第173話 式典にワイバーン乱入!? 新婚旅行前の「共同作業(狩り)」!
熱狂冷めやらぬまま、民衆が待つバルコニーへ向かおうとしたその時だった。
会場の空気が、不穏なアラート音によって切り裂かれた。
『――警告。緊急事態発生』
懐の通信機からイリスの声が響き、同時に会場のスピーカーからデメテルの補足アナウンスが流れる。
『重大な式の途中に申し訳ありません。東の方角にワイバーンの群れを検知しました。皇都アクシスの方向に向かってきています』
大回廊の敷設を終え、大断裂帯に蓋をしたとはいえ、世界から魔素が完全に消えたわけではない。いまだその残り香に引かれ、魔獣が現れることは珍しくなかった。
民衆の歓声が一瞬どよめきに変わるが、そこに悲壮感はない。「今度は何が起きるんだ?」という、更なる興奮への期待すら混じっている。
『周辺のキャラバンには重大な被害が出る可能性があります』
「やれやれ……。国というものは、都市を作っておしまいというわけではないのが厄介だね」
隣でアレクセイが、呆れたように、しかしどこか楽しげに肩をすくめた。
「今日という日くらい、『めでたしめでたし』で終わらせてくれてもいいと思うんだがね」
「ふふっ、私達らしくていいじゃありませんか?」
わたしはドレスの裾を翻し、ニヤリと笑った。退屈な式典の締めくくりには、極上のスパイスだ。
「イリス、デメテル、ワイバーンの情報の詳細を。――私が直接出ますわ」
その言葉に、会場にいた武闘派たちが即座に反応した。
「ガハハ! 待てレヴィーネ! 花嫁が動く必要はない! ワシがひと揉みで叩き落としてきてやる!」
祖父マラグが豪快に立ち上がり、拳を鳴らす。
「いいえ、私が! 筋肉神官団を待機させています! 姐さんの晴れ舞台を汚す害虫は、私が駆除します!」
ギルベルトもまた、上着を脱ぎ捨てて筋肉を誇示する。
だが、わたしは鉄扇をパチンと鳴らし、彼らを制した。
「お待ちになって。お祖父様も、ギルも、下がっていてくださいな」
「な、何故だ!? 遠慮はいらんぞ!」
「遠慮ではありませんわ。皆様は今日、『国賓』としてお招きしたのです。ゲストに頼るわけにはいきません」
わたしはバルコニーの向こう、なおも熱狂し続ける数万の民衆と、その中に混じる諸外国の商人たちの気配を感じながら、断言した。
「それに……今日というこの日に、国立競技場に集まっている国民達や諸外国の商人達に、わたくしたちという存在を改めて知らしめる必要がありますの」
わたしはアレクセイと視線を交わす。彼もまた、覚悟を決めた瞳で頷いた。
「この国は、誰の庇護も必要としない。……わたくしとアレクセイ、この二人が揃えば、どんな災厄も『物理』でねじ伏せられるのだと、証明しなくてはなりませんわ」
そう。これはただの迎撃ではない。建国最大の「デモンストレーション」なのだ。
世界最強の武力と、それを支える魔導。その両輪が揃っていることを世界に見せつける、絶好の機会。
「……ふむ。花を持たせる、というわけか。良いだろう、見ていてやる!」
マラグが満足げに座り直す。
わたしはイリスとデメテルに指示を飛ばした。
「イリス、デメテル! ばっちり生中継を頼むわよ! ……アレク、共同作業ですわよ!」
「ああ! ケーキ入刀の代わりには、少し大きすぎる相手だがね」
わたしたちは転移魔法の光に包まれ、一瞬にして上空へと跳躍した。
眼下には、皇都を狙って滑空するワイバーンの群れ。その数、およそ二十。
強風がドレスを煽るが、わたしは足元に展開された魔力の足場をヒールで踏み砕き、さらに加速した。
「ごきげんよう、招かれざるお客様! お祝い代わりの『一撃』、受け取っていただきますわよ!」
わたしは影から、愛用する「漆黒の玉座」を引き抜いた。
ズヌゥ……ッ!
