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悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~前世は病弱、今世は物理最強。魔法もチートも私には勝てません~  作者: みやもと春九堂@月館望男
【第15部】大陸横断大工事編 ~神の雷を買い取り、断絶の壁をブチ抜いて、最愛(既読スルー男)に右ストレートを叩き込みますわ~
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第169話 貫通。その先に待っていたのは、泥だらけの「彼」でした。

 樹海の先にそびえ立つ、巨大な「壁」。


 いや、それは壁という生易しいものではなかった。


――神代の岩盤。


 大陸の西海岸から東海岸まで、ただひたすら真っ直ぐに。


 この『黒鋼大回廊』を構想したときに、そうしたものがあるということは認識していた。


 だが、実物を目の前にしてなお現実感がない。


 雲を突き抜け、成層圏まで達するその姿。


観測衛星(アルゴス)からの観測データを統合。結論が出ました』


 イヤーカフから、イリスの戦慄した声が届く。


『これは壁ではありません。……遥か太古、宇宙より飛来し、この星の背骨を断ち切るように突き刺さった、一本の巨大な剣です』


「……剣、ですって?」


『はい。地下深度はマントルにまで到達。成分は既存の鉱物ではありません。分子レベルで結合した完全単結晶(モノリス)……いわば、星を縫い止めるための「釘」です』


 わたしは呆然とそれを見上げた。


 古代文明(アストライア)時代より遙か前、神話の時代。


 空から落ちてきた剣が大地を裂き、世界を分断した。


 この大陸の東西断絶の正体は、あまりにも巨大な「暴力の痕跡」だったのだ。


「……で? こいつをどーやってのけろっちゅうんだがね?」


 ヒデヨシが呻く。


 黒鉄組のドリルが弾かれ、爆薬も表面を滑るだけ。


 完全結晶体であるこの壁には、一切のクラック(継ぎ目)がないのだ。


「……イリス。念のために確認しておきますわ。この『神代の岩盤』とかいうふざけた壁を避けて通った場合、どれほどの時間をロスしますの?」


 わたしは、目前に立ちはだかる、鈍い銀光を放つ巨大な岩壁を睨みつけながら問いかけた。


『現在の掘削装備と人員で迂回ルートを選択した場合、地層の硬度と地殻変動の予測値を加味して、目的地への到達にはさらに三~五年の歳月を要すると推測されます』


 無機質なイリスの声が、静まり返ったトンネル内に響く。


「……5年前後? 冗談じゃないわ。建国を宣言してから3年。トヨノクニを出てからもう6年。それに5年ですって? 道路工事をしているだけなのに老け込んでしまいますわ! それに……東側からも真っ直ぐこちらへ向かってきているのでしょう?」


 不機嫌そうに鉄扇を広げたレヴィーネに対し、空中に投影されたイリスのホログラムが淡々と肯定のノードを明滅させた。


『肯定。あちらは炎魔法と氷魔法の高度な連動による『魔法的熱衝撃』を用いて、岩盤を分子レベルで疲労させ、掘削を進めているようです』


 その報告を聞き、傍らに控えていたミリアが深いため息をつきながら、手元の計算機タブレットを叩く。


「……うちのリソースでは、その力押しは難しいですね。それだけの出力を維持できる魔導師も、精密な温度制御ができる術式構成も、今のキャラバンには揃っていません。物理的に掘るしかないのですが……」


 困り果てるミリアの言葉を引き継ぐように、イリスが「あり得ない可能性」を口にした。


『……ただ、岩盤の『急所』を正確に捉え、とてつもないミリ単位の精度で、膨大な物理エネルギーを一点に衝突させることができれば、物理による掘削も不可能ではない……かもしれません』


 人工知能であるイリスが、「かもしれない」などという曖昧な表現を使ったことに、わたしは思わず唇の端を上げてしまった。


「ふふふ……。人工知能にそんな言葉を吐かせるなんて、よほど現実味がない話なのね。だったら――このキャラバンで最も大きく、最も硬く、最も重い武器(工具)で、(わたくし)がやるしかありませんわね!」


 わたしは「暗闇の間」から、ノブナガから与えられた、隕鉄と緋緋色金と黒鋼(クロムアダマン)を鋳溶かし、ドワーフの狂気で鍛造された特注の十字鍬――『天魔・伐折羅砕き』を呼び出した。


 ずしりと響く重みを、鍛え上げられた自身の筋肉で受け止める。


(身体強化最大! 目標、この『神代の岩盤』とかいうふざけた壁!)


(魔法耐性あり! 衝撃耐性あり! 斬馬鹿みたいに頑固で融通が利かないってことね!)


 レヴィーネは深く腰を落とし、伐折羅砕きを正眼に構えた。


(しかし急所を見抜くことができれば……!!)


(見抜けッ! どんな物体の重心をも見抜き、どんな生物の関節構造をも見抜いてきた!!)


(たかがデカい『剣』の弱点くらい――)


(わたしなら出来るッッ!!!)


 極限まで研ぎ澄まされた集中力の中で、わたしの視界には岩盤の歪みが、魔力の流れが、唯一の「一点」として浮かび上がった。


「砕け、ろッッ!!!!」


 咆哮と共に、最大出力の身体強化と全魔力を乗せた『伐折羅砕き』が、針の穴を通すような精度で岩盤の一点へと"射ち"込まれた。


 ドゴッッキイイィィイイイン……!!!


