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悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~前世は病弱、今世は物理最強。魔法もチートも私には勝てません~  作者: みやもと春九堂@月館望男
【第15部】大陸横断大工事編 ~神の雷を買い取り、断絶の壁をブチ抜いて、最愛(既読スルー男)に右ストレートを叩き込みますわ~
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第165話 最強の家訓。アリスお姉ちゃんを一人にするな、構い倒せ!

「……お師匠様」


 アリスは顔を上げ、涙を拭って笑った。


 その笑顔は、かつてラノリアで「聖女」と呼ばれていた頃の作り物ではない。


 一人の女性が、愛するもののために自らを捧げる、覚悟の笑みだった。


「私、飲みます」


「アリス……本当によいのか? 魔女と呼ばれ、忌み嫌われる未来が待っていてもか?」


「……怖いです。すっごく、怖いです」


 アリスは本音を吐露した。


「でも、私が逃げたら……この緑も、あの子たちの笑顔も守れないから。……レヴィちゃんが作った道を、砂に埋もれさせたくないから」


 アリスは小瓶を受け取った。


「種族なんて、どこにも属さなくていいんです。……レヴィちゃんが作った道、ミリアちゃんが支えた国、みんなで守ったこの世界。……それを未来へ繋ぐ『緑の導き手(グリーン・キーパー)』がいるなら、私がなります」


 迷いはない。


 アリスは小瓶の蓋を開け、一気に飲み干した。


 カッ――――!!


 瞬間、アリスの身体が光に包まれた。


 焼けるような熱さと、凍えるような冷たさが同時に駆け巡る。


 骨が軋み、血液が樹液のように変質し、魂の形が作り変えられていく。


 人の器が割れ、新たな器へと昇華される痛み。


「ぅ、あぁぁぁぁぁっ……!!」


 膝をつくアリス。


 光が収まった時、彼女の姿は変わっていなかった。


 けれど、そのピンク色の髪は以前よりも瑞々しい光沢を帯び、瞳の奥には、世界樹の年輪のような深い翠色の輝きが宿っていた。


 気配が、変わった。


 そこにいるのに、そこにいないような。大気そのものが人の形をしているような、圧倒的な存在感と透明感。


「……見事じゃ。我が愛弟子よ」


 エルウィンが、涙を流してアリスを抱きしめた。


 それは、種族を超えた新たな「隣人」への祝福だった。



 ◆◆◆



 エルウィンが去った後も、アリスは一人、星を見上げていた。


 身体は軽い。魔力の暴走も消えた。


 けれど、胸の奥には、ぽっかりと空いた穴のような寒さがあった。


(私はもう、人間じゃないんだ……)


 手のひらを見る。美しいけれど、もう温もりはない。


 これから先、レヴィちゃんが歳を重ねても、私はこのまま。


 100年後、200年後。


 知っている人が誰もいなくなった世界で、私は「得体の知れない存在」として、石を投げられるかもしれない。


『化け物め』


『魔女だ、出ていけ』


 想像の中の罵声が、耳元で響くような気がした。


 寂しい。怖い。


 これが、永遠を生きる代償なの?


「……寒いですわね。こんなところで風邪を引く気?」


 不意に、背中に温かい重みが乗せられた。


 上質なシルクのショール。


 そして、鼻腔をくすぐる薔薇の香り。


「……レヴィちゃん」


 振り返ると、パーティードレス姿のレヴィーネが、呆れたように、けれど慈愛に満ちた瞳で立っていた。


 彼女は、アリスの変化に気づいているはずだ。


 その鋭い観察眼が、アリスの纏う空気が「人」のものでなくなったことを見逃すはずがない。


 それでも、彼女の態度はいつもと変わらなかった。


「……レヴィちゃん、私ね」


 アリスは、震える声で告白した。ショールを握りしめ、自分の中の恐怖を吐き出す。


「私、もう人間じゃなくなったの。……お師匠様の薬を飲んで、この世界の『守り人』になることにしたの」


「……ええ。聞いていたわ」


「! ……そっか。……私ね、ずっと生きるの。レヴィちゃんがお婆ちゃんになっても、死んじゃっても、ずっと。……巫女連の子たちが大人になって、その子供が生まれても、私だけはずっとこのままなの」


