第153話 作戦名「黒鋼大回廊」! 三方向からの飽和攻撃を開始せよ。
「では、作戦はシンプルかつ迅速に。……『空』『陸』『海』の三方向から、同時に攻め上がります。ヒデヨシ、あなたの直下に組み込んだ『黒鉄組』、動かして良いかしら?」
突然の名指しに、末席に控えていた猿顔の男、普請奉行のハシバ・ヒデヨシが弾かれたように顔を上げた。
「わ、わしか!? ……あー、いや、構わんがよ。……ちゅうか、レヴィーネ殿! そんな面白そうな工事するなら、わしも現場に行きたいんだがねえ!」
ヒデヨシは目を輝かせ、早口の尾張弁でまくしたてた。
技術者としての血が騒いでいるのだろう。
「それはノブナガに許可をもらいなさい。出来る限り指揮系統はシンプルにしたいけれど、あなたの指揮があるなら心強いわ」
わたしが視線を向けると、ノブナガはニヤリと笑い、顎をしゃくった。
「好きにせえ、サル。……ただし、半端な仕事をしたら承知せんぞ」
「ありがたき幸せ! ……へっへっへ、腕が鳴るわい!」
ヒデヨシが子供のように拳を握りしめる。
戦力が整った。
わたしは再び地図に向き直り、扇子の先を突きつけた。
「まず、第一の矢は『空』。……わたくしが天蓋都市で移動し、各都市国家の首脳部へ、単身降下(HALO)突撃を敢行します。指揮系統を物理的に『説得し』ます」
次に、西海岸から内陸へと伸びるラインを引く。
「第二の矢は『陸』。……ヒデヨシ率いる『黒鉄組』を投入します。使い捨てになってしまいますが、『天の掛橋』を使い、現地への転移門を開いて、敵の軍事拠点を『整地』しながら、西方連邦中枢までの大規模産業道路を一気に敷設します。邪魔な要塞や兵器は、すべて道路の舗装材にリサイクルして差し上げますわ」
『天の掛橋』――「天蓋の揺り籠」のデータベースにあった古代文明の転移門設置魔道具を再現したものだ。
イリスとアルゴスによる精密な座標情報と、天蓋の揺り籠からの魔力供給、さらにわたしの膨大な魔力でアンカーを発動させてなお、短時間の一方通行、しかも一度きりの使い捨てにしかできない代物。
国家予算が吹き飛ぶほどのコストと労力がかかるが、興味半分で研究に予算を割いた甲斐があった。
使いどころとしたら、ここをおいて他にないだろう。
そして、海上のルートを示す。
「第三の矢は『海』。……リョウマの『黒船屋』によるピストン輸送です。トヨノクニの余剰食材を運び込み、現地で『大人買い』した物資を持ち帰る。……兵站と経済を同時に回し、民の胃袋を掴みます。リョウマ、頼めるかしら?」
わたしが視線を送ると、海運王サカモト・リョウマは帽子を目深にかぶり直し、ニカっと白い歯を見せた。
「あたぼうじゃき! ……こっちの倉庫もパンク寸前ぜよ。大商いじゃ、派手に行くぜよ!」
頼もしい仲間たちの返事に、わたしは満足げに頷いた。
空からは悪役令嬢。陸からは土木軍団。海からは商人。
これだけの理不尽を叩きつければ、どんな堅牢な国家とて耐えられまい。
わたしの視線は、既にその先――大陸の地図全体を見据えていた。
「さらに、この道を大陸中央の『大断裂帯』まで延ばし、ゆくゆくは東海岸まで繋げますわ。……この『大陸横断大回廊』が出来上がれば、海上封鎖などという小賢しい真似は、二度とできなくなります」
物流こそが血流。経済こそが命脈。
それを握ってしまえば、剣を振るうよりも深く、確実に国を支配できる。
一瞬の静寂が広間を包み――。
「ぶははははははッ!!!」
第六天魔王の豪快な爆笑が、天井を震わせた。
彼は腹を抱え、涙を流して笑っている。
「規格外がすぎるが、面白い! 実に面白いぞ、レヴィーネ!」
彼は膝を叩き、爛々とした瞳でわたしを見つめた。
「電撃戦で軍を麻痺させ解体、食糧供給と公共事業の現地雇用を創出し民心を掌握……最終的には武力ではなく『経済』で支配するということか!! 見事な国家乗っ取りじゃ!」
「まあ、そんなところですわ。……そこまで高度なことは考えていませんでしたけれど」
わたしが肩をすくめておどけて見せると、ノブナガは身を乗り出し、鋭い眼光を放った。
「して、どれくらいを見込んでおる?」
「戦争自体は、すぐにでも終わらせますわ。……ただ、工事はさすがに時間がかかるでしょうから。大陸中央までを3年……大断裂帯を越えて東海岸までは、『神代の岩盤』なんてものもあるそうですから、それ以上かかるかもしれませんわね」
数年単位の大事業。
一人の令嬢が背負うには、あまりにも重く、長い道のりだ。
だが、魔王は満足げに頷いた。
「よくわかった。……国内のインフラは既に盤石、今年の米も倉庫がパンクするほどの豊作じゃ。兵站のことは気にするな」
パトロンは、ニヤリと笑って告げた。
その笑顔は、かつてわたしを拾い上げ、背中を押してくれた時と同じ、不敵で温かいものだった。
「使えるものはなんでも使うがいい。天下人たるわしが許可する。……好きにやってこい!!」
「……ふふ。最高の『餞』ですわね」
わたしはドレスの裾を摘み、膝を折って優雅なカーテシーを行った。
臣下としての礼ではない。
互いに背中を預け、世界を面白く変えてきた「共犯者」としての、最大限の敬意と感謝を込めて。
「そのご厚意……余すところなく、活用させていただきますわ」
わたしが顔を上げると、ノブナガはふと声を和らげ、独り言のように呟いた。
「……なんだったら、トヨノクニから独立して国を持つのもいいかもしれんな」
「え?」
「お主の器は、もはやオダ家の客将という立場で収まるものでもなかろうよ。……一国一城の主となり、世界と対等に渡り合うがいい」
その言葉は、訣別ではない。
雛鳥が巣立ち、大空へと羽ばたくのを見送る、父親のような響きを含んでいた。
胸が熱くなる。
この国は、わたしの第二の故郷だ。そしてこの男は、わたしに翼をくれた恩人だ。
だからこそ、わたしは行かねばならない。
この国を守り、世界を広げ、もっともっと「面白い」未来を掴み取るために。
「……承知いたしました」
わたしは顔を上げ、凛とした声で応えた。
「行ってまいります。……世界を『整地』して、美味しいお土産をたくさん持ち帰りますわ!」
こうして、悪役令嬢レヴィーネ・ヴィータヴェン。
世界を相手取った、最後にして最大の「教育的指導」の旅が、今、幕を開けたのである。




