第136話 タネガシマにて、空へのノック! 来たれ、未知なる来訪者!
方針は決まった。
次は具体的な「手段」と「場所」の選定だ。
わたしはサーバールームのホワイトボード(兼・投影スクリーン)の前に立ち、矢継ぎ早に指示を飛ばした。
「まずは『ビーコン』そのものについてよ。イリス、設計図の解析状況は?」
『報告。基本構造の解析は完了しました。……原理としては、特定の「魔力波長」に、膨大な情報量の「言語データ」を圧縮して乗せ、指向性を持たせて射出するものです』
「言語データの圧縮?」
『はい。人間が詠唱すれば数十分かかる長大な「起動呪文」を、魔導的な変調によって一瞬の「パルス信号」に圧縮しています。……レヴィーネ様の記憶――地球で言うところの、ダイヤルアップ接続時のモデム音や、QRコードに近い概念です』
「なるほど。ピーヒョロロってわけね」
わたしは納得した。
要するに、空に向かって超高速の早口言葉を叫ぶ拡声器を作ればいいわけだ。
「装置自体は、城の放送設備を改造すれば作れそうですね。……問題は出力ですが」
ミリアが計算機を叩きながら補足する。
「成層圏まで届かせるとなると、城の全魔力を回しても足りません。……それに、場所の問題もあります」
「ええ。ここでやるわけにはいかないわ」
わたしは首を振った。
ビーコンを起動すれば、空から「お迎え」が来るかもしれない。もしくは「警備兵」か。さらに、それを感知した「空の大家」が殴り込んでくる可能性が高い。
人口密集地であるオワリ城下町で、そんな怪獣大決戦をやるわけにはいかない。
「迎撃拠点が必要ね。……住民が少なくて、開けた空があって、多少暴れても地形が変わるくらいで済む場所」
わたしは地図を広げ、ある一点を指差した。
トヨノクニの南端に位置する、細長い島。
「……ここね。『タネガシマ』」
「えっ? そこって、最近まで海賊の拠点だった無人島じゃ……」
「ええ。だから都合がいいの」
わたしはニヤリと笑った。
海賊がいようが、荒れ地だろうが関係ない。
「今すぐ領主に連絡を入れるわ。……なにがなんでも、島ごと買い取る」
「か、買い取るぅ!?」
アリスが素っ頓狂な声を上げる。
「ちょ、レヴィちゃん!? 島だよ!? 相手が売ってくれるかどうかも……」
「売らせるのよ。相手が希望する額の三倍積めば、首を縦に振らない人間はいないわ。……さあ、場所は決まり。次は『根回し』よ!」
◆◆◆
翌日。オワリ城、大広間。
緊急招集をかけたトヨノクニの首脳陣――ノブナガと、この国の実務を一手に担う四人の男たち、通称「胃痛四天王」がずらりと顔を揃えていた。
執権のアシカガ・ムネノリ。
筆頭家老のアケチ・ミツヒデ。
普請奉行のハシバ・ヒデヨシ。
勘定奉行のマツダイラ・イエヤス。
わたしは彼らを見下ろし、高らかに宣言した。
「――というわけで。しばらくの間、拠点を南の『タネガシマ』に移すわ」
ざわっ、と広間がどよめく。
「お、おい待てレヴィーネ! タネガシマだと? あそこは何もない荒れ地だぞ?」
ノブナガが眉をひそめる。
「それに、ガンテツとギエモンを連れて行くじゃと? 奴らが抜けたら、城の改築やインフラ整備はどうなるんじゃ。……まさかお主、またどこぞへ旅に出るつもりか?」
ノブナガの言葉に、不安そうな色が混じる。
彼らにとって、わたしは既に「国の心臓」に近い。またふらりと消えてしまうのではないかと危惧しているのだろう。
「安心なさい、ノブナガ」
わたしは微笑み、きっぱりと言った。
「旅に出るわけじゃないわ。……ちょっと、空を開拓しようと思ってね」
「そ、空ぁ……?」
四天王たちが顔を見合わせる。
「ええ。忙しくなりそうなのよ。……でも、誤解しないで。世界一美味しいお米が食べられるトヨノクニが、今のわたくしのホームよ。必ず帰ってくるわ」
その言葉に、ノブナガは少しだけ安堵したように息を吐き、そして苦笑した。
「……ふん。まあよい。空だか宇宙だか知らんが、お主のやることに口を出しても無駄じゃからの。……で? 留守の間の差配はどうする?」
「決めてあるわ」
わたしは扇子で、普請奉行の男を指し示した。
「ヒデヨシ! 『黒鉄組』の指揮権は、あんたの直下で動けるようにしておいたわ」
「は、はぁ!? わ、わしにですかぁ!?」
現場作業でよく陽に焼けたヒデヨシが素っ頓狂な声を上げた。
