第192話 外伝・ミリアの日記③ Fランクからの逆襲は、生姜鍋から。
星暦1025年 某月某日 天気:曇り
1.業務記録:Fランクからの逆襲
帝都に戻ってきましたが、状況は最悪です。
あのケビンとかいう男が持ち込んだ「鑑定プレート」なるふざけた代物のせいで、かつてレヴィーネ様をお慕いしていた親衛隊の方々が、「Fランク」「ゴミ」の烙印を押され、見る影もなく憔悴しきっていました。
数値? ステータス?
ナンセンスです!
市場価値というのは、その瞬間の数値ではなく「将来生み出す利益」と「稼働率(根性)」で決まるのです。彼らを「無能」と切り捨てるとは、ケビンという男、経営者としての資質が欠落しています。これは明らかな「人材の浪費」です。
レヴィーネ様は仰いました。
『そんなふざけた数値の物差し、へし折って差し上げるわ』
そして、こう続けられました。
『まずは腹を満たし、筋肉をつけさせなさい。……今の彼らに必要なのは、同情ではなくタンパク質よ』
御意に。
冷え切った彼らの心と体を芯から温め、代謝を強制的に向上させるための「燃料」を投下します。
本日のメニューは、ラノリアでの経験を活かしつつ、よりコストパフォーマンスと代謝アップに特化した「鶏団子の生姜ミソ鍋」です。
2.極秘レシピ:代謝爆上げ・鶏団子の生姜ミソ鍋
コンセプトは、「体を内側から燃やす」。安価な鶏肉を使い、生姜の力で体温を上昇させ、ミソのアミノ酸で疲労回復を促します。
材料は30人分プラス、レヴィーネ様とアリスさんと私の分。
メインの肉はコスト削減のため、ガラ付きの鶏肉を安く仕入れ、私が調理場で「物理(麺棒)」を使って骨ごと叩いてミンチにしました。軟骨や骨髄も入るためカルシウム強化になります。
そこに合わせるのは、通常の3倍量の「おろし生姜」と、箱買いした「刻みネギ」。食べているそばから汗が噴き出るレベルを目指します。
調理工程は、もはや格闘技です。
巨大なタライに肉、卵、片栗粉、そして「致死量」とも思える大量の生姜を投入し、粘りが出るまで私が全力で練り上げます。この作業だけで私の上腕二頭筋が良い感じにパンプアップしました。
寸胴鍋で鶏ガラを煮出し、コーンフィールド家秘伝のミソダレを溶けば、準備完了。厨房(倉庫の隅)が、むせ返るような生姜とミソの香りで充満します。
3.実食・および効果測定
「ご飯ができましたよー! 今日のノルマは『完食』です!」
私が大鍋の蓋を開けると、倉庫内に爆発的な湯気と香りが広がりました。
生姜の鋭い刺激臭と、ミソの芳醇な香り。
部屋の隅で体育座りをしていた元・親衛隊の方々の鼻がヒクつき、死んでいた目に、わずかに「食欲」という名の生気が灯りました。
「……あたたかい」
「生姜が……胃に染みる……」
最初は恐る恐るでしたが、一口食べた瞬間、彼らの箸が加速しました。
鶏団子から染み出る肉汁、体を芯から熱くする生姜の辛味。寒さと絶望で凍えていた彼らの体が、物理的に発熱し、汗が噴き出していきます。
「熱い! 体が燃えるようだ!」
「力が……力が湧いてくる!」
そこへ、レヴィーネ様が仁王立ちで檄を飛ばします。
『食べた分は動いて血肉に変えなさい! スクワット、用意ッ!!』
「「「イエッサー!!」」」
……素晴らしい。
食事(入力)から運動(出力)へのサイクルが完璧に機能しています。
彼らの顔からは、Fランクという劣等感は消え失せ、代わりに「明日もこの鍋を食べるために生きよう」という健全な欲求が生まれていました。
アリスさんも「んふー! 生姜ですごいポカポカするよぉ! これなら雪山でも半袖でいけそう!」と、追加の鶏団子を頬張っています。
レヴィーネ様も、シメの雑炊(卵とじ)まで完食され、満足げに仰いました。
『悪くないわね。この刺激、鈍った体に喝を入れるには最適よ』
4.総括
本日の鍋にかかったコストは微々たるものですが、それによって得られた「忠誠心」と「労働力(戦力)」の価値は計り知れません。
この「ちゃんこ道場」システム、いずれV&C商会の福利厚生モデルケースとして確立できるかもしれませんね。
さあ、明日のメニューは、より筋肉の合成を促すために「ブロッコリーと鶏胸肉の塩ちゃんこ」にしましょうか。
……ふふ、計算通りです!