結婚式だからといって、純白にするつもりはない。このドス黒い鈍器こそが、わたしのアイデンティティ。
「アレク、逃がさないでくださいまし!」
「了解! 『氷結結界』!」
アレクセイが詠唱と共に手をかざすと、ワイバーンの群れの周囲の大気が一瞬で凍結し、見えない檻となって彼らの動きを阻害した。
逃げ場を失い、混乱する魔獣たち。その脳天に向けて、わたしは重力を味方につけたフルスイングを叩き込む。
「――消えなさいッッ!!」
ドゴォォォォォンッ!!!
鈍い音がした直後、生肉と鋼鉄が衝突する暴力的な衝撃音が響き渡った。
先頭を飛んでいたリーダー個体が、わたしの椅子の一撃を受けて、隕石のように垂直落下していく。
続けて、アレクセイの放った「焔創剣」が、残りの群れを正確に焼き払い、あるいは「氷壊槍」が翼を貫いた。
「ナイスアシストですわ、あなた!」
「君のインパクトも強烈だったよ。……さあ、仕上げだ!」
わたしたちの連携攻撃は、わずか数十秒で空の脅威を排除した。
黒煙を上げて荒野に落下していくワイバーンの山。それを見下ろしながら、わたしは満足げに椅子を肩に担いだ。
スクリーン越しに見ていたであろう民衆の歓声が、ここまで届くような気がした。
そして、数時間後。
国立競技場は、先程までの厳粛な式典会場から、巨大な「野外レストラン」へと変貌していた。
香ばしい肉の焼ける匂いと、食欲をそそるスパイスの香りが充満している。
「さあさあ、連邦皇国国民諸君! 祝いの膳です! 空からの恵み、心ゆくまで味わってくださいまし!」
わたしが高らかに宣言すると、屋台から次々と料理が振る舞われた。
メインディッシュは、もちろん先ほど撃墜されたばかりの新鮮なワイバーン肉だ。
資源の無駄遣いは許さない。襲ってきた敵は、美味しくいただくのがこの国の流儀だ。
「へいお待ち! 『ワイバーンのピリ辛スタミナちゃんこ鍋』だ!」
「こっちは『ワイバーンモモ肉のケバブ』だぞ! 焼きたてだ!」
「『ワイバーンカレー』に『タンドリーワイバーン』もあるぞ!」
アクシス国民と訪問客たちは、魔獣の肉というゲテモノへの恐怖など微塵もなく、「美味い!」「力が湧いてくる!」と貪り食っている。これも長年の啓蒙活動(物理)の成果だろう。
一方、肉を忌避するエルフ族のテーブルには、東の大回廊を通じてトヨノクニから緊急輸送された、色鮮やかな料理が並んでいた。
「おお……! これは『ずんだ餅』に『ずんだシェイク』! それに『豆乳ちゃんこ』に『ベジタリアンカレー』まであるぞ!」
森の女王エルウィンが、目を輝かせて震えている。その威厳ある表情は崩壊し、ただのスイーツ好きの乙女になり果てていた。
「これじゃ……! わらわが求めていたのは、この緑の宝珠じゃ!」
エルウィンをはじめとするエルフ族たちが、ずんだの甘みと豆乳のコクに骨抜きにされ、大満足の笑みを浮かべている。
その光景を見渡しながら、わたしは特製ちゃんこ(ワイバーン入り)をよそった椀を手に、アレクセイと乾杯した。
「……平和ですわね」
「ああ。君らしい、騒がしくて美味しい平和だ」
わたしたちは顔を見合わせ、笑い合った。
こうして、ヴィータヴェン・アクシス連邦皇国の歴史は、爆発と筋肉、そして世界中の人々を笑顔にする「美食」と共に、華々しく幕を開けたのだった。




