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悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~前世は病弱、今世は物理最強。魔法もチートも私には勝てません~  作者: みやもと春九堂@月館望男
【第13部】天を衝く悪役令嬢編 ~空に道がないなら、番人をへし折って「お迎え」にすればよろしいのです~
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第139話 現れたのは「銀の山」。神話の機械龍が空を覆う。

 ガコンッ!!!


 レバーが下ろされる。


 その瞬間、背後に停泊していた『ヴィータヴェン号』が、獣のような咆哮を上げた。


『ヌヴォオオオオオオオオオオォォォォォンッッッ!!!!』


 ドワーフたちが魔改造を施した超高出力魔導エンジンが、リミッターを解除され、臨界点まで回転数を上げたのだ。


 船体から伸びる極太の魔導ケーブルを通じて、発電所数基分にも匹敵する莫大な魔力が、通信塔へと暴力的に流し込まれる。


 バチバチバチッ……!!!


 通信塔の基部が赤熱し、周囲の空間が歪む。


 あまりの高エネルギー密度に、タネガシマの岩盤が悲鳴を上げ、島全体が地震のように激しく振動した。


「うわわっ!? じ、地面が揺れてるぅぅ!?」


「エネルギー充填率120%突破! 塔が保ちません、放出します!」


 ミリアが叫ぶのと同時。


 通信塔の先端、巨大な魔石のアンテナが、太陽ごとき輝きを放った。


「征けぇぇぇぇぇッッ!!!」


 わたしの号令と共に、圧縮された魔力の塊が弾け飛ぶ。


 それはもはや通信などという生易しいものではなく、空を穿つ「光の槍」だった。


 ズドォォォォォォォンッッ!!!!!


『ピーーーーーーーーーヒョロロロロロ…………!!!』


 大気を引き裂く衝撃波と、鼓膜をつんざく高周波のデータ音が入り混じり、タネガシマの空へと垂直に射出された。


 雲が一瞬で消し飛び、蒼穹に巨大な風穴が開く。


 地上の人間が、初めて神の領域(宇宙)へと、全力の(ノック)を叩き込んだ瞬間だった。


 空を見上げる。


 来るか、お迎え(ドローン)


 それとも、番人(ドラゴン)


 わたしたちの戦いが、今、幕を開ける。



 ◆◆◆



 タネガシマの岬に建設された通信塔から、不可視のデータ通信が空へと放たれて数分。


 固唾を呑んで空を見上げていたわたしたちの目に、変化が訪れた。


「あ、あれ! レヴィちゃん、見て!」


 アリスが興奮した声で指さした先。


 分厚い雲の切れ間から、数点の光が降ってきた。


 それは、流線型の美しいフォルムをした、小型の飛行物体だった。


 鳥のようでもあり、深海魚のようでもある。継ぎ目のない白銀の装甲は陽光を反射して神々しく輝き、音もなく滑るように降下してくる。


「……古代の自律航行船(ドローン)ですね。……美しい。あの機動、現代の魔導工学とは根本的に理論が違います。重力制御と慣性中和……未知の技術体系です」


 ミリアが感嘆の声を漏らし、眼鏡の位置を直す。その瞳は、未知のテクノロジーへの渇望で輝いている。


「やったー! 本当に来たよ、お迎え! なんだか高級車っぽいし、これなら快適な空の旅ができそうだね! 機内食とか出るかな?」


 アリスがはしゃぐ。


 わたしも、鉄扇を閉じて安堵の息を吐いた。


 正直、本当に来るかどうかは半信半疑だったのだ。だが、これで道は開けた。


「ええ。意外と話の分かる『大家さん』だったみたいね。……さて、荷物をまとめて乗り込みましょうか」


 わたしが一歩、踏み出した。


 その時だった。


――カッ。


 音もなく。


 本当に、何の前触れもなく。


 ドローンのさらに上空。成層圏の彼方から、一筋の「閃光」が奔った。


 それは雷のような自然現象ではない。


 定規で引いたように真っ直ぐで、純白で、絶対的な熱量を持った、裁きの光。


 光の矢が、迎えに来たはずのドローンを貫いた。


「え……?」


 ジュッ、という短い音。


 水滴が灼熱の鉄板に落ちたときのような、儚い音と共に。


 美しい白銀の機体は、爆発する間もなく一瞬で蒸発した。


 破片すら残らない。完全なる消滅。


「……は?」


 アリスの笑顔が凍り付く。


 わたしたちが呆然とする間もなく、世界が変貌した。


 ズズズズズズズズンッ…………!!!!