「ちょ、ちょっと待ってちょうよレヴィーネ様! 黒鉄組の連中たぁ、荒くれ者ばっかで、わしの言うことなんか聞きゃせんがね!」
「そこをまとめるのが『人たらし』のあんたの仕事でしょう? ……いいこと? 国内のインフラはまだまだ万全とは言えないわ。あんたの機動力で、現場を指揮しなさい」
わたしはドスを利かせて付け加えた。
「どこにいても――具体的にはタネガシマの荒野でも! 美味しいご飯が食べられるように流通を確保するのよ!」
「ひ、ひぃぃぃ! しょ、食の流通! わ、わかったがね! 死ぬ気で道作るでよぉ、レヴィーネ様の胃袋には指一本触れさせんがや!」
「よろしい。……次はイエヤス!」
「……は、はい」
タヌキ顔の小太りな男、勘定奉行のイエヤスが、脂汗を拭いながら前に出た。
彼は常に国の財政と、レヴィーネやノブナガの浪費との板挟みにあっている苦労人だ。
「あんたのそのドケチ……もとい、堅実な金勘定には期待しているわ。……V&C商会と、わたくしの個人資産の30%を『トヨノクニ・ホールディングス』の開発費として出資するわ」
「さ、30%……!?」
イエヤスの顔色が蒼白になる。
国家予算数年分に相当する金額が、一気に動こうとしているのだ。
「レ、レヴィーネ様……正気でございますか? それほどの額、もし運用を誤れば、トヨノクニの経済バランスそのものが崩壊しかねませんぞ……」
「だから、あんたに預けるのよ。ムネノリ、ミツヒデとよくよく相談して運用なさい。……1ベルたりとも無駄にしたら、どうなるかわかっているわね?」
「……うう、胃が……。承知いたしました。……このイエヤス、命と胃壁を削ってでも、必ずや適正に運用してみせましょう」
そろばんを抱えてガクガク震えるイエヤス。
次いで、わたしは筆頭家老のアケチ・ミツヒデに視線を向けた。
「ミツヒデ」
「はっ」
涼やかな顔立ちの男が、静かに頭を下げる。
彼は言葉こそ少ないが、ノブナガに最も古くから仕える忠臣だ。
「あんたはノブナガ直下の腹心なのだから、私から特に言うことはないけれど……ノブナガのこと、くれぐれも頼んだわよ」
「……御意。我が命に代えましても」
短く、しかし重い返答。
そしてわたしは、傍らに控える執権――アシカガ・ムネノリを見た。
彼は無言で、しかし誰よりも深く状況を理解した目でこちらを見ていた。
「……ムネノリ。頼んだわよ?」
「……は」
ムネノリは静かに頭を垂れた。
ノブナガという覇王と、レヴィーネという規格外。その二つの台風の目にあって、実務の全てを取り仕切ってきた男。
「ヒデヨシとイエヤスが暴走せぬよう、手綱はあなたにお任せします。……ノブナガの背中と、この国の行政。あなたの手腕だけが頼りよ」
「……過分なお言葉です」
ムネノリが顔を上げた。その表情には、覚悟と、隠しきれない疲労の色が混じっている。
「ノブナガ殿の野望も、貴女様の夢も、それを支える土台があってこそ。……留守はお任せを。この国の安寧、私の胃が尽きるまで支えさせていただきます」
四天王たちの悲痛な覚悟を確認し、わたしは満足げに頷いた。
そして最後に、海運を統括する男に視線を向けた。
「リョウマ!」
「おっと。やっと出番ぜよ?」
ニヤリと笑ったのは、海運会社「黒船屋」の社長、サカモト・リョウマだ。
彼は懐手をしたまま、飄々と前に出た。
「ヴィータヴェン号は、しばらくタネガシマで『ドック入り』になるわ。……姉妹艦だけで、交易に支障はない?」
「うーん……。正直、キツイぜよ」
リョウマが頭をかく。
「あの船一隻で、普通の商船団十個分の積載量があるきに。あれが抜けると、物流が滞るかもしれんちゃ」
「そう。物流量の減少が見込まれるのね」
わたしは即断した。
「なら、帝国に連絡を入れるわ。……最新の高速商船を、五隻ほど融通してもらいましょ」
「は?」
「代金はわたしのポケットマネーで払うわ。明日には引き渡し契約を結んでくるから、あんたはクルーの確保をお願いね」
「……ぶふっ! 相変わらず豪快じゃのう!」
リョウマが膝を叩いて笑った。
「帝国の最新鋭艦を五隻もポケットマネーで!? ……たまげたぜよ。わかった、船の手配は任せとき! トヨノクニの夜明けは近いぜよ!」
これですべての配置は整った。
わたしは翻した裾で風を切り、宣言した。
「総員、解散! ……ガンテツ、ギエモン! あんたたちは荷物をまとめなさい! 明日からタネガシマで地獄の開発合宿よ!」




