第168話 3年音信不通!? キレた悪役令嬢、ドラゴンを八つ当たりで粉砕。
西方連邦の港湾都市バルバロスを出発してから、早6年。
大陸中央で建国を宣言してから、3度目の冬が訪れていた。
わたしたちのキャラバンは今、大陸で最も空に近い場所――標高4000メートルを超える『天険の山脈』を越えようとしていた。
酸素は薄く、吐く息は瞬時に凍りつき、ダイヤモンドダストとなって舞い散る。
普通の人間なら、一歩踏み出すだけで肺が焼けつくような過酷な環境。
だが、今のわたしの胸中にある「熱」に比べれば、この極寒など微風にすぎない。
「……1095日」
わたしは改造重機『監督壱型』の指揮台の上で、分厚い手帳をめくりながら、呪詛のように呟いた。
「今日でちょうど、あの方からの連絡が途絶えて、1095日目ですわ」
わたしの周りだけ、気温がさらに数度下がったような気がして、操縦席のヒデヨシが「ひぃッ」と肩を震わせるのが見えた。
1095日。3年だ。
あの日、通信機越しに「お土産を用意して迎えに行く」と言い残してから、アレクセイ・ガルディアからの連絡はプッツリと途絶えた。
イリスの衛星監視によれば、彼が生きていることは分かっている。
東の森で、泥にまみれ、魔獣と戦いながら、懸命に道を造っていることも知っている。
弟のソレンが、彼の元で元気にツルハシを振るっていることも。
ええ、分かっていますとも。
彼は真面目なのだ。不器用なのだ。
「結果を出すまでは甘えない」という、男の美学を貫いているだけなのだと。
――理屈では、分かっているのだ。
だけど。
「……一言くらい、『元気?』とか『今日の筋肉痛が辛い』とか、送ってきてもバチは当たりませんわよ?」
わたしは手帳をパタンと閉じ、虚空を睨みつけた。
乙女心(前世含めての精神年齢アラフォー)を、なんと心得るか。
3年放置。それはもはや焦らしプレイの域を超え、一種の拷問だ。
最初は「忙しいのね」と耐えた。
1年が過ぎた頃、「まさか倒れたのでは?」と心配した。
2年が過ぎた頃、「……もしや、現地の村娘といい仲に?」という疑念が脳裏をよぎり、イリスに盗撮映像(衛星画像)を要求して潔白を確認した。
そして3年目。
わたしの心の中にあった「心配」や「不安」といった可愛らしい感情は、発酵と熟成を重ね、純度100%のドス黒い「殺意」へと昇華されていた。
「レヴィーネ様。……前方に生体反応。大型です」
ミリアが、凍りついた眼鏡を拭いながら報告する。
彼女もまた、この3年でさらに逞しくなっていた。宰相としての激務をこなしながら、わたしの機嫌の噴火を抑える技術は、もはや神業の域にある。
「……邪魔ですわね」
わたしが顔を上げると、吹雪の向こうから、巨大な影が現れた。
全身を氷の鱗で覆った、伝説級の魔獣『氷結竜』だ。
この山脈の主であり、本来なら軍隊を動員しても勝てるか怪しい、天災クラスの怪物。
竜は、わたしたちのキャラバンを見下ろし、耳をつんざくような咆哮を上げた。
『グオオオオオオオオオオッッ!!!』
大気が震え、雪崩が起きる。
本来なら、絶望に震える場面だ。
だが、今のわたしにとって、それは「飛んで火に入る夏の虫」ならぬ、「飛んでハンマーに入る冬の竜」でしかなかった。
「……うるさい」
わたしは『監督壱型』の縁に手をかけ、ひらりと雪原へと飛び降りた。
ドスン、という重い着地音。
その手には、建国祝いにノブナガから贈られた重量1トン超の土木制圧用決戦兵器、『天魔・伐折羅砕き』が握られている。
「今、私は、虫の居所が悪いのです。……道を開けなさい」
わたしが低い声で告げると、竜は鼻で笑ったように見えた。
人間ごときが、と言いたげに、凍てつくブレスを吐き出そうと口を大きく開ける。
ブチッ。
わたしの中で、何かが切れた。
「ああ、そうですか。……そのふてぶてしい態度、誰かさんにそっくりですわね!!」
わたしは地を蹴った。
身体強化、全開。
相棒を抜くまでもない。
誰かさんのようなこいつの傲慢には土木工具をそのままブン回すのが相応しい。
爆発的な加速で雪煙を巻き上げ、一瞬で竜の懐へと潜り込む。
腰を落とし、大地を踏みしめ、全身のバネを使う。重機の上では決して出せない、大地と一体化した最大出力のフォーム。
「連絡の一つも寄越さない! 既読スルーどころか未読スルー! 挙句の果てに、弟まで巻き込んで音信不通たぁ、いい度胸ですわぁぁぁぁッッ!!!」
わたしは、3年分の鬱憤をすべて、その一撃に乗せた。
十字鍬『天魔・伐折羅砕き』の鎚が、赤黒い魔力の光を纏って唸りを上げる。
「顔を見たら……まずは一発、殴らせなさいッッ!!」
ドゴォォォォォォォォォォォォォンッッ!!!!!
インパクトの瞬間、空間が歪んだ。
1トン超の質量と、桁外れの魔力、そして乙女の怨念が込められた一撃は、伝説の竜の顎を正確に打ち抜いた。
バキキキキッ!!
硬質な破砕音と共に、巨体が宙に浮く。
竜は悲鳴を上げる暇もなく、きりもみ回転しながら数百メートル後方の雪山へと吹き飛んでいった。
ズズズゥゥゥン……!!
雪山に巨大なクレーターができ、竜がピクリとも動かなくなる。
……あ、しまった。やりすぎたかしら。
「……ふぅ」
わたしは乱れた前髪をかき上げ、荒い息を整えた。
少しだけ、胸のつかえが取れた気がする。
後ろを振り返ると、ヒデヨシ率いる黒鉄組の面々が、顔を引きつらせて直立不動になっていた。
「……姐さん、また記録更新だぜ。竜が星になったぞ」
「見なかったことにしよう。……あれはただの『道路上の障害物』だ」
彼らは見事なチームワークで現実逃避し、すぐさま重機を動かして道を均し始めた。
さすがはわたしの部下たちだ。適応力が高い。
◆◆◆
翌日。
天険の山脈を越え、なだらかな下り坂に差し掛かった時だった。
先頭を行くヒデヨシから、緊急停止の合図が出された。
『……姐さん。見えたがね』
無線越しの声が、微かに震えている。
わたしは『監督壱型』を前進させ、峠の突端に立った。
視界が一気に開ける。
眼下には、東へと続く広大な樹海が広がっているはずだった。
だが。
「……あれは」
わたしの口から、感嘆とも絶望ともつかない声が漏れた。




