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悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~前世は病弱、今世は物理最強。魔法もチートも私には勝てません~  作者: みやもと春九堂@月館望男
【第15部】大陸横断大工事編 ~神の雷を買い取り、断絶の壁をブチ抜いて、最愛(既読スルー男)に右ストレートを叩き込みますわ~
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第171話 感動のフィナーレ? いいえ、次は「速度」で世界を征服します!

 神代の岩盤が貫通したその場所は、今、世界で一番熱く、そして「美味しい」匂いに包まれていた。


 東側から来た帝国・ラノリア連合の開拓旅団。


 西側から来たトヨノクニ・西方連邦の混成キャラバン。


 総勢数万人にも及ぶ男たちが、かつて「神代の岩盤」という絶望の壁があった場所で入り乱れ、肩を組み、涙を流して互いの健闘を称え合っている。


「よくぞ掘ったな、兄弟!」


「そっちこそ! あの魔境の森を切り拓くなんて正気じゃねぇ!」


「ガハハハ! さあ飲め! トヨノクニの酒は最高だぞ!」


 彼らの言葉は違う。文化も違う。


 けれど、泥と汗にまみれて道を造った「同業者(なかま)」としての絆は、言葉の壁など軽々と飛び越えていた。


 その宴の中心。


 急造された巨大な野外キッチンの前で、わたしは腕組みをして立っていた。


 隣には、ボロボロの作業着から、多少マシな服に着替えた(それでも泥臭い)アレクセイがいる。


「……さて、アレクセイ。約束通り、とびきりのご馳走を用意しましたわ」


「ああ。……正直、腹が減りすぎて目が回りそうだ。このスパイシーな香りはなんだ? 西方の香辛料か?」


 彼は鼻をひくつかせ、大鍋を覗き込んだ。


 そこには、黄金色のソースがドロリと濃厚な粘度を持って、グツグツと煮えたぎっている。


「これは『カレー』と言いますの。……ですが、これだけでは完成しません」


 わたしは、鍋の中を木べらで混ぜながら解説した。


「ベースにあるのは、西方連邦で採れた大量の『小麦粉』と『バター』、そして数十種類の『スパイス』。それらをじっくり炒めて作った『ルー』が、このとろみとコクを生み出していますの」


