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悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~前世は病弱、今世は物理最強。魔法もチートも私には勝てません~  作者: みやもと春九堂@月館望男
【第15部】大陸横断大工事編 ~神の雷を買い取り、断絶の壁をブチ抜いて、最愛(既読スルー男)に右ストレートを叩き込みますわ~
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第164話 アリスの決断。私は人間を辞めて、この緑を守る「庭師」になる。

 その夜。


 執務室で、一本の通信が入った。


 相手は、ガルディア帝国第二皇子、アレクセイ・ガルディア。


『やあ。……初代皇帝への即位、おめでとう。レヴィーネ陛下』


 通信機から流れる声は、相変わらず人を食ったような、それでいて甘い響きを帯びていた。


「あら、嫌味ですの? ……陛下だなんて、まだ掘っ立て小屋と橋しかない国ですわよ」


『とんでもない。……人材だけ見れば、既に大国に匹敵する盤石さだ』


 彼は少し間を置き、言葉を続けた。


『だが、国家を運営し、世界と渡り合うとなれば……「政治のエキスパート」が必要になる。理不尽を直接物理で殴ってきた君たちからすれば、あまり得意な分野ではないだろう?』


「……否定はしませんわ。で、誰か心当たりでもありまして?」


『私さ』


「……は?」


 予想外の答えに、思考が一瞬停止する。


『どうだろうか。私を、君の国の「王配()」として契約してみないか? ……損はさせないつもりだよ』


 ドクン。


 唐突な言葉に、心臓が、早鐘を打った。


 王配。夫。結婚。


 そんな言葉とは無縁の人生だったわたしが、この腹黒皇子に、サラリと言ってのけられたのだ。


 前世は病弱な体で、乙女ゲームと小説の中にしか「恋」を知らなかったわたし。今世ではプロレスと筋肉に魂を捧げ、「自分より強い者」以外はオスとして見てこなかったわたし。


 そんなこじらせたトータル精神年齢アラフォーの心を揺さぶるこの男は、本当にタチが悪い。


「ま、まあ……。随分と大胆ですのね」


 わたしは扇子で顔を仰ぎ、必死に動揺を隠した。


『一顧だにされないという成果だけでも、まずは上々かな。……さて、自分で売り込んでおいて何だが、少しだけ時間が欲しい。実は、兄上の即位のために帝国の地盤を完璧に整えておきたいんだ。……それが済んだら、正式な契約書を持参して、君の元へ面接にうかがうよ』


「……ふん。お手並み拝見ですわね。……(わたくし)のお婿様になりたいのなら、それなりの『お土産』を用意してきてくださいな」


『ああ、期待していてくれ。……では、また』


 通信が切れる。


 静寂が戻った部屋で、わたしはベッドに倒れ込んだ。


「……バカみたい。心臓がうるさいですわ」


 枕に顔を埋め、足をバタつかせる。


 待っていてやる。


 どうせ、道を作るのに時間はかかるのだ。


 彼が仕事を終えて来る頃には、わたしも大陸の半分を庭にしていることだろう。


――だが。


 この時のわたしは知らなかった。


 ここから三年間。


 彼からの連絡が、プッツリと途絶えることになるなんて。


 そして、その沈黙が、乙女心(やきもき)を通り越して、殺意に近い破壊衝動へと変わっていくことを。


 一方、テントの外では。


 農林水産大臣に就任したばかりのアリスが、エルウィンと二人で星を見上げていた。


「お師匠様……私、決めたよ」


 アリスの声は、いつになく真剣だった。


 それぞれの道が、ここからまた始まろうとしていた。



 ◆◆◆



 建国宣言から数日が過ぎた夜。


 新しい皇都『アクシス』は、宴の残り香と、希望に満ちた静寂に包まれていた。


 天蓋都市の(へり)、星に一番近いその場所で、アリスは一人、眼下に広がる大地を見下ろしていた。


 かつて死の砂漠だった場所には、今、若い緑が波打っている。


 かつて世界を分断していた大断裂帯は、巨大な橋となって東西を繋いでいる。


 それは、レヴィーネが、ミリアが、ヒデヨシたちが、リョウマが、そしてアリス自身が、血と汗と魔力を振り絞って作り上げた奇跡の景色だった。


「……綺麗」


 アリスは柵に手をかけた。


 月明かりの下、彼女の指先が、蛍火のように淡く、透き通るような翠色(エメラルドグリーン)に明滅した。


 それはもう、人の肌の色ではなかった。


 皮膚という境界が曖昧になり、中にある膨大な光が漏れ出しそうになっている。


「……やはり、ここにおったか」


 背後から、衣擦れの音と共に、凛とした声が響いた。


 振り返れば、エルフの女王エルウィンが、悲しげな瞳で立っていた。


 彼女の手には、小さな硝子の小瓶が握られている。中には、星の光を液化させたような、神秘的な雫が揺れていた。


「お師匠様……」


「隠しても無駄じゃよ、アリス。……お主の『器』はもう、限界を迎えておる」


 エルウィンはアリスの隣に並び、その明滅する指先をそっと包み込んだ。


 師の手は温かい。けれど、アリスの指先には、もう温度が感じられなくなっていた。


 まるで、肉体という殻が透けて、光そのものになって消えてしまいそうな儚さだ。


「デメテルと同調し、世界樹の(ことわり)を操り、荒野を森に変えた代償じゃ。……お主の魂と魔力は、もはや『惑星』規模にまで膨張してしまった。それに引き換え、お主の肉体は脆弱な『人間』のままじゃ」