 空が、軋んだ。


 いや、空そのものが質量を持って落ちてきたような錯覚。


 大気が悲鳴を上げ、雲海が大きく割れる。


 そこから現れた巨大な影が、タネガシマの全土を覆い尽くした。


「な、なに……これ……」


 アリスが腰を抜かし、ミリアが言葉を失って後ずさる。


 現れたのは、生物ではない。


 全長600メートルはあろうかという、空に浮かぶ白銀の「山」だ。


 生物的な曲線を描きながらも、その表面は流体金属のような無機質な装甲で覆われている。


 背中からは幾何学的な光の粒子を噴出させる六枚の翼が広がり、太陽の光を遮断していた。


 神話級の機械龍――あるいは、神が作りし防衛装置『機神』。


 その圧倒的な質量と、感情の一切感じられない冷徹なプレッシャーを前に、わたしはかつてオワリ城で聞いた、エルウィンの警告を思い出していた。



 ◆◆◆



『……レヴィーネ。よいか、心して聞け』


 出立の朝。


 いつもは飄々としているエルフの女王エルウィンが、かつてないほど真剣な眼差しで、わたしに告げた。


 彼女の長い耳は緊張に強張っており、琥珀色の瞳には、長命種ゆえの深い恐怖が宿っていた。


『お主の武勇も、そのひん曲がった心根の強さも、それなりに識った上で言おう。……空を統べるドラゴンに、決して立ち向かおうなどとするでないぞ』


『あら。トヨノクニでも地竜くらいは投げ飛ばしましたけれど?』


『次元が違う』


 エルウィンは即答した。


『あれは生物ではない。「個の武勇」と比肩するものではないのじゃ。……例えるなら、そうじゃな。お主は「台風」や「地震」に喧嘩を売って勝てると思うか?』


『……物理的な実体があるなら、へし折れると思いますが』


『まったく、お主というやつは……』


 エルウィンは呆れたように頭を抱え、そして、震える声で続けた。


『もし相対し、奴に敵視されるようなことになるならば……可能かどうかはわからんが、迷わず「逃げ」よ』


『逃げろ、ですって? この(わたくし)が?』


『うむ。あれは「災害」そのものじゃ』


 彼女はオワリの空を見上げ、遠い記憶を手繰るように語った。


『その身の丈は、大世界樹(ユグドラシル)にも届く巨躯。鱗はなく、流れる水銀のような装甲は、ありとあらゆる魔法も武器も弾き返すという。……太古の昔、空を侵そうとした愚かな魔法文明が、たった一夜で火の海に沈んだのを、わらわの祖母が見たそうじゃ』


 エルウィンはわたしの肩を強く掴んだ。


 その手は、冷たかった。


『奴こそが……すべての竜の「原型」にして「頂点」。神が作りし、絶対の調停者にして、星の免疫システムじゃ。……よいな? 死にたくなければ、決して機嫌を損ねるでないぞ』



 ◆◆◆



 その言葉が、現実となって目の前に鎮座している。


 ヴィータヴェン号など比較にならない巨体。


 見上げれば首が痛くなるほどの高さにある頭部。そこにある巨大な単眼と、無数に並ぶ複眼のセンサーが、一斉に赤く明滅した。


 ブゥゥゥン……。


 腹に響く重低音と共に、無機質なシステム音声が脳内に直接響いてきた。


 それは言葉というより、意味の塊を直接叩き込まれるような感覚だった。


『――警告。許可なき航空機の起動を検知。……これより、地上汚染源の隔離(ロックダウン)を実行する』


 問答無用。慈悲なし。


 交渉の余地など欠片もない、事務的な「処理」の宣告。


 せっかく来たタクシーを塵一つ残さず消滅させ、顧客(わたしたち)ごと消し去ろうとする圧倒的強者。


「……なるほど。エルウィンが『逃げろ』と言った意味が分かりますわ」


 わたしの言葉に、アリスがすがりついてきた。


「レ、レヴィちゃん……!? どうするの!? あんなの勝てないよ! サイズがおかしいもん!」


 アリスの言う通りだ。


 生物としての本能が、警鐘を鳴らし続けている。


『逃げろ』『隠れろ』『死ぬぞ』と。


 震えるアリスを背に庇い、わたしは一歩前へ出た。


 恐怖? 絶望?


 いいえ。


 腹の底から湧き上がってきたのは、マグマのようにふつふつと煮えたぎる「怒り」だ。


「……でも、あいにくと私は『聞き分けのない女』でしてよ」


 わたしは鉄扇を、バシッ! と手のひらに打ち付けた。


 その乾いた音が、静寂に包まれたタネガシマに響き渡る。


「私のタクシーを消滅させるとは、いい度胸ですわね。……マナーのなっていない大家さんには、教育が必要かしら?」


 わたしは、頭上の絶望を睨みつけた。


 相手が神の使いだろうが、システムだろうが関係ない。


 わたしの「自由」と「快適な空の旅」を邪魔した罪は、万死に値する。



 ◆◆◆



 一方その頃。オワリ城のテラス。


 優雅にお茶を飲んでいたエルウィンの長い耳が、ピクリと跳ねた。


 彼女は湯呑みを置き、戦慄したように南の空を凝視した。


 そこには、ただならぬ魔力の奔流と、世界が軋むような気配が渦巻いていた。


「……馬鹿な。この波動は……」


 パリンッ。


 彼女の手から、湯呑みが滑り落ちて砕けた。


 熱いお茶が足にかかっても、彼女は気づかない。


「まさか、本当に呼び出したのか? 神話の『番人』を……」


 顔面蒼白になりながら、彼女は手すりを握りしめた。


 あの規格外の令嬢なら、あるいは何かをやらかすとは思っていた。


 だが、まさか神話のタブーを、こうもあっさりと踏み抜くとは。


 彼女は、届くはずのない声を風に乗せた。


「……死ぬでないぞ、無茶な娘よ。……相手は、歴史そのものなんじゃからな」


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