 そこへ、リョウマと黒鉄組の男たちが、湯気の立つ巨大な釜を運んでくる。


 蓋を開ければ、白く輝くトヨノクニ米――アレクセイたちが東側で守り、育ててきた『銀シャリ』だ。


「西の恵みである『小麦のルー』と、東の恵みである『銀シャリ』。……本来出会うはずのなかった二つが、この『大回廊』によって巡り会いました」


 わたしは、平皿に白米を盛り、その上からたっぷりと、小麦でとろみのついた濃厚なカレーソースをかけた。


 さらさらした西方のスープでもない。淡白な東方の粥でもない。


 互いが互いを補い合い、高め合う、至高の融合料理。


「さあ、召し上がれ。……これぞ『トヨノクニ流・カレーライス』! わたしたちが6年かけて繋いだ、道の『答え』ですわ!」


 アレクセイは、恭しく皿を受け取った。


 そして、スプーンでルーと米をバランスよくすくい、口へと運ぶ。


「…………っ!」


 彼の目が、カッと見開かれた。


「……信じられない。小麦が生むとろみが、米の一粒一粒に絡みついている……! スパイスの刺激を米の甘みが受け止め、バターのコクが全体を支配する……!」


 彼はスプーンを止めることなく、夢中で食べ進めた。


 西の経済(小麦・交易)と、東の伝統(米)。


 それが一つの皿の上で完成していることに、彼は言葉ではなく舌で感動していた。


「……美味い。世界で一番、美味い」


「でしょう? 西の香辛料と小麦が豊作でなければ、この味は出せませんでしたわ」


 わたしが微笑むと、周囲で様子を窺っていた兵士たちからも、堪えきれない歓声が上がった。


「俺たちが作った麦が、あんな美味そうなソースになるのか!?」


「東の米にかけて食うのか! 斬新だ!」


「混ぜろ! 文化を混ぜて飲み込めぇぇ!!」


 大配給が始まる。


 東の男も西の男も、同じ釜の飯を食い、同じ味に舌鼓を打つ。


 辛さに顔を赤くし、水を飲み、そして笑う。


 そこには、かつての大戦の遺恨も、国境の緊張も存在しない。


 あるのは、「美味しい」という根源的な平和だけだ。



 ◆◆◆



 宴もたけなわとなった頃。


 わたしはアレクセイと共に、少し離れた高台――『監督壱型(ディレクター・ワン)』の屋根の上に座り、星空を見上げていた。


 足元では、数万人の命の輝きが、焚き火となって揺らめいている。


「……夢のようだ」


 アレクセイが、わたしの肩を抱き寄せながら呟いた。


「子供の頃、歴史書で読んだんだ。神話の時代、この大陸は一つで、人々は自由に行き来していたと……それを、我々の手で取り戻せるとは」


「取り戻しただけではありませんわ……新しく、創ったのです」


 わたしは、彼の胸に頭を預けた。


 1000年前、アストライア文明は「魔素」という毒を残して滅びた。


 世界は分断され、人々は恐怖と停滞の中で生きてきた。


 けれど、わたしたちはその毒を「道」に変え、瓦礫を「礎」に変えた。


 アリスが緑を蘇らせ、わたしたちが物理で道を拓き、アレクセイたちが国を守った。


「ねえ、アレクセイ」


「ん?」


「1000年前の悲劇は、もう終わりですわ。……これからは、この道を通って、美味しいものや、楽しいことが、世界中を巡ります」


 わたしは、夜空に通信ウィンドウを展開した。


 そこには、それぞれの場所で、この瞬間を祝う仲間たちの顔が映し出されている。


 宰相ミリアとラノリア王ギルベルトが、祝杯を挙げながら「これで胃痛の種が減る……いや、増えるのか?」と苦笑いしている。


 トヨノクニでは、ノブナガが「天魔・伐折羅砕き」の予備を肴に酒を飲み、「よくやった」と目を細めている。


 そして、わたしたちのすぐ下では、ソレンが「おかわり!」と叫び、アリスが「はいはい、野菜も食べてね」と笑っている。


「みんな、繋がっていますわ」


「ああ……そして、私も君と繋がった」


 アレクセイは、わたしの左手をそっと握りしめた。


 薬指には、あの無骨な指輪が光っている。


「レヴィーネ。……これからは、もう離れない。君がどこへ行こうとも、私はついていく。……いや、共に歩く」


「ふふ。覚悟はよろしくて? わたくしの歩幅は広いですわよ?」


「望むところだ。……私は、世界一の土木作業員(王配)だからな」


 わたしたちは顔を見合わせ、笑い合った。


 そして、自然と唇が重なる。


 今度は泥の味はしない。


 スパイスと、未来への希望の味がした。



――これで、めでたしめでたし。



 と、言いたいところですが。


 わたしはキスを終えると、ふと真顔になってカレンダー(イリス製)を確認した。


「……ねえ、アレクセイ」


「なんだい、レヴィーネ?」


「浮かれているところ申し訳ないのですが……ひとつ、重大な問題がありますの」


「問題? ……まさか、まだ砕き足りない岩盤が?」


「いいえ。……『移動時間』ですわ」


 わたしは扇子で、地図の端から端を指し示した。


「今回、西から東まで道を繋げるのに、足掛け6年かかりました。……まあ、工事しながらでしたから時間はかかりましたが、普通に馬車で移動しても、片道数ヶ月はかかりますわ」


「……まあ、大陸横断だからな。それくらいは……」


「長すぎます!!」


 わたしは立ち上がり、夜空に向かって叫んだ。


「せっかく美味しい食材を見つけても、運んでいる間に腐ってしまいますわ! あなたとデートするにも、移動だけで季節が変わってしまいます! そんなの『効率』が悪すぎますわ!」


 文明とは、速度だ。


 物理的な距離をゼロに近づけることこそが、真の征服だ。


 6年かけて道を造った。ならば次は、その道を「一瞬」で駆け抜ける手段が必要だ。


「……そ、それで? どうするつもりだい?」


 アレクセイが、少し引きつった笑顔で尋ねる。


 嫌な予感がしているのだろう。正解だ。


「決まっていますわ。……『リニア新幹線』を造ります」


「……りにあ?」


「天蓋都市の『反重力機関』と、風魔法の『推進力』、そして黒鉄組の『技術』を組み合わせれば……時速500キロで大陸を爆走する『超特急』が造れるはずですわ!」


 わたしの脳内では、既に青写真が出来上がっていた。


 大陸を貫く黒鋼大回廊。その上を、矢のように滑走する流線型の列車。


 朝に西の港で魚を食べ、昼には中央で会議をし、夜には東の温泉に入る。


 それこそが、わたしの望む「世界征服」だ。


「イリス! デメテル! 設計開始よ! ヒデヨシ、リョウマ、明日からレールの敷設実験に入ります!」


了解(ラジャー)。……レヴィーネ様の野望は、留まるところを知りませんね』


『うふふ、また忙しくなりますね!』


 古代知性体(人工知能)たちが嬉しそうに応答する。


 アレクセイは、天を仰いで嘆息し、それから……覚悟を決めたように笑って立ち上がった。


「……やれやれ。新婚旅行は、世界の果てまでレールを敷く旅になりそうだな」


「あら、不満ですの?」


「まさか。……最高に『退屈しない』人生になりそうだと言ったんだ」


 彼はわたしの腰を抱き寄せ、エスコートするように手を差し出した。


「行こう、レヴィーネ。……君の行く先が、私の道だ」


「ええ。しっかりついてらっしゃいな、ダーリン!」


 わたしは彼の手を取り、満天の星空の下、新たな野望へと向かって第一歩を踏み出した。


 かつて、一つの敵国に追放された悪役令嬢は。


 一つの大陸を繋ぎ、1000年の悲劇を癒やし、一つの国を興し、そして最愛の伴侶を手に入れた。


 けれど、彼女の物語はまだ終わらない。


 世界が「面白い」限り、彼女の快進撃は止まらないのだ。


 黒鋼の女帝、レヴィーネ・ヴィータヴェン。


 彼女が通り過ぎた後には、今日も新しい「道」と、笑顔と、そして美味しい匂いが残されていることだろう。


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