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悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~前世は病弱、今世は物理最強。魔法もチートも私には勝てません~  作者: みやもと春九堂@月館望男
【第16部】グランドフィナーレ・物理帝国編 ~神様、残業代(寿命)はいりません。この世界は最高に退屈しませんもの!~
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第185話 神 VS 悪役令嬢! 世界の理を賭けたファイナル・マッチ!

 三日後。皇都アクシス、国立競技場。


 突如として発表された緊急メインイベントに、数万の観衆が詰めかけていた。


――女帝レヴィーネvs謎の挑戦者ミスター・X。


 彼らは知らされていない。対戦相手が「創造主」であることを。


 だが、そんなことは関係ない。彼らが求めているのは、女帝レヴィーネの「最強の証明」だけだ。



『さあ、お待たせいたしました! 実況は私、宰相ミリア・コーンフィールド! 解説はアリス農水大臣でお送りします!』


『今日はすごいよー! なんたって相手が「創造主」だもんね! 神殺しだよ、神殺し!』


 アリスの爆弾発言も、歓声にかき消される。


 リングの中央には、派手な南蛮マントを羽織り、軍配を手にした男が仁王立ちしていた。


「カッカッカ! 神と魔王の喧嘩じゃ! 余以外に裁ける者はおらぬわ! レフェリーは、このオダ・ノブナガが務めるぞ!!」


 観客席がドッと沸く。


 そして、リングの両端には、二人の選手が対峙していた。


 赤コーナー、最強の悪役令嬢、レヴィーネ・ヴィータヴェン。


 青コーナー、謎の挑戦者、ミスター・X(神)。


 神は、ワイシャツ姿のまま、周囲の熱狂的な観客を見渡し、呆れたように苦笑した。


「……確かに君の流儀に任せるとは言ったけれど。たった数日でここまで馬鹿騒ぎにするもんかなあ?」


「あら、その割には滞在期間中、随分と楽しんでいたようですけど?」


 わたしが指摘すると、神は「参ったな」と頭をかいた。


「バレていたかい? ……いやあ、この国はすごいよ! カレー、ちゃんこ、寿司、ラーメン、それだけでもまだまだ全種類食べられていないのに、肉料理、魚料理、野菜料理! デザートに各種スイーツ!! まだまだ全然食べきれていない!」


 神は、まるで食いしん坊の少年のような目を輝かせた。


「正直、今日ここで結論を出すなんて、惜しくなってきちゃったよ。仕事なんか放り出して長逗留しちゃいたいくらいだ」


「食の豊かさは人生の豊かさ。そのための『連邦皇国』ですわ。悪役は貪欲ですの」


 わたしは『漆黒の玉座』をリング外へ放り投げ、素手で構えた。


「両者準備はよいな……? 始めいッ!!」


 ノブナガの軍配が振られ、運命のゴングが鳴った。


 ダッ!


 わたしが踏み込む。神も踏み込む。


 リング中央でのロックアップ(組み合い)


 ドォォォォォンッ!!!


 衝撃波がリングのマットをめくり上げ、観客席の帽子を吹き飛ばす。


「ぐっ……!」


 重い。


 物理的な体重ではない。


 五万年。この星を管理し、エラーログを見続け、文明の興亡を見送ってきた時間の質量。


「君は強いね。……でも、私の『孤独』はもっと重いよ」


 神が片手でわたしを押し込む。


 その瞬間、わたしの脳内に、神の記憶(ヴィジョン)が流れ込んできた。


 8000年前、4000年前、腐敗した古代文明を洪水で洗い流した悲しみ。


 1000年前、争いを止めない人類に絶望し、大陸を叩き割った怒り(大断裂帯の真実)


 何度リセットしても変わらない歴史への「飽き」。


『疲れたんだ……』


『もう、楽になりたい……』


 圧倒的な徒労感。ワンオペ管理者の悲鳴。


 わたしの膝が、ガクリと折れそうになる。


「……湿っぽい!!」


 わたしは歯を食いしばり、神の胸板にチョップを叩き込んだ。


 バシンッ!!


「ぐっ!?」


「美味しいご飯の記憶がないじゃない! 五万年も生きてて、何をしていましたの!?」


「管理だよ! 仕事だよ!」


「なら、有給休暇(バカンス)の取り方が下手くそなんですわ!」


 バシン! バシン! バシン!


 チョップの連打。神も負けじとエルボーを返してくる。


「痛いな! 君こそ、私の苦労も知らないで!」


「知りませんわ! (わたくし)人生(ストーリー)の責任者は(わたくし)ですもの!」


 互いの主張(ワガママ)を、肉体言語でぶつけ合う。


 神の拳は重い。だが、倒れるわけにはいかない。


 神が距離を取り、右手に膨大な魔力を収束させた。


「おーいたた……さて、楽しいけれど、そろそろ終わりだ。神という到達点。絶対的な個の強さというヤツを見せてあげよう。しっかり受け止めて、私のスカウトを受けてもらうよ!!」


 絶対的な「個」としての力。


 それを放たれれば、わたしはひとたまりもない。


 だが。


「勘違いしないでちょうだい! ……プロレスは個人競技じゃなくて『団体競技』よ!!」


 わたしが叫んだ瞬間。


「させませんよ!!」


 実況席から飛び出したミリアが、リング下から大量のパイプ椅子をリング内へ雪崩のように投入した。


「なっ、乱入!?」


 神が驚く。


 さらに、解説席のアリスが杖を掲げる。


「神様、こっち向いて! はい、チーズ!」


 カッッッ!!!


