第163話 着弾! 世界が繋がった日。……ここを新都「アクシス」とする!
作戦開始。
黒鉄組が急造した巨大な投射機が、崖の縁にずらりと並び、咆哮を上げた。
「撃てぇぇぇッ!!」
ヒデヨシの号令と共に、空気を切り裂く音を立てて無数のコンテナが闇の中へ撃ち出される。
空中でカプセルが弾け、数億の種子が雪のように降り注ぐ。
同時に、エルウィンが率いるエルフの精鋭たちが、崖の上で古の歌を口ずさみ、精霊の風を巻き起こした。
「今だよ! みんな! せーのっ!!」
断崖の縁に並んだアリス、エルウィン、エルフの精鋭たち、そして巫女連の子供たちが、一斉に杖を掲げた。
膨大な緑の魔力が、奔流となって谷底へ注ぎ込まれる。
『強制成長』!!
瞬間、世界の景色が書き換えられた。
どす黒い霧が、内側から黄金色の光に食いつぶされていく。
魔素を貪り食う『ソル・レヴィーネ』が、猛烈な勢いで茎を伸ばし、大輪の花を咲かせて谷底を一瞬にして「ヒマワリの海」へと変えてしまったのだ。
『魔素濃度、正常値まで低下。……浄化確認。……「お引越し」の準備が整いました』
イリスの冷徹なアナウンスが響いた瞬間、崖の縁に緊張が走った。
待機していたデコトラ軍団と『整地壱型』が、その重厚な車体をアンカーとして深く大地に固定する。
「よっしゃあ! 懸垂降下開始だがね! 野郎ども、振り落とされるんじゃにゃあぞ!」
ヒデヨシの怒号と共に、ミスリル繊維を編み込んだ超高強度のワイヤーロープが唸りを上げて繰り出された。
その命綱に身を預けた『土木弐型』と、元連邦の遺産である『土木参型』の混成部隊が、一輪のヒマワリのように奈落へと身を投げた。
垂直の絶壁を、鋼鉄の巨躯たちが火花を散らしながら滑落に近い速度で滑り降りていく。
「邪魔な岩をどかせ! 測量急げぇ!」
着地と同時にワイヤーを切り離し、土木弐型の男たちが咆哮を上げる。
削岩機が岩盤を叩き、ドリルが火花を散らす。
ヒマワリが舞い散る中、彼らはイリスが指定した設計図通りに、谷の底を削り、整形していく。
「ヒャッハー! 花畑の中での工事だぜぇ!」
黒鉄組の男たちが、狂喜乱舞しながら削岩機を振るう。
こうして、数時間後。極限の集中力の中、谷底から一条の照明弾が打ち上がった。
「整地完了! 姐さん、いつでも来やがれぇぇッ!!」
準備は整った。
わたしは、断崖の先端に立ち、風に黄金の髪をなびかせながら空を見上げた。
「デメテル。……お引越しの時間よ」
『承知いたしました、レヴィーネ様。……全機関、フルバースト。……これより、一千年越しの「着陸」を敢行します』
ズゥゥゥゥゥゥン……!!
空を覆っていた天蓋都市が、太陽の光を遮りながら、ゆっくりと降下を開始した。
巨大な影が、黄金のヒマワリ畑を飲み込んでいく。
アリスが展開した巨大なクッション結界が、都市の基部を優しく受け止める。
そして。
ギギギギギ……ガションッ!!
震天動地の衝撃。
ヒデヨシたちが完璧に整地した数百メートル下の岩盤に、天蓋都市の基部が吸い込まれるように嵌まり込んだ。
ピタリ、と。
世界の傷跡を、一つの都市が物理的に「繋いだ」瞬間だった。
最後の振動が収まる。
かつてアストライア文明の箱舟として空へ逃げた都市が、一千年の時を経て、故郷の大地へと帰還した。
崖の上で見守っていた民衆から、地鳴りのような歓声が上がる。
わたしは、鉄扇をパチンと閉じた。
「さあ。道が繋がりましたわ。……休んでいる暇はありませんわよ? 次は東へと続く道を、さらに盤石に舗装しに参りましょうか」
その宣言は、希望に満ちた号砲のように、ヒマワリの咲き誇る谷底へと響き渡った。
◆◆◆
大陸中央、大断裂帯。
かつて世界を東西に分断していた絶望的な深淵は今、物理的に「埋め立て」られていた。
空から降下させた『天蓋都市』の基部ユニットが、まるでパズルのピースのように断裂帯に嵌まり込み、巨大な「橋」兼「大地」となっていたのだ。
その中央に、漆黒のドレスを纏ったわたしは立っていた。
目の前には、リョウマの兵站船で運ばれ、そこからデコトラ隊が特急で届けてくれた、トヨノクニからの補給物資――巨大な桐箱が鎮座している。
わたしは、通信機越しに、東の魔王へ報告を入れた。
「……ノブナガ。報告しますわ。西から中央まで、道は繋がりました」
『うむ。見ておるぞ、イリスの映像でな』
ノブナガの声は、いつになく穏やかだった。
