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悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~前世は病弱、今世は物理最強。魔法もチートも私には勝てません~  作者: みやもと春九堂@月館望男
【第13部】天を衝く悪役令嬢編 ~空に道がないなら、番人をへし折って「お迎え」にすればよろしいのです~
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第133話 空への挑戦状! ビーコンで「お迎え」を呼び出せ!

 鉄扇で口元を隠し、ミリアに視線を送る。


「……ねえ、ミリア。その島がまだ浮いているということは、そこには『巨大な質量を浮かせ続けるエンジン』が現存している、ってことよね?」


「……! 理論上はそうなります。島を浮遊させるほどの反重力機関……。もしそれを入手し、解析できれば、ヴィータヴェン号への移植も……!」


「決まりね」


 わたしはニヤリと笑った。


「作るのが無理なら、『持っている奴』から奪えばいいのよ。……『空飛ぶ島』ごと頂いてしまいましょう」


「いやいやレヴィちゃん! 奪うって言っても、相手は空の上だよ!? どうやって行くのさ!」


「そうじゃな。そこが問題じゃ」


 エルウィンは、テーブルの上の設計図を手に取った。


 そして、ふむ、と目を細める。


「……ふむ。これは『送迎機』の機体構造図じゃな。これを今の技術で再現するのは無理じゃろう」


「やっぱり……」


「じゃが、こっちの端に書かれておる術式……。これは推進機関ではなく、通信コードじゃな。……『お迎え要請ビーコン』の信号パターンじゃ」


「お迎え?」


「うむ。地上の王族がシェルターへ逃げる際、空の島へ向けて『乗せてくれ』と信号を送るための合言葉じゃよ。……これを使って呼び出せば、島から自動操縦の小型艇か、あるいは転移ゲートが降りてくるはずじゃ」


「……!」


 全員が顔を見合わせた。


 ミリアが、設計図を食い入るように見つめ、そしてバッと顔を上げた。


「……いけます! 機体そのものを作るのは無理ですが、この『通信術式の波長』を解析して、城の放送設備から増幅して発信することなら可能です!」


「つまり、空に向かって『タクシー配車』の電話をかけるようなものってわけね?」


 わたしは立ち上がり、残りのシェイクを一気に飲み干した。


「いいでしょう。……偽のSOS信号でお迎えを呼び出し、やってきた船をハイジャックして、本丸(空の島)へ殴り込みをかける。……悪役(ヒール)らしくて、ゾクゾクする作戦だわ!」


「うわぁ……。空の古代遺跡相手に『強盗』を働く気だよこの人……」


 アリスが頭を抱えるが、その顔は笑っていた。


 道は見えた。


 空に道がないなら、向こうから迎えに来させればいいのだ。


「総員、オワリ城へ帰還! イリス、ミリア! ただちに『偽造信号』の発信準備を! ……空からの来訪者を、盛大に『おもてなし』してあげるわよ!」


 わたしがドレスを翻して店を出ようとすると、エルウィンがふぅ、と満足げな(そして少し冷ややかな)息を吐いて呼び止めた。


「……まあ、やるなら止めはせぬがの。空なんぞに浮かんで何をする気かわからんが、そんないいもんでもないぞ?」


「あら? 経験者は語る、ですの?」


 わたしが問い返すと、エルウィンは緑のヒゲをナプキンで拭いながら、どこか遠い目をした。


「ハイエルフは精霊に愛された種族じゃ。風の精霊に頼めば、雲の上まで飛ぶことなど造作もない。……じゃがな、天蓋ほどの高さになれば、世界は死の領域じゃ」


 彼女は指を一本立てた。


「まずは寒さじゃ。吐く息どころか、血液まで凍る極寒の世界。さらに、空気も薄い。我々ハイエルフはそのあたりも精霊任せでなんとでもなるが、ヒューマンはそうもいかんであろう?」


「……酸素濃度と気温の低下。ええ、成層圏ならマイナス数十度は当たり前ですわね」


 わたしは前世の知識と照らし合わせて頷いた。


「空の旅は高ければ高いほど面倒になるもんじゃ。古代の『天蓋の揺り籠』は、完璧な環境維持機能も持ち合わせておったろうが……1000年以上前の『大戦』でヒューマンどもの文明が後退してからは、当然廃墟じゃ。そんな機能も残されておらんじゃろ」


「つまり、暖房も酸素もない廃墟に殴り込むことになる、と」


「うむ。準備なしに行けば、宝を見つける前に干物になるぞえ」


 エルウィンはそこで言葉を切り、琥珀色の瞳を細めてわたしを見据えた。


 その瞳の奥には、長命種特有の、底知れぬ深淵が宿っていた。


「……それに、な。わらわは空になど興味をなくして永いが、空には空の『縄張り』があるのじゃ」


「縄張り?」


「そうじゃ。ただ浮いて巡航しているだけの避難シェルターのようなものならともかく……『空を統べる』となれば、話は別じゃ。この世界を如何様にでもできるということでもあるからの」


