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悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~前世は病弱、今世は物理最強。魔法もチートも私には勝てません~  作者: みやもと春九堂@月館望男
【第14部】天空の箱舟・物理ハッキング編 ~古代兵器(野菜)は「ちゃんこ」の具材、セキュリティは「パイプ椅子」でこじ開けます~
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第142話 到着、天蓋都市。そこは美しくも寂しい、空の廃墟。

 機械龍の背部に開いた輸送用ハッチの中。


 本来なら外界から隔絶された暗闇のはずだが、今のわたしたちの視界には、信じられない光景が広がっていた。


「ひぇぇ……! か、壁が……透けてるぅぅ!?」


「ひぃぃぃ! 落ちる! 落ちます! 地面があんなに遠くに!」


 アリスが半泣きでわたしのドレスにしがみつき、ミリアが青ざめた顔で床を這いつくばっている。


 無理もない。


 どういう仕組みなのか、機械龍の装甲を構成する流体金属が、内部からの視界だけを通す『一方通行の透明化ワンウェイ・シースルー』を行い、外の景色を360度のパノラマで映し出しているのだ。


 足元の床さえも透けて見える。


 おかげで、わたしたちは世界が猛スピードで遠ざかっていく様を、特等席で見せつけられていた。


 視界を埋め尽くしていた分厚い雲海が、一瞬で足元へと過ぎ去っていく。


 トヨノクニの広大な大地が、箱庭のようなサイズに縮んでいく。


 そして、空の色が劇的に変化し始めた。


 鮮やかな水色から、吸い込まれるような深い蒼へ。


 さらに、星の瞬きが見える群青へ。


 成層圏の領域。


 そこは、生身の生物が踏み入ってはならない「死の世界」だった。


 美しさと引き換えに、環境は過酷を極めた。


 ハッチの気密性は完全ではないのか、それとも装甲の冷却が追いつかないのか、壁面から冷気がじわじわと染み込んでくる。


「くっ……! さ、寒い……!」


 ミリアがガチガチと歯を鳴らす。


 吐く息が白を通り越し、微細な氷の粒となってキラキラと舞う。マイナス数十度の世界だ。ドレス一枚では、数分で凍死するだろう。


 さらに恐ろしいのは、空気の欠乏だ。


「はぁ、はぁ……! 意識が……飛びそうです……!」


「息が……吸えないよぉ……」


 気圧が急激に下がり、酸素濃度が低下している。


 わたしも、身体強化魔法で心肺機能をフル稼働させて耐えているが、それでも視界がチカチカと明滅し始めた。


 透けた壁の向こう、深くなっていく空の色に合わせて、わたしたちの意識も遠のいていく。


 これはまずい。遺跡にたどり着く前に、わたしたちが「冷凍保存」されてしまう。


「アリス! あれを!」


 わたしは、薄れゆく意識の中で叫んだ。


 アリスがコクンと頷き、震える手で杖を掲げる。


「うん……! お願い、守って……! 『光の繭(ルミナス・コクーン)』!!」


 カッ……!


 杖の先端から、暖かな黄金色の光が溢れ出した。


 その光は、凍てつく闇を切り裂くように広がり、わたしたち三人(と、わたしが持ち込んだパイプ椅子)を優しく包み込む。


 球形の結界が形成された瞬間。


 フッ……と、圧迫感が消えた。


 押し潰されるようなGも、肌を刺す冷気も、窒息感も。


 すべてが嘘のように消え失せ、春の陽だまりのような温もりと、清浄な空気が満ちた。


「……ふぅ。……助かりましたわ」


 わたしは深く息を吐き出し、乱れた呼吸を整えた。


 肺いっぱいに酸素が満ちる快感。


「すごい……。外部の環境を完全に遮断し、内部の気圧と温度を人間に最適化しています。……アリス様、これ国家機密レベルの結界魔法ですよ。宇宙船の生命維持装置そのものです」


 ミリアが眼鏡の曇りを拭いながら、感嘆の声を漏らす。


 繭の外――透けた装甲の向こうでは、依然として極寒の暴風が吹き荒れているというのに、こちらの髪の毛一本揺れることはない。


 やがて。


 上昇のGが消え、内臓が浮き上がるような浮遊感が訪れた。


 機械龍が水平飛行に移ったのだ。


「見て、レヴィちゃん! あれ!」


 アリスが指差した先。


 漆黒に近い宇宙(そら)を背景に、その巨大な影が姿を現した。


――『天蓋の揺り籠』。


 それは、空に浮かぶひとつの「世界」だった。


 直径はおそらく数キロメートル。巨大な円盤状の基部の上に、半透明の強化ガラスドームが被さっている。


 太陽の光を反射して白銀に輝くその姿は、神々しいまでの美しさを放っていた。


 だが、近づくにつれて、その詳細が見えてくる。


「……壊れている?」


 わたしは目を細めた。


 以前、イリス(人工知能)を通して観測衛星(アルゴス)で確認した通りだ。


 ドームの一部には巨大な亀裂が走り、そこから内部の空気が漏れ出している痕跡がある。


 内部の街並みも同様だ。


 天を突くようにそびえる白亜の塔は折れ、幾何学的なラインを描く道路はひび割れている。


 かつては空を埋め尽くしていたであろう「空飛ぶ乗り物」も、今はすべて地上に墜落し、残骸となって沈黙している。


 そこにあるのは、輝ける未来都市ではない。


 800年の時を経て風化し、誰もいなくなった、美しくも残酷な「墓標」だった。


 ズゥゥゥン……。


 機械龍が、ドームの亀裂に近い発着ポートへと舞い降りた。


 重力制御の独特な浮遊感と共に、巨大な足が金属製のデッキを捉える。


 プシュゥ……と背中のハッチが開き、本物の外気が流れ込んでくる。


 わたしたちは光の繭に守られたまま、よろよろと地面(金属製のデッキ)に降り立った。


「……つ、着いた……」


「おえぇ……。し、死ぬかと思いました……音より速い速度で垂直上昇なんて、生身の人間の移動手段じゃありませんよ……」


 アリスとミリアが、青い顔をしてその場に座り込む。


 わたしはドレスの乱れを直し、涼しい顔で振り返った。


「ありがとう、大家さん。スリル満点で、なかなか快適な空の旅でしたわ」


 わたしが鉄扇を開き、優雅に挨拶すると、機械龍は無数の赤い複眼を明滅させ、無機質な音声で告げた。


『……搬送完了。これより当機は、定常監視軌道へ戻る。……警告する。この領域は「保存区画」だ。過度な破壊活動は推奨しない。……リピートする。破壊活動は推奨しない』


 念を押された。


 どうやら、乗車賃代わりに一発殴られたことを根に持っているらしい。


「ええ、分かっていてよ。常識の範囲内で楽しみますわ」


 わたしがニッコリと「悪役令嬢の微笑み」を向けると、ドラゴンは「その常識が信用できないのだが」と言いたげに大量の噴気(スチーム)を吐き出し、翼を広げた。


 バサァッ! と大気を叩き、再び空の彼方へと飛び去っていく。


「……さて」


 わたしは踵を返し、目の前に広がる死んだ都市を見渡した。


 光の繭のおかげで活動できているが、一歩外に出れば即死級の寒さと真空が待っている。


 完全な無音。


 風の音さえしない。鳥の声もない。


 ただ、遠くの地下深くで稼働し続ける基幹システムの低い駆動音だけが、地響きのように伝わってくる。


 永遠の時を刻む、巨大な時計の中に迷い込んだような感覚だ。


「行きましょう。お宝探しですわ!」


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