第186話 妊娠判明! つわりは気合いで……治りませんでした。
創造神との「最終興行」から、数週間後。
ヴィータヴェン・アクシス連邦皇国の皇都アクシスに、激震が走った。
それは、西の国境にドラゴンが現れた時よりも、大断裂帯が埋まった時よりも、遥かに衝撃的なニュースだった。
――初代女帝レヴィーネ・ヴィータヴェン、懐妊。
その報せは、敷設されたばかりの電信網と鉄道に乗って、瞬く間に大陸中を駆け巡った。
東の帝国では皇帝が祝砲を撃ち上げ、トヨノクニではノブナガが「めでたい! 今日は無礼講じゃ!」と城下で餅を撒き、エルフの里では大世界樹が一斉に季節外れの花を咲かせたという。
世界中が祝福ムードに包まれる中、当事者たちがいる皇城の奥深くでは、感動とは少し違う、物理的な「戦い」の日々が始まっていたのである。
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【記録1:妊娠三ヶ月目 ~つわりは気合いで治りません~】
【星暦1036年 3月15日】
●ミリアの業務日誌
本日午前八時。レヴィーネ様が顔面蒼白のまま「現場に行く」と言ってドレスに着替えようとされたため、全力で阻止しました。
「ただの状態異常よ! 動けば治りますわ!」と主張されていましたが、つわりは筋肉痛とは違います。アリスさんと二人がかりでベッドに縛り付け(比喩ではなく物理的な拘束魔術を使用)、ようやく静止させることに成功。
……ですが、レヴィーネ様が安静にしていると、逆に城が揺れるほどの殺気が漏れ出します。
午後二時。緊急オーダー発生。
ベッドの上のレヴィーネ様が、虚ろな目で「……酸っぱいものが食べたいですわ。具体的には、サン・ルーチャの完熟レモンと、トヨノクニの三年熟成梅干しを。『同時に』今すぐ」と仰いました。
無茶苦茶です。大陸の西の果てと、東の果ての特産品を同時に所望されるとは。
ですが、これは宰相としての腕の見せ所です。即座に「黒鋼大回廊」の緊急ラインを確保。西からはリョウマさんの高速船と特別列車でレモンを、東からはヒデヨシさんの魔導デコトラ便で梅干しを、それぞれ最高速で輸送させました。さらに、中央駅で合流させたそれらを、アリスさんが開発した「保冷転移ポッド」で皇城へ直送。所要時間、わずか6時間。
「……ん! 酸っぱい! でも、悪くありませんわ!」
レヴィーネ様のご機嫌が直りました。酸味のある果実の確保を最優先事項(Sランク任務)として、商会全支店に通達します。
なお、つわり中も書類仕事の速度は落ちていません。恐ろしい方です。
●レヴィーネの日記
体調に異変あり。朝起きると、世界が回っているような感覚と、胃の腑から込み上げる不快感。これが「悪阻」と呼ばれる生理現象だそうですわ。
ですが、解せません。わたくしの鍛え上げられた腹筋と内臓が、これしきのことで悲鳴を上げるとは。
……認めません。これは「自分との戦い」です。吐き気? 飲み込めば栄養になりますわ!
とは言え、ミリアとアリスがうるさいので、今日は大人しく執務室でダンベル運動程度に留めておきます。
●アレクセイのメモ
妻が苦しんでいる。代わってやりたいが、こればかりはどうすることもできない。無力だ。
せめてもの気晴らしになればと、彼女の枕元で、溜まっていた「西方諸国との関税条約に関する草案(全200ページ)」を読み聞かせたところ、五分でスヤスヤと眠ってしまった。
……どうやら私の声と、難解な政治課題が、一番の子守唄になるらしい。
少し複雑だが、彼女の寝顔は天使のようだ。いや、女神か。
◆◆◆
【記録2:妊娠五ヶ月目 ~英才教育と筋肉占い~】
【星暦1036年 5月20日】
●アリスの日記
今日はレヴィちゃんの定期検診の日! 私、農林水産大臣だけど、一応元聖女だからね。この世界にはエコーとかはないけど、光魔法で赤ちゃんの様子は見られるんだよ。
診察を始めようとしたら、突然スマホとタブレットから、イリスちゃんとデメテルさんがホログラムで飛び出してきて、大喧嘩を始めちゃったの。
『推奨! 胎児の脳シナプス形成期に合わせ、市場原理と構造力学の基礎データを音声入力すべきです。帝王学は早期教育が必須!』
イリスちゃんが難しいグラフを出せば、デメテルさんも負けじと対抗する。
