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第194話 外伝・ミリアの日記⑤ スラムの子供たちへ「おじや」を。

 星暦1026年 某月某日 天気:灼熱(夜は悲鳴と爆発音)


【場所:サン・ルーチャ王国・貧民街の教会】


【本日の業務:炊き出し(コラボ開催) / 対象:スラムの住民および子供たち】


 サン・ルーチャ風「太陽のトマト・モツちゃんこ」


 この国の主食であるタコス(トウモロコシの薄焼きパン)に合う汁物として、マテオ神父と共同開発しました。現地の伝統料理「ポソレ(トウモロコシのスープ)」や「メヌード(モツ煮)」を、ちゃんこ流に再構築した自信作です。


 ■スープベース


 完熟トマトとチリ(唐辛子)をベースに、鶏ガラ出汁を合わせた「赤のスープ」。


 そこに、臭み消しとコク出しのために「味噌」を隠し味として投入。トマトのグルタミン酸と味噌のアミノ酸が融合し、暴力的な旨味を生み出します。


 ■具材


 ・牛のハチノス(モツ):下茹でを3回行い、臭みを完全に消してトロトロになるまで煮込みます。


 ・鶏モモ肉:あえて大きめにカットし、食べ応えを出します。


 ・ジャイアントコーン(乾燥):水で戻した大粒のトウモロコシ。モチモチとした食感がアクセント。


 ・南国野菜:ズッキーニ、パプリカ、オクラなどをたっぷりと。


 ■仕上げ


 食べる直前に、フレッシュなライムをギュッと絞り、刻んだコリアンダー(パクチー)を山盛りに。


 酸味と香草の香りが、濃厚なモツの脂をさっぱりとさせ、暑い日でも無限に食べられる「魔性のスープ」の完成です。



 ◆◆◆



 マテオ神父の教会をお借りして実施した炊き出し。当初、私は自慢の「特製ちゃんこ鍋」を用意しました。脂の乗った肉と野菜、そしてスパイスの効いたスープ。飢えた人々にとって最高の活力になると信じていました。


 しかし、重大な判断ミスでした。


 スラムの奥から現れた極度の飢餓状態にある少年が、ちゃんこを口にした途端、受け付けずに吐き戻してしまったのです。


 その光景を見た瞬間、私の脳裏にあの日の記憶が蘇りました。


 ヴィータヴェンの屋敷で、私の料理を食べられずに苦しんでいたノア様の姿です。


 弱りきった胃腸に、動物性脂肪や繊維質の野菜は「毒」になりかねません。消化できずに、かえって命を削ることになるのです。


 私は即座にメニューの変更を決断しました。


「脂っこいスープはまだ早いです!」


 別鍋を取り出し、虎の子の白米を取り出しました。形がなくなるまでクタクタに煮込み、味付けは少量の塩と、酵素を補うための味噌を数滴垂らすだけ。「特製おじや」への切り替えです。


 震える子供たちの口に、流動食に近いおじやを流し込む。


……戻しませんでした。「おいしい」という小さな声を聞いた時、私は安堵で膝が震えました。過去の経験が、今、命を繋ぎ止めたのです。


 ノア様。私、間違えませんでした。あなたの痛みが、この子たちを救う知恵になりましたよ。



 ◆◆◆



 おじやの配給が進む中、器を抱えたまま口をつけない一人の少女がいました。


 理由を尋ねると、彼女は消え入りそうな声で答えました。


「妹が動けないの。……お母さんも、『薬』で動かなくなっちゃったから」


 その言葉で、この国の貧困の裏にある本当の闇が浮き彫りになりました。


 魔薬「赤きサボテン」。


 子供たちを飢えさせ、親たちを廃人にして使い潰す、組織的な悪意のシステム。


 少女に案内されて足を踏み入れたスラムの最深部には、腐敗臭と薬品臭が充満し、生きながら死んでいるような人々が横たわっていました。


 その惨状をご覧になったレヴィーネ様の瞳から、光が消えました。


「許せないわね」


 静かな、しかし絶対零度の怒りを含んだお言葉。食を冒涜し、命を使い捨てにする者たちへの、明確な宣戦布告でした。


 アリスさんも「子供を道具扱いするなんて許さない」と覚醒状態に入っています。


 これより当商会は、慈善活動から「害虫駆除(武力介入)」へとフェーズを移行します。


 まずは元凶である魔薬工場を物理的に「閉鎖(破壊)」し、子供たちを保護します。私の計算では、工場の資材と悪党の隠し財産を没収すれば、このスラムの食費数年分は賄えるはずです。



 ◆◆◆



 覆面レスラー・エル・ソルとの死闘を制した夜。


 ビッグマッチを終えたレヴィーネ様を狙い、マフィアの報復部隊がスラムを取り囲みました。


「教会から出てこい! 皆殺しにしてやる!」などと喚いています。


 レヴィーネ様は、退屈そうに首を鳴らして立ち上がりました。


「……子供たちが起きるわね。外で『掃除』してくるわ」


 手には、愛用の鉄扇とパイプ椅子。


 数秒後。


 ドガァッ! バキィッ! ギャァァァッ!


 教会の外から、小気味良い打撃音と、男たちの断末魔がリズムよく響き渡りました。


 それは私たちにとって、この上なく安心できるBGMです。


 教会の中では、アリスさんが子供たちを膝に乗せ、優しく背中をトントンと叩いていました。


「……大丈夫。なぁんにも怖くないよ」


「お外の音はなぁに?」


「あれはね、悪い虫さんを、レヴィお姉ちゃんが退治してくれてる音だよ。だから、安心してねんねしていいんだよ」


 アリスさんが歌う、異国の子守唄。


 その横顔を見て、私は確信しました。


 彼女はもう、誰かのシナリオをなぞるだけの存在でも、教団に担ぎ上げられた聖女という立場から抜け出しただけの存在でもありません。


 傷ついた人々を癒やし、不安を取り除く、本物の「聖女」になろうとしているのだと。


 外では「破壊の神」が暴れ回り、中では「慈愛の女神」が命を温める。


 そして私は、その両方を支えるために、明日の朝食の仕込み(マフィアたちへの尋問用激辛スープ含む)をする。


……最高のチームです。


 この旅に出て、本当によかった。


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