第171話 感動のフィナーレ? いいえ、次は「速度」で世界を征服します!
神代の岩盤が貫通したその場所は、今、世界で一番熱く、そして「美味しい」匂いに包まれていた。
東側から来た帝国・ラノリア連合の開拓旅団。
西側から来たトヨノクニ・西方連邦の混成キャラバン。
総勢数万人にも及ぶ男たちが、かつて「神代の岩盤」という絶望の壁があった場所で入り乱れ、肩を組み、涙を流して互いの健闘を称え合っている。
「よくぞ掘ったな、兄弟!」
「そっちこそ! あの魔境の森を切り拓くなんて正気じゃねぇ!」
「ガハハハ! さあ飲め! トヨノクニの酒は最高だぞ!」
彼らの言葉は違う。文化も違う。
けれど、泥と汗にまみれて道を造った「同業者」としての絆は、言葉の壁など軽々と飛び越えていた。
その宴の中心。
急造された巨大な野外キッチンの前で、わたしは腕組みをして立っていた。
隣には、ボロボロの作業着から、多少マシな服に着替えた(それでも泥臭い)アレクセイがいる。
「……さて、アレクセイ。約束通り、とびきりのご馳走を用意しましたわ」
「ああ。……正直、腹が減りすぎて目が回りそうだ。このスパイシーな香りはなんだ? 西方の香辛料か?」
彼は鼻をひくつかせ、大鍋を覗き込んだ。
そこには、黄金色のソースがドロリと濃厚な粘度を持って、グツグツと煮えたぎっている。
「これは『カレー』と言いますの。……ですが、これだけでは完成しません」
わたしは、鍋の中を木べらで混ぜながら解説した。
「ベースにあるのは、西方連邦で採れた大量の『小麦粉』と『バター』、そして数十種類の『スパイス』。それらをじっくり炒めて作った『ルー』が、このとろみとコクを生み出していますの」
そこへ、リョウマと黒鉄組の男たちが、湯気の立つ巨大な釜を運んでくる。
蓋を開ければ、白く輝くトヨノクニ米――アレクセイたちが東側で守り、育ててきた『銀シャリ』だ。
「西の恵みである『小麦のルー』と、東の恵みである『銀シャリ』。……本来出会うはずのなかった二つが、この『大回廊』によって巡り会いました」
わたしは、平皿に白米を盛り、その上からたっぷりと、小麦でとろみのついた濃厚なカレーソースをかけた。
さらさらした西方のスープでもない。淡白な東方の粥でもない。
互いが互いを補い合い、高め合う、至高の融合料理。
「さあ、召し上がれ。……これぞ『トヨノクニ流・カレーライス』! わたしたちが6年かけて繋いだ、道の『答え』ですわ!」
アレクセイは、恭しく皿を受け取った。
そして、スプーンでルーと米をバランスよくすくい、口へと運ぶ。
「…………っ!」
彼の目が、カッと見開かれた。
「……信じられない。小麦が生むとろみが、米の一粒一粒に絡みついている……! スパイスの刺激を米の甘みが受け止め、バターのコクが全体を支配する……!」
彼はスプーンを止めることなく、夢中で食べ進めた。
西の経済(小麦・交易)と、東の伝統(米)。
それが一つの皿の上で完成していることに、彼は言葉ではなく舌で感動していた。
「……美味い。世界で一番、美味い」
「でしょう? 西の香辛料と小麦が豊作でなければ、この味は出せませんでしたわ」
わたしが微笑むと、周囲で様子を窺っていた兵士たちからも、堪えきれない歓声が上がった。
「俺たちが作った麦が、あんな美味そうなソースになるのか!?」
「東の米にかけて食うのか! 斬新だ!」
「混ぜろ! 文化を混ぜて飲み込めぇぇ!!」
大配給が始まる。
東の男も西の男も、同じ釜の飯を食い、同じ味に舌鼓を打つ。
辛さに顔を赤くし、水を飲み、そして笑う。
そこには、かつての大戦の遺恨も、国境の緊張も存在しない。
あるのは、「美味しい」という根源的な平和だけだ。
◆◆◆
宴もたけなわとなった頃。
わたしはアレクセイと共に、少し離れた高台――『監督壱型』の屋根の上に座り、星空を見上げていた。
足元では、数万人の命の輝きが、焚き火となって揺らめいている。
「……夢のようだ」
アレクセイが、わたしの肩を抱き寄せながら呟いた。
「子供の頃、歴史書で読んだんだ。神話の時代、この大陸は一つで、人々は自由に行き来していたと……それを、我々の手で取り戻せるとは」
「取り戻しただけではありませんわ……新しく、創ったのです」
わたしは、彼の胸に頭を預けた。
1000年前、アストライア文明は「魔素」という毒を残して滅びた。
世界は分断され、人々は恐怖と停滞の中で生きてきた。
けれど、わたしたちはその毒を「道」に変え、瓦礫を「礎」に変えた。
アリスが緑を蘇らせ、わたしたちが物理で道を拓き、アレクセイたちが国を守った。
