第137話 職人たちの魂。……必ず生きて帰ってこい、大将!
それから、数ヶ月後。
季節は巡り、冬の気配が近づく頃。
オワリの港から、一隻の巨船が出港しようとしていた。
回収を終え、さらなる改造を施されるのを待つ『魔導戦艦ヴィータヴェン号』だ。
甲板には、拉致同然に連行され、開発機材の山に埋もれたガンテツとギエモンの姿。
そして、潮風に髪をなびかせる、わたしとアリス、ミリアの姿があった。
「いよいよだね、レヴィちゃん」
アリスが、遠ざかるオワリの街並みを見つめて言った。
「うん。……タネガシマかぁ。前世だとロケットの発射場があった場所だよね。……なんか、運命感じるなぁ」
「ロケット? ……ふふ、あながち間違いじゃないわね」
わたしは、南の空を見上げた。
「わたしたちも、ここから星を目指すのだから」
『ヌゥォオオオォォォォォン…………!!』
船が汽笛を鳴らす。
目指すは南の孤島、タネガシマ。
そこで、神話の空へと続く扉をこじ開けるのだ。
「全速前進! ……さあ、忙しくなるわよ!」
こうして、トヨノクニの歴史に残る一大プロジェクト――前人未到の、空への挑戦が幕を開けたのだった。
◆◆◆
種子島への出航準備が進む中、オワリ城の地下深くにある書庫室と、遥か上空の霊峰では、二つの「攻略準備」が進行していた。
◆オワリ城・地下大書庫◆
静寂に包まれた書庫で、ミリア・コーンフィールドは、宙に浮かぶ無数の光のウィンドウと格闘していた。
彼女の目の前には、古代知性体イリスが世界中の伝承や神話を検索し、表示させた膨大なデータが並んでいる。
「……やはり。ただの『おとぎ話』で片付けるには、符合しすぎています」
ミリアが眼鏡を押し上げ、呟いた。
イリスが、無機質な声で解析結果を読み上げる。
『報告。世界各地に残る「ドラゴン」に関する伝承の共通項を抽出。
ケースA:「鉄の巨人を操り、天を侵そうとした帝国が、一夜にして滅び去った」
ケースB:「太陽を掴もうと高く飛びすぎた翼人が、ドラゴンの息吹で焼かれた」
ケースC:「星の海から災厄が降った日、黄金の竜が飛来し、災厄を噛み砕いた」』
「……なるほど。これを『防衛システム』の挙動として翻訳すると……」
ミリアは素早くメモを取る。
「ケースAは、軍事レベルが閾値を超えた文明に対する『軌道上からの広域殲滅』。
ケースBは、許可なき領空侵犯に対する『自動迎撃』。
ケースCは、隕石などの外部脅威に対する『惑星防衛機構』としての行動……」
ミリアはペンを置き、戦慄した。
「……奴らは生物ではありませんね。星を守るために設定された、情け容赦のない『過剰防衛プログラム』です」
『肯定。彼らの判断基準に「感情」や「交渉」は介在しません。……我々が「空へ行く」という行為が、彼らの定める「侵犯」のラインを超えた瞬間、問答無用で排除行動が開始されます』
「……厄介ですね。ですが、敵の正体が見えれば、対策も立てられます」
ミリアはニヤリと笑った。
相手がシステムなら、その「判定基準」を逆手に取ればいい。
破壊者ではなく、秩序ある訪問者だと認識させるための「証明書」が必要だ。
「レヴィーネ様にお伝えしなくては。……物理的な『挨拶』の準備だけでは足りないかもしれません、と」
◆霊峰フガク・山頂◆
一方その頃。
トヨノクニ最高峰、霊峰フガクの頂上は、猛烈な吹雪に包まれていた。
気温はマイナス30度を下回り、酸素は地上の半分以下。
生物の生存を許さない死の世界で、アリスはガタガタと震えながら杖を握りしめていた。
「うぅ……精霊魔法のイメージができないよぉ……! 寒すぎて頭が回らない……!」
アリスの悲痛な叫びが、暴風にかき消される。
その隣で、薄着のまま涼しい顔をしているのは、エルフの女王エルウィンだ。
「甘えるでない。……精霊を友とし、自然と一体化するエルフならぬヒューマンが、精霊魔法を使おうなどと……本来なら100年の修練が必要な道ぞ?」
エルウィンは呆れたように肩をすくめた。
アリスが彼女に弟子入りを志願したのは数日前。「レヴィちゃんを守るための宇宙服を作りたい」という無茶な願いを叶えるためだ。
「で、でもぉ……私、龍脈の神様たちとはお話しできるのになぁ……」
