第133話 空への挑戦状! ビーコンで「お迎え」を呼び出せ!
鉄扇で口元を隠し、ミリアに視線を送る。
「……ねえ、ミリア。その島がまだ浮いているということは、そこには『巨大な質量を浮かせ続けるエンジン』が現存している、ってことよね?」
「……! 理論上はそうなります。島を浮遊させるほどの反重力機関……。もしそれを入手し、解析できれば、ヴィータヴェン号への移植も……!」
「決まりね」
わたしはニヤリと笑った。
「作るのが無理なら、『持っている奴』から奪えばいいのよ。……『空飛ぶ島』ごと頂いてしまいましょう」
「いやいやレヴィちゃん! 奪うって言っても、相手は空の上だよ!? どうやって行くのさ!」
「そうじゃな。そこが問題じゃ」
エルウィンは、テーブルの上の設計図を手に取った。
そして、ふむ、と目を細める。
「……ふむ。これは『送迎機』の機体構造図じゃな。これを今の技術で再現するのは無理じゃろう」
「やっぱり……」
「じゃが、こっちの端に書かれておる術式……。これは推進機関ではなく、通信コードじゃな。……『お迎え要請ビーコン』の信号パターンじゃ」
「お迎え?」
「うむ。地上の王族がシェルターへ逃げる際、空の島へ向けて『乗せてくれ』と信号を送るための合言葉じゃよ。……これを使って呼び出せば、島から自動操縦の小型艇か、あるいは転移ゲートが降りてくるはずじゃ」
「……!」
全員が顔を見合わせた。
ミリアが、設計図を食い入るように見つめ、そしてバッと顔を上げた。
「……いけます! 機体そのものを作るのは無理ですが、この『通信術式の波長』を解析して、城の放送設備から増幅して発信することなら可能です!」
「つまり、空に向かって『タクシー配車』の電話をかけるようなものってわけね?」
わたしは立ち上がり、残りのシェイクを一気に飲み干した。
「いいでしょう。……偽のSOS信号でお迎えを呼び出し、やってきた船をハイジャックして、本丸へ殴り込みをかける。……悪役らしくて、ゾクゾクする作戦だわ!」
「うわぁ……。空の古代遺跡相手に『強盗』を働く気だよこの人……」
アリスが頭を抱えるが、その顔は笑っていた。
道は見えた。
空に道がないなら、向こうから迎えに来させればいいのだ。
「総員、オワリ城へ帰還! イリス、ミリア! ただちに『偽造信号』の発信準備を! ……空からの来訪者を、盛大に『おもてなし』してあげるわよ!」
わたしがドレスを翻して店を出ようとすると、エルウィンがふぅ、と満足げな(そして少し冷ややかな)息を吐いて呼び止めた。
「……まあ、やるなら止めはせぬがの。空なんぞに浮かんで何をする気かわからんが、そんないいもんでもないぞ?」
「あら? 経験者は語る、ですの?」
わたしが問い返すと、エルウィンは緑のヒゲをナプキンで拭いながら、どこか遠い目をした。
「ハイエルフは精霊に愛された種族じゃ。風の精霊に頼めば、雲の上まで飛ぶことなど造作もない。……じゃがな、天蓋ほどの高さになれば、世界は死の領域じゃ」
彼女は指を一本立てた。
「まずは寒さじゃ。吐く息どころか、血液まで凍る極寒の世界。さらに、空気も薄い。我々ハイエルフはそのあたりも精霊任せでなんとでもなるが、ヒューマンはそうもいかんであろう?」
「……酸素濃度と気温の低下。ええ、成層圏ならマイナス数十度は当たり前ですわね」
わたしは前世の知識と照らし合わせて頷いた。
「空の旅は高ければ高いほど面倒になるもんじゃ。古代の『天蓋の揺り籠』は、完璧な環境維持機能も持ち合わせておったろうが……1000年以上前の『大戦』でヒューマンどもの文明が後退してからは、当然廃墟じゃ。そんな機能も残されておらんじゃろ」
「つまり、暖房も酸素もない廃墟に殴り込むことになる、と」
「うむ。準備なしに行けば、宝を見つける前に干物になるぞえ」
エルウィンはそこで言葉を切り、琥珀色の瞳を細めてわたしを見据えた。
その瞳の奥には、長命種特有の、底知れぬ深淵が宿っていた。
「……それに、な。わらわは空になど興味をなくして永いが、空には空の『縄張り』があるのじゃ」