 閃光魔法(フラッシュ)が炸裂し、神の視界を奪う。


 当然、反則だ。


 だが、レフェリーのノブナガは――。


「ふんふん、今日の空は青いのう」


 わざとらしく背を向け、空を見上げていた。


 最高の悪徳レフェリーぶりだ。


「き、君たち……! 神相手に卑怯だぞ!」


 目を押さえる神。


 わたしは、その隙を見逃さない。


 足元の影から、とあるものを引っ張り出すと、かしゅっと一口咀嚼する。


 舌の上に広がるのは、鉛のように重い苦味。3000年分の、誰にも届かなかった嘆きの味。


 わたしは、そのとんでもない量の果汁(データ)を、ガラ空きの神の顔面目掛けて吹きかけた。


 ブシュウウゥゥウッ!!


 緑色のグリーンミストが、神の顔面を染め上げる。


「うわああああああ!! 世界樹のエラーログ!? なんでこんなものが!? あああああ!!! 仕事が!! 目が!!! 仕事が!!!!」


 閃光魔法の比ではない。大世界樹に溜め込まれていた、3000年分の怨嗟の如き業務日報を目から直接流し込まれたのだ。


 この三日間、わたしが手配した皇都アクシスで一番の内風呂付き温泉ホテルに滞在し、ホテルのスペシャルメニューどころか、城下町から皇都郊外の屋台村にまで足を伸ばして、グルメ三昧を過ごしていた神にとって、急遽持ち込まれた苦情案件は猛毒レベルの衝撃だろう。


「卑怯? いいえ、これが私たちの『(ヒールプレイ)』ですわ!!」


 わたしはリングに散らばるパイプ椅子の山の上に、『漆黒の玉座』を突き立てた。


 凶悪な剣山のようなオブジェが完成する。


 そして、神のバックを取る。


「痛みも、老いも、死も! 全てスパイスにして飲み込んでやる!」


 わたしは全身のバネを使い、ブリッジを描く。


 五万年の孤独ごと、この世界へ投げ飛ばす――!


「受け取りなさい! これが『人間の重み』(ジャーマン)ですわッ!!」


 ズガシャドォォォォォォォォォンッッ!!!!!


 この世のなによりも硬くて重くてドス黒い『漆黒の玉座(オリジン)』に後頭部を強かに打ち付けられ、さらにそのままパイプ椅子の山の上に、神が叩きつけられる。


 轟音。振動。そして、熱狂。


 ノブナガがマットを叩く。


「ワァーン!! ツゥー!! スリィーッ!!」


 カンカンカンカンカンッ!!!


 ゴングが鳴り響く。


 わたしは荒い息を吐きながら、立ち上がった。


 瓦礫と化したリングの上、大の字になった神は、天井()を見上げていた。


「……あー、痛い。腰にくるな」


 神はボヤきながらも、その表情は憑き物が落ちたように清々しかった。


「そして、腹が減った。……これが『生きている』ってことか」


 わたしは手を差し伸べた。


「ええ。そして、試合の後は、宴会と決まっていますわ」


 神はその手を取り、立ち上がった。


 その手には、もう冷たさはなかった。確かな体温と、汗の湿り気があった。


「……完敗だ。五万年で一番、痛くて楽しい時間だったよ」


 神はわたしと、駆け寄ってきたミリア、アリス、そしてノブナガを見渡し、満足げに笑った。


「永遠なんて、君たちには窮屈すぎるんだろうな。だからこその熱さ、か。……この『美味しい世界』の続きを特等席から見させてもらうよ」


 神は去ろうとして――ふと足を止め、悪戯っぽく振り返った。


「ああ、そうだ。ファイトマネー代わりと言ってはなんだけど」


「……なんですの?」


 神はわたしに近づき、そっとわたしのお腹に手をかざした。


 そこには、温かく、淡い光が灯る。


「これだけは受け取ってくれないかな?」


「……これは?」


「おまじないだよ。君の子にも、孫にも、そのまた子孫にも……未来永劫、私を楽しませて欲しいからね」


 神は、かつて病室で動けなかったわたしの魂に対し、最も優しい声で告げた。


「『どうか、健やかに』。……それだけさ」


 その言葉を聞いた瞬間、わたしの胸に電流が走った。


 前世のわたしが一番欲しかったもの。そして、母として一番願うこと。


 わたしはハッとして、自分のお腹に手を当てた。


「……ま、まさか。わたくし、お母さまになりますの?」


 わたしが驚いて問いかけると、神は片目を瞑り、口元に人差し指を立てて笑った。


「それを私が言っちゃったら、無粋ってもんだろ?」


 言うが早いか、神は光の粒子となって空へ溶け、消えていった。


 空には、突き抜けるような青空と、虹がかかっていた。


「……ふふ。粋な神様ですこと」


 わたしは愛おしそうにお腹を撫でた。


 そこには、確かな熱と、新しい鼓動がある気がした。


「レヴィーネ!」


 アレクセイが、血相を変えてリングへ駆け上がってくる。


 心配性な、わたしの(王配)


 わたしは彼の方を向き、最高の笑顔を見せた。


「アレク! 今日の夕飯はご馳走ですわよ! ……お祝いしなくちゃいけませんもの!」


「お祝い? 勝利のかい?」


「いいえ。……もっと、素敵なことですわ!」


 歓声の中、わたしたちは新しい未来へと歩き出す。


 悪役令嬢の戦いは、まだ終わらない。


 次は、「子育て」という名の、世界一ハードなリングが待っているのだから。


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