アリスが涙目で呟く。
その言葉に、エルウィンの眉がピクリと動いた。
「……なんじゃと?」
「え? だから、各地の神社の神様とか……お供え物すると、喜んで声が聞こえるし……」
「……ほう」
エルウィンは興味深そうに目を細めた。
この世界の神話体系において、龍脈に繋がる「土地神」とは、長い年月を経て人々の信仰を集め、神格を得た高位の「精霊」そのものである。
「なるほどな。……お主、無自覚に精霊の王クラスとコネを作っておったのか」
エルウィンは口元を緩め、そしてアリスの背中を杖で小突いた。
「ならば、素養はあるかもしれんの。……ここへ連れてきた意味もあろうというものじゃ」
「えっ? どういうこと?」
「ほれ、集中せよ。……今の状況で、お主に足りないものはなんじゃ?」
エルウィンが問う。
アリスは必死に意識を保ちながら考えた。
寒い。息が苦しい。肌が痛い。
足りないもの。
温もり。酸素。優しい空気。……生存するために必要な、あらゆる要素。
「……熱が、空気が……欲しい……」
「願うだけでは届かんぞ。……呼び寄せるのじゃ。お主が縁を結んできた、あやつらを」
アリスは目を閉じた。
意識を内側へ、そして足元の大地へと沈めていく。
思い浮かべるのは、神の姿ではない。
これまでの旅の記憶だ。
荒れ果てた神社で、おにぎりを供えた日。
デコトラのステージで、サイリウムの光を浴びて歌った夜。
アリス乳業の牛乳を飲んで、笑顔になった子供たちの顔。
『ありがとう、聖女様』
『美味かったぞ、巫女よ』
無数の声が、光の粒となってアリスの脳裏に浮かぶ。
西国から始まり、フガクでの儀式、そして全国津々浦々への行商とライブツアー。
彼女が「推し活」として広めてきたネットワークは、いつしかトヨノクニ全土の龍脈を繋ぐ、巨大な魔力回路となっていたのだ。
「……お願い。……少しずつ、御力をお貸しください……」
アリスが祈る。
自分のためではない。
無茶ばかりする親友のため。
そして、まだ手が届かぬ空の下で、飢えと絶望に晒されているかもしれない子供たちのために。
その「願い」が回路に接続された、その瞬間。
ドクンッ!!
アリスの身体を、奔流が駆け抜けた。
風の神が、空気を運ぶ。
火の神が、熱を与える。
水の神が、潤いを保つ。
全国の土地神たちが、アリスという端末を通じて、その力をフガクの頂上へ一斉に送り込んできたのだ。
「あ……あったかい……」
カァァァッ!!
アリスを中心に、黄金色の結界が展開された。
吹雪が遮断されるのではない。結界の内部だけが、春の陽だまりのように書き換えられていく。
循環する空気。適度な湿度。心地よい温度。
それは、「拒絶」ではなく「調和」によって生み出された、完全な生存圏。
「……できた。……『光の繭』……!」
アリスが目を開ける。その瞳は、神々しい光を帯びていた。
それを見ていたエルウィンが、呆れたように、しかし感嘆の吐息を漏らした。
「……人の身で、こうまで神格を得た精霊達と親しむか。……いや、これもトヨノクニという特異点であるからかや……?」
信仰という名の「推し活」が、種族の壁を超えて精霊を動かした。
この国だからこそ起きた奇跡。
「合格じゃ、アリス。……それならば、空の果てでも、お主の『声』は届くじゃろう」
◆◆◆
そして、出航の日。
オワリの港に、準備を終えたミリアとアリスが戻ってきた。
「レヴィーネ様! 敵の正体、割れました! 奴らは『星の免疫システム』です!」
「レヴィちゃん! 私、宇宙服編めたよ! これで宇宙でもお茶が飲めるよ!」
頼もしい(そして少しズレた)報告を持って駆け寄る二人を、わたしは「漆黒の玉座」に座って出迎えた。
「……ふふ。上出来ね」
わたしは鉄扇を開き、南の空を指し示した。
「敵の正体もわかった。守りも固まった。……なら、あとは『礼儀正しく』玄関を叩くだけね」
わたしは獰猛に笑った。
「行くわよ、種子島へ! ……空の大家さんに、入居の挨拶(物理)をしにね!」
最強の布陣が整った。
ヴィータヴェン号が汽笛を鳴らし、海を割って進み出す。
目指すは最南端の島。そして、その遙か上空へ。