 言葉にすると、堰を切ったように涙が溢れた。


「怖いよ、レヴィちゃん……。いつか、みんなに忘れられて……『魔女』って呼ばれて……石を投げられたり、殺されそうになったりするのかな……。誰も私のこと、知らなくなっちゃって……一人ぼっちになっちゃうのかな……っ!」


 種族に属さない孤独。


 異端として排斥される未来への恐怖。


 アリスはその場にしゃがみ込み、顔を覆って泣きじゃくった。


 そんな彼女を、力強い腕が抱きしめた。


 ドレス越しに伝わる、確かな体温。ドクン、ドクンと脈打つ、人間の心臓の音。


「――馬鹿いうんじゃないわよ」


 レヴィーネの声が震えていた。


 彼女もまた、泣いていたのだ。


 けれど、その言葉は、どんな魔法よりも力強かった。


「誰が一人になんかするもんですか。……誰が、わたしの親友を『魔女』だなんて呼ばせるもんですか! そんなふざけた歴史、わたしがへし折ってやるわよ!」


「レヴィ、ちゃん……」


「アリス、あんたが1000年生きるというなら。……わたしの子が、孫が、ひ孫が、その子孫が! ずーーーーっと、あんたの側にいて、守り続けるわよ!」


 レヴィーネはアリスの顔を上げさせ、涙で濡れた瞳を真っ直ぐに見つめた。


「ヴィータヴェンの血はしつこいわよ? あんたが『もう静かにさせて! 一人になりたい!』と悲鳴を上げるくらい、代々受け継いで、あんたを崇め奉って、構い倒すんだから!」


「……っ!」


「もし誰かがあんたに石を投げるなら、わたしの子孫がその石を粉砕するわ。もし国があんたを追放しようとするなら、私の一族が国ごと乗っ取ってあんたを守るわ!」


 レヴィーネはアリスを強く、強く抱きしめた。


 人外となったアリスの冷たい体に、自分の熱を分け与えるように。


「……わたしに子供が生まれたら、きっと頑丈で生意気で、あんたを振り回すガキになるわよ。だから、その子にはわたしの最高傑作の遺言を残してやるわ。 『アリスお姉ちゃんを絶対に一人にするな。この国の守り神として、一生全力で甘やかせ』ってね。 ……これはヴィータヴェン家の消えない家訓(のろい)として、末代まで叩き込んでやるから。……覚悟しなさいよ?」


 それは、時を超える約束。


 アリスが永遠の孤独を選ぶなら、レヴィーネは「血の絆」という軍勢を率いて、その孤独を征服するという宣言。


「だから、安心なさい。……あんたは、未来永劫、孤独になんてなれないのよ? わたしが、絶対に許さないわ」


 レヴィーネの涙が、アリスの頬に落ちる。


 その熱さが、凍りついていたアリスの心を溶かしていく。


「……ふ、ふふっ、あははははっ!」


 アリスは泣きながら笑った。


 やっぱり、この人はすごい。


 種族の壁も、寿命の差も、未来への恐怖も。


 全部まとめて「わたしがなんとかしてやる」と飲み込んでしまう。


「……うん、覚悟しとく! レヴィちゃんの子供なら、きっととびきりの悪戯っ子だもんね!」


「ええ、その通りよ。ミリアも教育係として叩き込むだろうし、覚悟しておきなさい」


 レヴィーネはアリスの肩を抱き寄せ、二人で星空を見上げた。


「さあ、帰ろう……アリス。あんたが選んだその道を、わたしたちが祝福するわ。今日は朝まで飲み明かしましょう!」


「うん! ……ありがとう、レヴィちゃん。大好き!」


 二人は手を取り合って歩き出す。


 一人は、有限の時を全力で駆け抜ける人間として。


 一人は、無限の時を見守り続ける守り人として。


 その歩幅は違っても、繋いだ手の温もりだけは、決して変わることはなかった。


 こうして、伝説の「黄金のトライアングル」は、形を変えながらも永遠に語り継がれていくこととなる。


 大陸を貫く「黒き道」と、それを包み込む「永遠の緑」の物語として。


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