 エルウィンは、諭すように、しかし厳しい現実を告げた。


「巨木を、小さな植木鉢に植えればどうなるか、分かるな? ……根が鉢を割り、土は痩せ、やがて木そのものも枯れてしまう。お主の魂は、お主自身の肉体を燃料にして燃え尽きようとしておる」


 アリスは、自分の胸元をぎゅっと握りしめた。


 最近、常に感じていた倦怠感と、身体の奥がチリチリと焼けるような感覚。


 それは、自身の莫大な魔力に耐えきれず、肉体が悲鳴を上げている証拠だった。


「……分かって、いました。この3年で、ヒデヨシさんには白髪が増えたし、リョウマさんの目尻には笑いジワができました。……みんな、当たり前に時を重ねて、変わっていく」


 アリスは寂しげに笑った。


「でも、私だけは……3年前から何も変わっていない。時が止まったまま、中身だけがどんどん膨れ上がって……このままじゃ、私の体が『燃料』みたいに燃え尽きちゃうってことも」


 死よりも恐ろしい、完全な消滅。


 肉体も魂も、大気に霧散して跡形もなくなってしまう未来。


「うむ。猶予はないぞ。……お主の指先はもう、物質としての境界を保てておらぬ」


 エルウィンは、静かに二つの道を提示した。


「一つは、今すぐ魔法を使うのをやめ、わらわと共に『エルフの里』へ来ること。……世界樹の根本で、溢れる魔力を大地に逃がしながら静養すれば、人間としての寿を全うできるじゃろう。ただし、二度とこの地へは戻れぬ」


 それは、魔力を手放し、レヴィーネたちがいるこの場所から去る道。


 穏やかな余生と引き換えの、永遠の別れ。


「……もう一つは?」


「……『進化』じゃ」


 エルウィンは、手にした小瓶を差し出した。


「わらわの里にある『大世界樹』の雫じゃ。……これを飲めば、お主の肉体は書き換えられる。エルフに生まれ変わるわけではない。精霊でも、ヒューマンでもない……『境界の存在』へと変貌する」


 女王の声が、厳かに、しかし震えるように響く。


「エルフとは違う、ヒューマンとエルフの間に生まれるハーフエルフとも違う。……お主は、この世界の理から外れた、独自の『時』の中に身を置くことになる。老いることもなく、死ぬこともなく、ただ膨大な魔力を循環させる『生きた大樹』のような存在にな」


「……」


「そうなれば、お主はこの世にたった一人きりじゃ。……友が老い、子が老い、国が滅び、形あるものが全て砂に還っても、お主だけは変わらずにそこに在り続ける。どの種族にも属さず、理解されることもない」


 エルウィンは、アリスの瞳を覗き込んだ。


「永き時は、残酷じゃぞ。……今は『聖女』と崇められても、100年、200年と歳を取らぬお主を、人々はやがて『魔女』と呼び、恐れるようになるかもしれん。……石を投げられ、追われ、孤独の中で森を守り続けるだけの存在になるかもしれんぞ?」


 永遠の孤独。迫害への恐怖。


 種族としての帰属を失い、ただ観測者として世界に残り続ける呪い。


 アリスは、身震いした。


 怖い。


 大好きな人たちから「化け物」と呼ばれる未来が。


 誰とも分かり合えないまま、途方もない時間を一人で過ごすことが。


 でも。


 アリスは、眼下の景色に視線を戻した。


 焚き火を囲んで笑い合う仲間たち。


 巫女連の子供たちが、手作りの料理を振る舞っている。


 ヒデヨシが肉を頬張り、黒鉄組の男たちが酒を飲み交わしている。


 そして、誰よりも強く、誰よりも眩しく笑う、黄金の髪の悪役令嬢。


(レヴィちゃん……)


 彼女は人間だ。どれだけ規格外でも、彼女の時間は限られている。


 数十年後にはお婆ちゃんになり、やがて土に還る。


 その時、この道は? この国は?


 もし私が消えたら、この緑は維持できるの?


 巫女連の子ども達は、砂漠の厳しさに負けずに生きていけるの?


(ううん、もっと……もっとやりたいことがあるの)


 アリスの脳裏に浮かんだのは、ただの現状維持ではなかった。


 この黒い道の周りだけじゃない。


 もっと遠くの砂漠も、痩せた荒野も、全部緑に変えて。


 どんなに貧しい子も、お腹いっぱいご飯が食べられる世界にして。


 レヴィーネが作った「面白い世界」を、もっともっと素敵な場所にしたい。


 そのためには、今の私のままじゃ、時間が足りない。命が足りない。


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