『大儀であった。……だがレヴィーネよ。お主が作ったその場所は、もはやトヨノクニの領土でも、西方の領土でもない。お主らが切り拓いた、新しい土地じゃ』
「ええ。ですから……」
『言わんで良い』
ノブナガが遮った。
『わしからの「所払い」じゃ。……レヴィーネ、そしてアリス、ミリアよ。お主らはもう、誰の庇護も必要ない。トヨノクニから独立し、その地で国を興せ』
突き放すような言葉。だが、そこには親愛と、背中を押す温かさがあった。
『いつでも遊びに帰ってこい。……そこにある桐箱は、わしからの「建国祝い」じゃ。面白いものを送った故、楽しみにしておけ。……息災でな』
通信が切れる。
わたしは、静かに頭を下げた。
そして、目の前の桐箱を開ける。
「こ、これは……!?」
ミリアが息を呑む。
中に入っていたのは、異様な存在感を放つ、巨大な「十字鍬」だった。
片側は鋭利な鶴嘴、もう片側は岩をも砕く鎚。
折紙には、銘を『天魔・伐折羅砕き』。
隕鉄、緋緋色金、そして黒鋼を素材とし、それらをドワーフの名工たちが狂気的な折り返し鍛造で練り上げ、一つの武具として昇華させたものとあった。
「……ふふ。やってくれますわね」
わたしは、その柄を握った。
ズシリ、と腕にかかる重み。重量にして、およそ1トン強。
だが、今のわたしには、羽根のように軽く、そして手足のように馴染む。
「……最高の餞ですわ」
わたしはそれを軽々と担ぎ上げ、高らかに宣言した。
「これより、建国を宣言します! 我が国の名は――『ヴィータヴェン・アクシス連邦皇国』! 食と物理と自由の国ですわ!」
歓声が爆発する。
西方からの移民、トヨノクニの職人、砂漠の遊牧民、森のエルフ、北の獣人。
肌の色も、耳の形も、出身も違う数万の民が、新しい旗の下に集っている。
わたしは、興奮する彼らを手で制し、さらに声を張り上げた。
「まずは、この国の『法』について!」
わたしは不敵に笑い、手にした巨大な十字鍬を掲げた。
「もちろん基本的な司法は設けますが、揉め事は基本リング上で決着をつけなさい。ルールは武器の使用禁止、そして不殺。荒事に自信のないものは代理人を立てるもよし。それもまた力です」
ドッと笑いが起きる。
獣人や黒鉄組の男たちが「望むところだ!」と拳を突き上げる。
だが、わたしはそこで表情を引き締め、低い声で釘を刺した。
「ただしッ! 相手の言い分を受け入れることもできないような、一方的または消極的な試合は『塩試合』とし、私が介入して強制終了しますわよ!」
プロレスとは、受けの美学。相手の全力を受け止め、それを上回る力で返してこその対話だ。
ただ逃げ回るだけ、ただ一方的に殴るだけの行いは、この国では「粋ではない」とされる。
「そして――この国における『信仰』について、最初の法を定めます!」
続いて発せられた言葉に、場が静まり返る。
宗教問題は、いつの世も争いの火種だ。
元聖女のアリスを擁し、精霊信仰のエルフや、祖霊信仰の遊牧民が入り混じるこの国では、避けて通れない問題である。
「我が国は、『信仰の自由』を絶対とします。……精霊を敬うもよし、獣の王を崇めるもよし、あるいは特定の神を持たぬもよし。全ての祈りは尊く、何人たりともそれを侵すことはできません」
エルフや獣人たちが、安堵の表情を浮かべる。
だが、わたしはここで目を鋭く光らせ、『天魔・伐折羅砕き』の石突きをドン!と壇上に打ち付けた。
「ただしッ! 『他者の信仰を否定すること』、そして『信仰を強制すること』……これだけは、万死に値する重罪と断じます!」
わたしの視線は、群衆の一人一人を射抜くように巡る。
「『自分の神だけが正しい』と叫び、隣人の神を蔑む者。『祈らねば救われない』と、他者の自由意志を縛る者。……そのような狭量な精神は、この国の広大な大地には不要です」
かつて道なき荒野の夜、見上げた満天の星空と、タクラの民が捧げた静かなる儀式。
あの美しい祈りの多様性こそが、この国の礎なのだ。
「異なる祈りを笑う者は、我々も受け入れることができません。……ここにあるのは、互いの違いを認め、共に飯を食うための『敬意』のみ。……その覚悟がある者だけが、この国の民となりなさい!」
一瞬の空白。
そして、先ほどよりも深く、重く、熱狂的な歓声が沸き起こった。
「「「ウオオオオオオオッッ!!!」」」
「レヴィーネ陛下、万歳!」
「自由万歳! 物理万歳!」
初代女帝としての戴冠。
わたしはその場で、ミリアを初代宰相に、アリスを農林水産大臣に任命した。