◆◆◆
星暦1026年 某月某日 天気:雨のち曇り
【本日の業務:敗北の分析 / 損害:私の自信(全損)】
計算が、合いませんでした。
いえ、計算そのものが無意味な領域があることを、私は思い知らされました。
レヴィーネ様が「魂の兄弟」とさだめられたノア様。
彼のために私が全身全霊で計算し、調理した「特製ちゃんこ」は、彼の体を救うどころか、拒絶されてしまいました。
医師の診断は残酷なものでした。
『レヴィーネ様の強大すぎる魔力が、弱ったノア様の体には毒になっている』
そして、私が作った料理も、レヴィーネ様が側にいること自体も、彼の命を削っていたのだと。
私は、自分の浅はかさを呪いました。
「栄養価」や「消化率」といった数値ばかりを追いかけ、彼が背負っている「寿命」という絶対的なマイナス係数を見落としていたのです。
商売なら、赤字は黒字で埋め合わせられます。
ですが、命の貸借対照表は、一度崩れれば二度と戻りません。
レヴィーネ様は、あんなに大切にしていた「最強の椅子」を封印されました。
そして、かつての修行でお使いになられていた「魔力封じの拘束具」を身につけられました。
「何もできない」と嘆くのではなく、ただの無力な人間として、ノア様の痛みに寄り添うことを選ばれたのです。
その背中は、どんな魔獣を倒した時よりも大きく、そして悲しく見えました。
私にできるのは、ただ厨房の隅で、祈ることだけです。
どうか、あの方の想いが、ノア様に届きますように。
◆◆◆
星暦1026年 某月某日 天気:快晴
【イベント:庭園バトルロイヤル / 種目:魂の殴り合い】
信じられない光景でした。
レヴィーネ様が企画されたのは、ノア様に見せるための「本気の喧嘩」。
武器なし、魔法なし、小細工なし。
ご両親も、お祖父様であるマラグ様も、レヴィーネ様のもう一人のお師匠様であるオルガ夫人も参加しました。
庭園をロープで囲んだだけのリング。私は見ました。
魔力を封じられ、ただの少女となったレヴィーネ様が、泥だらけになりながら、何度も何度も立ち上がる姿を。
血を流し、息を切らし、それでも「生きろ!」と叫びながら、巨岩のようなお祖父様に挑みかかる姿を。
それは、私がこれまで見てきた「圧倒的強者」としてのレヴィーネ様ではありませんでした。
弱くて、脆くて、けれど誰よりも気高い、一人の人間の姿でした。
窓辺で見ていたノア様の瞳に、光が宿るのが分かりました。
死を待つだけの曇った瞳ではなく、最後まで戦い抜こうとする戦士の瞳。
レヴィーネ様は、薬でも料理でもなく、「生き様」そのものを処方箋として彼に渡したのです。
試合終了後、ノア様は静かに息を引き取られました。
ですが、そのお顔は安らかで、まるで勝利した王者のようでした。
私は涙を拭いました。レヴィーネ様が泣いていないのに、私が泣くわけにはいきません。
あの方は仰いました。「また会おうぜ、ブラザー」と。
ならば私も信じましょう。星の巡りの果てに、いつかまた、彼が元気な体で、私たちの食堂に現れる日を。その時は、最高の大盛りちゃんこをご馳走しますから。