『いいえ! 情操教育よ! まずは1/fの揺らぎを含んだ楽曲……いえ、森のせせらぎと、植物の育て方を教えるべきだわ! 優しい子に育つのよ!』
二人の古代知性体が、お腹に向かって別々のデータを流そうとするから、レヴィちゃんがブチ切れちゃった。
「うるさいですわね! この子にはまず『プロレス名鑑』と『筋肉番付』を読み聞かせなさい! 受け身が取れない子になったらどうしますの!」
……うん、どれも極端すぎるよ。
横でアレクさんが絵本を持って待機してたけど、出番がなくてしょんぼりしてた。かわいそうに。
気を取り直して、診察再開。ふと思いついて聞いてみたの。「ねえ、レヴィちゃん、アレクさん。男の子か女の子か、知りたい?」って。
レヴィちゃんは即答。「ええ、教えてちょうだい。先々の準備もあるし、教育方針の構築にも関わりますもの。知っておくに越したことはありませんわ」。き、きっぱりしてるなぁ……。
で、アレクさんはどうかなって見たら、優しくレヴィちゃんの肩を抱いてこう言ったの。「産むのも、その苦しみを背負うのも妻なのだから、彼女の方針に従うよ。……それに、どちらであっても、私たちの宝物であることに変わりはないからね」
うーん、合理的というか、愛が深いというか……。やっぱりこの二人、似た者夫婦なんだなーって感じたよ。
というわけで、魔法でチェック! 結果は……うん、間違いなし。「元気な女の子だよ!」って伝えたら、レヴィちゃんは「あら、わたくし似のお転婆かもしれませんわね」って笑って、アレクさんは「……娘か。お嫁にはやらんぞ」って早くも親バカ発言してた。気が早いよアレクさん!
あと、イリスちゃんが横からとんでもない補足をしてきた。
『エコー解析完了。……筋肉量および骨密度、計測不能。ただし、大腿四頭筋の発達具合から見て、キック力は既に一般成人男性を凌駕しています』
「ふふ、活発な子ですわね」って喜ぶレヴィちゃん。「……この蹴りの鋭さ、やっぱり女の子だね」って確信するアレクさん。
アレクさん曰く、昔レヴィちゃんに殴られた時の「骨の芯に響く感覚」に似てるんだって。……それ、本当に女の子の基準なのかな?
◆◆◆
【記録3:妊娠八ヶ月目 ~食欲という名の災害~】
【星暦1036年 8月10日】
●レヴィーネの日記
安定期に入りました。体調はすこぶる良好。
以前よりも、体の奥底から力が湧いてくるのを感じます。これが「母になる」ということでしょうか? それとも、お腹の子がわたくしの魔力を吸ってドーピングしているのでしょうか? どちらにせよ、素晴らしいことですわ。
ただ、一つ問題が。……お腹が、空くのです。
昨夜は無性に「トヨノクニの焼き芋」が食べたくなりました。今は夏。本来ならあるはずがありません。
ですが、食べたいのです。お腹の子が「母上、焼き芋を所望します」と激しいストンピングで訴えているのですもの。
●ミリアの業務日誌
深夜二時。緊急招集。
レヴィーネ様が「焼き芋」をご所望とのこと。季節外れも甚だしいですが、女帝の勅命(および胎児の要求)は絶対です。
即座にイリスに命じて、大陸中の倉庫を検索。トヨノクニの低温貯蔵庫に「越冬サツマイモ」の在庫を確認しました。
すぐにガンテツさんを叩き起こし、ギエモンさんが開発したばかりの「超高速石焼き芋機(蒸気タービン搭載型)」を起動させ、実験中の高速鉄道を使って5時間でお届けしました。
「……ん! 甘くてねっとりして、最高ですわ!」
その笑顔を見られただけで、徹夜の疲れも吹き飛びます。
……ですが、その直後に「次は塩辛いものが欲しいですわ。具体的には『西方のアンチョビ』を」と言われた時は、少しだけめまいがしました。
●アレクセイのメモ
妻の食欲が凄まじい。ミリアの話では「二人分食べている」とのことだが、あの量は二人分というより、ドラゴン一頭分に近いのではないだろうか。
昨夜、寝言で「……そのドラゴン、丸焼きにしますわ」と呟きながら、私の腕をガブリと噛んできたのは驚いた。
私の腕は非常食ではないのだが……まあ、彼女の歯型なら勲章のようなものか。痛いが、悪くない。
それにしても、腹部が大きくなっても腹筋のラインが消えないのはどういう理屈なのだろうか。美しいが、人体の不思議だ。




