。
配合比率はマヨネーズ7、味噌3。そこに、ラノリアから持参した赤唐辛子を粉末にした「特製一味」を大量投入。さらに隠し味に砂糖とニンニクを少々。
……完成しました。
野菜スティックにつけて一口食べた瞬間、脳髄に響く旨味と辛味、そして背徳的な油分。
これは「野菜を食べるソース」ではありません。「野菜を媒体にしてソースを飲むための燃料」です。
完成した「悪魔のソース」を試しに、見張りのマフィアに差し出してみました。
「人質の料理なんて食えるか!」と怒鳴っていた彼らが、一口食べた瞬間、目を見開き、無言でポリポリと野菜を齧り続け、最後には指についたソースまで舐めとっていました。
「姐さん、おかわり……!」「セロリが止まらねぇ!」
チョロいものです。これで、このフロアの制圧は完了しました。
◆◆◆
星暦1026年 某月某日 天気:決戦前夜
【密談相手:アリスさん / 議題:レヴィーネ様のストレス解消について】
夜、マフィアたちがディップの食べ過ぎで満腹になり、寝静まった頃。
私とアリスさんは、窓際で夜景を見下ろしながら作戦会議を開きました。
「ねえミリアちゃん。……レヴィちゃん、まだ無理してるよね」
アリスさんが、珍しく真剣な顔で切り出しました。
「はい。……ノア様の件以来、あの方は笑っていらっしゃいますが、心の底ではまだ泣いておられます」
気丈に振る舞い、前を向こうとされていますが、その拳には行き場のない悲しみが握り込まれたままです。
「だからさ。……今回は、止めないでおこうよ」
アリスさんが悪戯っぽく、けれど優しく笑いました。
「借金1億ベル? カジノのルール? 知ったこっちゃないよ。あのゴルドーって男、レヴィちゃんを怒らせたんだから、街ごと更地にされても文句は言えないよね?」
私は眼鏡の位置を直し、電卓を弾きました。
カジノの破壊による損害賠償額。対して、悪徳オーナーを成敗することによる治安回復の利益。そして何より――レヴィーネ様が全力を出し切り、鬱屈した感情を物理的に発散させることの「精神的利益」。
「……計算完了です、アリスさん」
私はニヤリと笑いました。
「損益分岐点は突破しています。今回は、リミッター解除(全壊)でいきましょう。……私が責任を持って、事後処理(経理)はやりますから」
「やった! さっすがミリアちゃん! じゃあ、派手な花火を期待しよっか!」
私たちは窓の外、闘技場の方角に向かって乾杯しました(野菜スティックで)。
存分にお暴れください、レヴィーネ様。あなたの悲しみが癒えるなら、カジノの一つや二つ、安いものです。
◆◆◆
星暦1026年 某月某日 天気:快晴(※カジノホテルは半壊)
【本日のメニュー:ゴールド・ベガス風スパイシーちゃんこ / 効果:魂の浄化】
やりました。レヴィーネ様は、本当に闘技場ごとカジノを粉砕なさいました。
瓦礫の山となった広場。悪党どもが一網打尽にされ、朝日が差し込む中、私は「祝勝会」の準備に取り掛かりました。
今回のテーマは、この街の熱気と破壊にふさわしい「情熱」。
ゴールド・ベガスならではの食材を使った、新作ちゃんこです!
■ ゴールド・ベガス風・スパイシーちゃんこ鍋
【スープ】
ベースは、この地方で親しまれている「チリコンカン(豆と挽肉の煮込み)」です。
たっぷりのチリビーンズとホールトマトを鍋に投入。そこにコンソメと、味の深みを出すための「コーンフィールド家の味噌」を加えます。トマトの酸味と味噌のコクは、驚くほど相性が良いのです!
さらに、クミン、オレガノ、そして大量のチリパウダーを投入。香りで食欲を殴りつけるような、スパイシーなスープに仕上げます。
【具材】
・特製ミートボール:牛豚の合挽き肉に、刻んだ玉ねぎとナツメグを混ぜて固めたもの。煮崩れしないよう、表面をこんがり焼いてから投入します。
・野菜:ざく切りのキャベツ(必須)、スライスした玉ねぎ、彩りのパプリカ(赤・黄)、そして輪切りのズッキーニ。
・その他:ソーセージ、キドニービーンズ、ひよこ豆。
「ご飯ができましたよー! 今日は汗をかいて、全部吹き飛ばしましょう!」
大鍋から漂う、トマトとスパイス、そして焦がし味噌の香り。
戦いを終え、煤だらけになったレヴィーネ様が、ふらりと近づいてきました。
その表情は、憑き物が落ちたように晴れやかでした。
「……いい匂いね。お腹が空いたわ」
「はい。たっぷりと召し上がってください」
レヴィーネ様は、ハフハフと熱いミートボールを頬張り、ピリ辛のスープを飲み干しました。
額から汗が流れ、代謝が上がり、体の内側から毒素が抜けていく。
トマトの酸味が、乾いた体に染み渡る。
「……辛いわね。でも、すごく元気が出る味だわ」
「はい。この街の太陽の味ですから」
レヴィーネ様が、久しぶりに心からの笑顔を見せてくださいました。
それを見て、アリスさんも、解放された闘士たちも、そして人質だったはずなのに何故か私の手伝いをしている元マフィアたちも、みんなで笑い合いました。
ノア様のことは、忘れません。
でも、レヴィーネ様は前を向きました。
なら、私も全力で支えるだけです。
さあ、シメはご飯とチーズを入れて「スパイシー・チーズリゾット」ですよ!
カロリー? そんな数値、この街には存在しません!