 彼女の声色が、一段低くなった。


「空から石を落とせば、地上の城など簡単に砕ける。愚かしい戦争にでもなれば、超高度の空を制するものは、それこそ一方的に攻撃のしほうだいじゃからな。……均衡が崩れる。世界が終わる」


「……確かに。航空優勢(制空権)の確保は、戦争の勝敗を決する絶対条件ですわ」


 わたしが頷くと、エルウィンは厳かに告げた。


「じゃから、『神』はこの空に縄張りを敷かれたのじゃ」


 その単語に、わたしの眉がピクリと動いた。


「……『神』? それは、ラノリアの背後にいたような? トヨノクニを瘴気で滅ぼそうとしたような、あのろくでもない連中のことですの?」


 わたしの言葉に、エルウィンはくつくつと喉を鳴らして笑った。


「ほほう。話には聞いておったが、あやつらと相対し、その上でへし折ったのかお主。まこと人の身にしておくには惜しい武勇よのう」


 彼女は賞賛するように目を細めたが、すぐに首を振った。


「じゃが、あれらとは全く違うものよ。……創世の神じゃ」


「創世……?」


「海をつくり、大地をつくり、空をつくり、世界樹を植えた、大きな大きな根源の存在じゃ……。数千年を生きたハイエルフでもなかなか辿り着けぬ、根源の果ての果てにおわす偉大な存在じゃよ」


 彼女は天井――その向こうにある空を見上げた。


「その神が、空に不可侵の縄張りを敷かれた。……空の覇者として。力の天秤として。そして、愚かな地上の民が領域を侵さぬよう見張る、空の監視者として――それが、『ドラゴン』じゃ」


 ドラゴン。


 その響きに、わたしは思わず肩透かしを食らった気分になった。


「……ドラゴン? あら、なんだか急に話が小さくなりましたわね」


 わたしは鼻で笑った。


「あのトカゲがそんな大層な存在だというの? トヨノクニの山奥にも地竜がいましたけれど、ただの大きな爬虫類でしたわよ?」


 わたしの反応を見て、エルウィンは「やれやれ」と首を振った。


「お主がいっておるのは、飛竜(ワイバーン)やら地竜(グランドドラゴン)やら、いっても古代(エンシェント)(ドラゴン)のことじゃろ。……よいかレヴィーネ。あれらは、空を統べる真のドラゴンの『眷属』に過ぎんよ」


「眷属……?」


「うむ。アリと、人間ほどの差がある。……真のドラゴンはな、ただの生物ではない。神によって作られた、生きた『災害』であり『システム』そのものじゃ」


 エルウィンは真顔で、脅すように言った。


「ブレス一つで国を焼き、その鱗はあらゆる魔法を弾き、その爪は次元すら引き裂く。……もしお主が空へ上がり、ただの移動手段としてではなく、空を『征服』しようとするならば……奴らは必ず現れるぞ。世界の均衡を保つためにな」


 店内が静まり返る。


 アリスやミリアがゴクリと喉を鳴らす音が聞こえた。


 神の使い。世界の抑止力。絶対的な空の王者。


 けれど、それを聞いたわたしの唇は、自然と三日月型に歪んでいた。


「……なるほど。トカゲだと思ったら、世界の『管理システム』でしたの」


 わたしは鉄扇をパチンと閉じた。


「上等じゃない。……『空を制する者は世界を制する』。だから神様が蓋をした。……だったら、その蓋をこじ開けてこそ、真の『悪役(ヒール)令嬢』というものですわ!」


「……くくっ。やはりそう来るか」


 エルウィンは呆れるどころか、愉快そうに笑った。


「よいよい、行くがよい。……退屈していたわらわへの、何よりの余興じゃ。土産話を楽しみにしておるぞ、命知らずの娘よ」


 神の作ったシステムだろうが、最強のドラゴンだろうが関係ない。


 邪魔をするなら、へし折るだけ。


 最大の障害(ドラゴン)と、最大の褒美(空飛ぶ島)


 ターゲットは定まった。


「さあ、帰りますわよ! ……ドラゴン退治の準備もしなくちゃいけませんからね!」


 わたしはドレスの裾を翻し、店を出た。


 見上げた秋の空は、どこまでも高く、蒼く澄み渡っていた。


 あそこで、最強の敵が待っている。


 武者震いが、止まらなかった。


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