「縄張り?」
「そうじゃ。ただ浮いて巡航しているだけの避難シェルターのようなものならともかく……『空を統べる』となれば、話は別じゃ。この世界を如何様にでもできるということでもあるからの」
彼女の声色が、一段低くなった。
「空から石を落とせば、地上の城など簡単に砕ける。愚かしい戦争にでもなれば、超高度の空を制するものは、それこそ一方的に攻撃のしほうだいじゃからな。……均衡が崩れる。世界が終わる」
「……確かに。航空優勢の確保は、戦争の勝敗を決する絶対条件ですわ」
わたしが頷くと、エルウィンは厳かに告げた。
「じゃから、『神』はこの空に縄張りを敷かれたのじゃ」
その単語に、わたしの眉がピクリと動いた。
「……『神』? それは、ラノリアの背後にいたような? トヨノクニを瘴気で滅ぼそうとしたような、あのろくでもない連中のことですの?」
わたしの言葉に、エルウィンはくつくつと喉を鳴らして笑った。
「ほほう。話には聞いておったが、あやつらと相対し、その上でへし折ったのかお主。まこと人の身にしておくには惜しい武勇よのう」
彼女は賞賛するように目を細めたが、すぐに首を振った。
「じゃが、あれらとは全く違うものよ。……創世の神じゃ」
「創世……?」
「海をつくり、大地をつくり、空をつくり、世界樹を植えた、大きな大きな根源の存在じゃ……。数千年を生きたハイエルフでもなかなか辿り着けぬ、根源の果ての果てにおわす偉大な存在じゃよ」
彼女は天井――その向こうにある空を見上げた。
「その神が、空に不可侵の縄張りを敷かれた。……空の覇者として。力の天秤として。そして、愚かな地上の民が領域を侵さぬよう見張る、空の監視者として――それが、『ドラゴン』じゃ」
ドラゴン。
その響きに、わたしは思わず肩透かしを食らった気分になった。
「……ドラゴン? あら、なんだか急に話が小さくなりましたわね」
わたしは鼻で笑った。
「あのトカゲがそんな大層な存在だというの? トヨノクニの山奥にも地竜がいましたけれど、ただの大きな爬虫類でしたわよ?」
わたしの反応を見て、エルウィンは「やれやれ」と首を振った。
「お主がいっておるのは、飛竜やら地竜やら、いっても古代龍のことじゃろ。……よいかレヴィーネ。あれらは、空を統べる真のドラゴンの『眷属』に過ぎんよ」
「眷属……?」
「うむ。アリと、人間ほどの差がある。……真のドラゴンはな、ただの生物ではない。神によって作られた、生きた『災害』であり『システム』そのものじゃ」
エルウィンは真顔で、脅すように言った。
「ブレス一つで国を焼き、その鱗はあらゆる魔法を弾き、その爪は次元すら引き裂く。……もしお主が空へ上がり、ただの移動手段としてではなく、空を『征服』しようとするならば……奴らは必ず現れるぞ。世界の均衡を保つためにな」
店内が静まり返る。
アリスやミリアがゴクリと喉を鳴らす音が聞こえた。
神の使い。世界の抑止力。絶対的な空の王者。
けれど、それを聞いたわたしの唇は、自然と三日月型に歪んでいた。
「……なるほど。トカゲだと思ったら、世界の『管理システム』でしたの」
わたしは鉄扇をパチンと閉じた。
「上等じゃない。……『空を制する者は世界を制する』。だから神様が蓋をした。……だったら、その蓋をこじ開けてこそ、真の『悪役令嬢』というものですわ!」
「……くくっ。やはりそう来るか」
エルウィンは呆れるどころか、愉快そうに笑った。
「よいよい、行くがよい。……退屈していたわらわへの、何よりの余興じゃ。土産話を楽しみにしておるぞ、命知らずの娘よ」
神の作ったシステムだろうが、最強のドラゴンだろうが関係ない。
邪魔をするなら、へし折るだけ。
最大の障害と、最大の褒美。
ターゲットは定まった。
「さあ、帰りますわよ! ……ドラゴン退治の準備もしなくちゃいけませんからね!」
わたしはドレスの裾を翻し、店を出た。
見上げた秋の空は、どこまでも高く、蒼く澄み渡っていた。
あそこで、最強の敵が待っている。
武者震いが、止まらなかった。