 それはもはや岩を叩く音ではなかった。


 巨大な金属同士が超音速で衝突したかのような、魂を震わせる大音響が周囲を支配する。


「うわああああっ!?」


「きゃああっ! 耳が、耳があああっ!!」


 あまりの衝撃波と轟音に、ミリアやアリスは頭を抱えてしゃがみ込み、ヒデヨシ、リョウマ、エルウィンといった手練れですら、思わず仰け反り、耳を塞いで立ち尽くした。


 数瞬の静寂の後。


 ピキッ……ピキピキピキピキピキピキピキピキ――バキィッッ!!!


 わたしが"射ち"つけた一点から、クモの巣状に放射状の巨大な亀裂が走り、次の瞬間、神代より不動を誇った岩壁が、悲鳴を上げて崩落した。


「ふう……あら、イリス。『不可能ではないかも』……でしたっけ? 意外とイケるもんじゃない?」


 土煙が舞い散る中、何食わぬ顔で伐折羅砕きを肩に担ぎ直したレヴィーネが、唖然とするホログラムを振り返る。


「ヒデヨシ! 破片の撤去と破壊面の確認! (わたくし)はこのまま最前線で掘り続けます!!」


 主人の無茶苦茶な命令に、背後に控えていた黒鉄組の連中がようやく我に返った。


「お、おう! わかったわ姐さん! でもこりゃ、姐さんにも俺たちにも耳栓が必要だわ!! 耳が死んでまうがね!!」


 ヒデヨシが尾張弁で叫びながら、部下たちに慌ただしく指示を飛ばし、岩の破片の撤去に動き出す。



 ◆◆◆



マスター(ミリア様)、私の演算もアルゴスの観測も何一つ間違っていないのです。あれは、レヴィーネ様だからできただけです。もう何年もお仕えしていますが、あの方はあまりにも規格外すぎます……』


 イリスの呆れたような、それでいてどこか誇らしげな声が、ミリアのイヤーカフに響いた。


「あら、イリス。レヴィーネ様については、もう考えることを放棄したんじゃなかったの?」


 ミリアが苦笑しながら尋ねると、イリスは計算リソースをフル回転させながら、毅然と答えた。


『それでも考え続けることは、私たち(イリスとデメテル)の存在意義ですので』


 その背後で、レヴィーネは再び伐折羅砕きを振りかぶっていた。


 真っ直ぐに、ただひたすらに前だけを見据えて。


 舞い上がる岩盤の破片と、肌を伝う汗、そして巻き上がる土砂にまみれながら、レヴィーネ・ヴィータヴェンは、自らの腕力のみで未来への道(穴)を切り拓き続けていく。



 ◆◆◆



 わたしは休むことなく、次の「急所」を見極め、鍬を振るう。


 一撃ごとに岩が死に、道ができる。


 その速度は、重機による掘削を遥かに凌駕していた。


 ドゴッキイィイン! ドゴッキイィイン! ドゴッキイィイン!!


 わたしは憑かれたように掘り進んだ。


 分厚い剣の腹を食い破り、中心部へと迫る。


――そして。


 数キロ掘り進んだ先、剣の「芯」とも言える最深部で、わたしの鍬が止まった。


「……ここね」


 そこは、まだ白濁していない、黒く輝くコア


 東西を隔てる最後の障壁。


 わたしが鍬を振り上げた、その時。


――ボォォォォォ……ヒュゥゥゥゥ……。


 壁の向こう側から、くぐもった爆発の気配がした。


 そして、急激な温度変化の気配。


 灼熱の熱気と、絶対零度の冷気が、交互に岩肌を伝ってくる。


 これは、自然現象ではない。


 この世界に存在する「炎」と「氷」の最高位の魔力。


 それを同時に操ることができる人間など、一人しかいない。


「……やっぱり、そこにいましたのね」


 わたしは確信し、ニヤリと笑った。


 アレクセイだ。


 彼が先頭に立ち、炎熱と氷結、二振りの命具を振るって、この壁を削っているのだ。


 わたしが「個の暴力」で突き進んできた道を、彼は「集団の力」と「統率力」で迎えに来ていた。


「なら、最後は……合わせてあげますわ!」


 わたしは、向こう側の「加熱」と「冷却」のリズムに耳を澄ませた。


 彼らが岩を急冷し、表面が悲鳴を上げる、その瞬間の「脆さ」。


 そこへ、わたしの「内部破壊」の一撃を重ねれば――?


 チキッ――耳栓を外して集中したわたしの聴覚に、強烈な熱と冷気にさらされた「岩盤」が上げた小さな悲鳴が届く。


 今だ!


「ひら、けぇえぇぇぇッッ!!!!」


 ドォォォォォォォォォォォォォンッッ!!!!!


 わたしの渾身の一撃が、熱衝撃で弱った(コア)にトドメを刺した。


 物理と魔法、西と東の力が一点で交わり、絶対の壁が崩れ去る。


 ガシャァァァァァァァンッッ!!!!!


 巨大な壁が、巨大なガラスの砂となって崩落した。


 舞い上がる白濁した粉塵。


 そして、その向こうから差し込む光の中に――


 ボロボロの作業着を着て、二振りの命具を握りしめ、唖然とこちらを見つめる、愛しい男の姿があった。


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