第157話 完全制圧。今日からここは、わたしたちの「支店」ですわ。
「戻れ! 戻って鍵を差し込め! さもなくば今ここで射殺する!」
銃口を向けられた二人が、震えながら戻ってくる。
ガストンの狂気に押され、彼らは震える手で鍵を差し込んだ。
「いいか! 私の合図で回すんだ! ……3、2、1、回せッ!」
ガストンが叫び、鍵を回した。
カチャリ。
彼の鍵は回った。
だが。
「……あ?」
システムは沈黙したままだ。認証ランプが赤く点滅している。
ガストンは目を見開き、両隣を見た。
副議長の手は鍵を握ったまま動かず、司令官に至っては、鍵から手を離してうなだれていた。
「な、なぜだ!? なぜ回さん!?」
「……できん」
司令官が、絞り出すような声で言った。
「トヨノクニを焼けば、私の故郷にいる家族も、報復で殺されるかもしれない……。そんなこと、できるわけがないだろう!」
「損得の問題じゃない……! 死にたくない……私はまだ、死にたくないんだ!」
副議長が泣き崩れる。
ガストンは呆然とした。
彼らは、最後の最後で「連邦の意地」よりも「個人の生」を選んだのだ。
いや、自分だってそうだ。死にたくないから、道連れにしようとしただけだ。
だが、それすらも叶わない。
「……あ、ああ……」
ガストンはその場にへたり込んだ。
目の前には、無情にも沈黙を続ける発射コンソール。
彼は理解した。
自分はもう、勝つことはおろか、負けを認めて死ぬことすら許されないのだと。
完全なる手詰まり。絶対的な無力。
議長としての権威も、国の命運も、すべて指の間から零れ落ちていく。
「……終わった……」
彼が絶望に目を閉じた、その時。
――ごきげんよう(物理)ッ!!
ズガァァァァァァァァンッッ!!!!!
議事堂の堅牢なドーム天井が、爆砕した。
まるで神の鉄槌が下されたかのような、圧倒的な破壊音。
降り注ぐガラスの雨。舞い上がる粉塵。
衝撃波が三人を吹き飛ばし、コンソールから引き剥がす。
「ぐわぁぁぁッ!?」
ガストンが床を転がる。
何が起きた?
『天蓋』が落ちてきたのか?
それとも、あの『黄金の悪魔』が本当に空から……!?
土煙が晴れると、その中心――破壊された議場のど真ん中に、隕石のように着弾した「何か」があった。
それは、黒く輝く『玉座』。
そして、その上に悠然と腰掛け、脚を組んだ黄金の髪の令嬢。
「……あ、あ……」
ガストンは腰を抜かし、パクパクと口を開閉させた。
レヴィーネ・ヴィータヴェン。
彼女は、扇子で口元を隠し、まるで舞踏会にでも現れたかのような優雅さで、地獄絵図と化した議場を見渡した。
「……騒がしいですわね。学級崩壊でもしていて?」
その声は、鈴を転がすように美しく、そして絶対零度のように冷たかった。
「き、貴様……! どうやってここへ……! 近衛師団は! 魔導砲台はどうしたというのだ!!」
「ああ、外で右往左往していた皆様のこと?」
彼女は興味なさそうに、親指で背後(天井の大穴)を指した。
「わたくしが降りるのに邪魔でしたから、黒鉄組を先行させて少しどいていただきましたわ。……今頃、回収されて再就職の面接をしている最中じゃなくて?」
ガストンの戦意は、既に折れていた。
だが、もはや反射的に、彼の視線はコンソールへと向いた。
撃てなかったミサイル。役立たずの鉄屑。
それでも、それは彼が縋れる最後の藁だった。
「あら。まだそんな物騒な花火に執着していますの?」
カツン、というヒールの音。
次の瞬間、ガストンの目の前にあった発射コンソールが――消えた。
正確には、レヴィーネが振るった『玉座』の一撃によって、配線ごとひしゃげ、壁にめり込んでいた。
バチバチと火花が散り、三つの鍵ごと、制御基板が粉砕される。
「あっ……ああっ……!」
ガストンの中から、悲鳴すら出なかった。
ただ、乾いた笑いが漏れるだけだ。
撃てなかったのではない。最初から、撃つ意味などなかったのだ。
この圧倒的な暴力の前では、核兵器の発射スイッチさえも、ただの壊れやすい玩具に過ぎなかった。
「交渉材料? いいえ、それは『倒産への近道』ですわ」
レヴィーネは、ガストンの目の前にしゃがみ込み、ニッコリと微笑んだ。
その笑顔は、女神のように美しく、そして死神のように恐ろしかった。
「そのボタンを押せば、あなた方は『空の番人』に消去されていましたわ。……命拾いしましたわね?」
「……空の……番人……?」
ガストンは呆然と呟いた。
自分たちが頼みの綱にしていた「神の力」が、実は自分たちを消し去るための処刑装置だったとは。
無知とは、これほどまでに滑稽なものか。
「感謝は結構。……さあ、議長さん。これからの話をしましょうか」
彼女は懐から、分厚い書類の束を取り出し、ガストンの顔にペチペチと軽く叩きつけた。
表紙には『事業譲渡契約書』と書かれている。
「軍の解体、インフラ整備権の譲渡、そして関税の撤廃。……サインなさい。今なら、美味しいトヨノクニ米一年分をお付けしますわよ?」
議事堂の外からは、黒鉄組の重機の音と、市民たちの歓声(バザールの熱気)が聞こえてくる。
首都は既に、陥落していた。
軍事的にではなく、経済的に、そして胃袋的に。
「……負け、だ……」
ガストンは震える手でペンを取った。
彼の手には、もう世界を滅ぼす鍵はない。あるのは、新しい支配者への恭順を示すペンだけだ。
こうして、西方連邦による「対トヨノクニ戦争」は、開戦からわずか数週間で、全面的な「吸収合併」という形で幕を閉じたのである。
世界を終わらせるはずだった『神の雷』は、一度も火を噴くことなく、歴史の闇へと葬り去られた。
ただ、悪役令嬢の伝説に、新たな1ページを刻んで。
◆◆◆
レヴィーネ・ヴィータヴェンによる、西方連邦の電撃的な「吸収合併」。
その報せは、風よりも速く、東方諸国の枢要へと届いていた。
世界が、軋みを上げて動き出そうとしていた。