「ねえ、アレクセイ」
「ん?」
「1000年前の悲劇は、もう終わりですわ。……これからは、この道を通って、美味しいものや、楽しいことが、世界中を巡ります」
わたしは、夜空に通信ウィンドウを展開した。
そこには、それぞれの場所で、この瞬間を祝う仲間たちの顔が映し出されている。
宰相ミリアとラノリア王ギルベルトが、祝杯を挙げながら「これで胃痛の種が減る……いや、増えるのか?」と苦笑いしている。
トヨノクニでは、ノブナガが「天魔・伐折羅砕き」の予備を肴に酒を飲み、「よくやった」と目を細めている。
そして、わたしたちのすぐ下では、ソレンが「おかわり!」と叫び、アリスが「はいはい、野菜も食べてね」と笑っている。
「みんな、繋がっていますわ」
「ああ……そして、私も君と繋がった」
アレクセイは、わたしの左手をそっと握りしめた。
薬指には、あの無骨な指輪が光っている。
「レヴィーネ。……これからは、もう離れない。君がどこへ行こうとも、私はついていく。……いや、共に歩く」
「ふふ。覚悟はよろしくて? わたくしの歩幅は広いですわよ?」
「望むところだ。……私は、世界一の土木作業員(王配)だからな」
わたしたちは顔を見合わせ、笑い合った。
そして、自然と唇が重なる。
今度は泥の味はしない。
スパイスと、未来への希望の味がした。
――これで、めでたしめでたし。
と、言いたいところですが。
わたしはキスを終えると、ふと真顔になってカレンダー(イリス製)を確認した。
「……ねえ、アレクセイ」
「なんだい、レヴィーネ?」
「浮かれているところ申し訳ないのですが……ひとつ、重大な問題がありますの」
「問題? ……まさか、まだ砕き足りない岩盤が?」
「いいえ。……『移動時間』ですわ」
わたしは扇子で、地図の端から端を指し示した。
「今回、西から東まで道を繋げるのに、足掛け6年かかりました。……まあ、工事しながらでしたから時間はかかりましたが、普通に馬車で移動しても、片道数ヶ月はかかりますわ」
「……まあ、大陸横断だからな。それくらいは……」
「長すぎます!!」
わたしは立ち上がり、夜空に向かって叫んだ。
「せっかく美味しい食材を見つけても、運んでいる間に腐ってしまいますわ! あなたとデートするにも、移動だけで季節が変わってしまいます! そんなの『効率』が悪すぎますわ!」
文明とは、速度だ。
物理的な距離をゼロに近づけることこそが、真の征服だ。
6年かけて道を造った。ならば次は、その道を「一瞬」で駆け抜ける手段が必要だ。
「……そ、それで? どうするつもりだい?」
アレクセイが、少し引きつった笑顔で尋ねる。
嫌な予感がしているのだろう。正解だ。
「決まっていますわ。……『リニア新幹線』を造ります」
「……りにあ?」
「天蓋都市の『反重力機関』と、風魔法の『推進力』、そして黒鉄組の『技術』を組み合わせれば……時速500キロで大陸を爆走する『超特急』が造れるはずですわ!」
わたしの脳内では、既に青写真が出来上がっていた。
大陸を貫く黒鋼大回廊。その上を、矢のように滑走する流線型の列車。
朝に西の港で魚を食べ、昼には中央で会議をし、夜には東の温泉に入る。
それこそが、わたしの望む「世界征服」だ。
「イリス! デメテル! 設計開始よ! ヒデヨシ、リョウマ、明日からレールの敷設実験に入ります!」
『了解。……レヴィーネ様の野望は、留まるところを知りませんね』
『うふふ、また忙しくなりますね!』
古代知性体たちが嬉しそうに応答する。
アレクセイは、天を仰いで嘆息し、それから……覚悟を決めたように笑って立ち上がった。
「……やれやれ。新婚旅行は、世界の果てまでレールを敷く旅になりそうだな」
「あら、不満ですの?」
「まさか。……最高に『退屈しない』人生になりそうだと言ったんだ」
彼はわたしの腰を抱き寄せ、エスコートするように手を差し出した。
「行こう、レヴィーネ。……君の行く先が、私の道だ」
「ええ。しっかりついてらっしゃいな、ダーリン!」
わたしは彼の手を取り、満天の星空の下、新たな野望へと向かって第一歩を踏み出した。
かつて、一つの敵国に追放された悪役令嬢は。
一つの大陸を繋ぎ、1000年の悲劇を癒やし、一つの国を興し、そして最愛の伴侶を手に入れた。
けれど、彼女の物語はまだ終わらない。
世界が「面白い」限り、彼女の快進撃は止まらないのだ。
黒鋼の女帝、レヴィーネ・ヴィータヴェン。
彼女が通り過ぎた後には、今日も新しい「道」と、笑顔と、そして美味しい匂いが残されていることだろう。




