第132話 飛行機は無理? ならば「空飛ぶ島」を奪いに行きましょう!
博覧会の喧騒が一段落した、オワリ城の地下ドック。
そこには、トヨノクニが誇る最高の技術者たちが集結し、そして――絶望的な顔で頭を抱えていた。
「……無理だ。こいつはどうあがいても飛ばねえ」
重い沈黙を破ったのは、鍛冶師ガンテツだった。
彼は作業台に広げられた『古代の設計図』に、愛用のハンマーをドンと置いた。
「構造は理解できた。空気を取り込み、圧縮し、爆発させて推進力を得る『ジェット機関』……理屈は通ってる。だがな、素材が話にならん」
ガンテツが、設計図の隅に記された素材コードを指差す。
「この燃焼室の熱と圧力に耐えて、かつ紙みてぇに軽い金属なんざ、ミスリルを極限まで薄くしても無理だ。……イリスの嬢ちゃん、こりゃ何だ?」
空中に投影されたホログラムの少女――古代知性体イリスが、無機質に答える。
『解析。該当素材コード:ヒヒイロカネ・カーボン複合材。……現在の技術レベルでの生成・加工は不可能です。代替素材としてミスリル合金、またはアダマンタイトを使用した場合、重量過多により離陸に必要な揚力を得られません』
「だ、そうだ」
次に声を上げたのは、からくり技師のギエモンだ。彼はキセルをふかしながら、天井を仰いだ。
「仮に、だ。仮に機体を軽くできたとしても、今度は『積載量』の問題が出る。……これ、人間一人乗せるのが精一杯だぞ?」
その言葉に、魔導計算機を叩いていたミリアが、氷のような視線を上げた。
「……その通りです。試算が出ました」
ミリアが黒板に、絶望的な数字を書き殴る。
「動力源となる高純度魔石のコスト。機体のメンテナンス費用。そしてパイロットの育成費。……これだけの予算を投じて、運べるのは『操縦士一人』と『サンドイッチの入ったバスケット一つ』だけです」
「うわぁ……コスパ最悪」
隣で話を聞いていたアリスが、げんなりとした顔をした。
「それなら、高レベルの風魔法使いに『浮遊』かけてもらって飛ぶか、私が収納魔法で荷物持って転移した方が百倍マシじゃん。……つまり、『飛ぶだけの贅沢品』ってこと?」
「結論が出ましたね」
ミリアが設計図をパタンと閉じた。
「不採用です。こんな金食い虫を開発する予算があるなら、デコトラのサスペンションを改良するか、新しい養殖場を作った方がマシです。『飛ぶ意味がない』……それが結論です」
技術的敗北。そして商業的失格。
誰もが「解散」の空気を漂わせる中、一人だけ納得していない人物がいた。
わたし、レヴィーネ・ヴィータヴェンだ。
「……つまり、この世界の空には『夢』も『ロマン』もない、ってこと?」
わたしは不満げに腕を組み、地下ドックの天井を見上げた。
天井の向こうにあるはずの蒼穹を睨みつけるように、わたしは言葉を継ぐ。
「ただ鳥と魔法使いが飛ぶだけの、退屈な空間だと? ……次は空だ、と意気込んでいたわたしの野望は、ここで座礁したってわけね」
「まあ、地球の飛行機は『大量輸送』ができるから革命だったわけで……。個人の移動手段なら魔法でいいもんね」
アリスが慰めるように肩を叩く。
だが、その言葉がわたしの脳裏に閃きを与えた。
「……大量輸送?」
わたしは顔を上げ、ドックの窓の外を見た。
そこには、メンテナンス中の我が愛船――『魔導戦艦ヴィータヴェン号』が鎮座している。
クラーケンの骨格と、古代樹の大木、そして数多の魔導具で構成された、動く要塞。
わたしは、ニヤリと笑った。
「なるほど。……小さな機体にちまちまと荷物を積もうとするから、採算が合わないのよ」
「は?」
一同が動きを止める。
わたしは鉄扇を開き、高らかに宣言した。
「空を飛ぶ『利』がないなら、『利』を作ればいい。……あの船を、そのまま空に上げるわよ」
「「「はあああああッ!?」」」
ガンテツとギエモンが同時に叫んだ。
「た、大将、正気か!? あれは船っつーか、もはや『動く人工島』だぞ! 重量が何万トンあると思ってやがる!」
「構造材も持たん! 今は海に浮いてるから自重を支えられてるが、空中に持ち上げりゃ、自重でバキッと真っ二つだ! 物理的に不可能じゃ!」
技術者たちの悲鳴を、わたしは鼻で笑い飛ばした。
「あら。それこそ昔の『空飛ぶ島』のお話みたいなスケールで素敵じゃない?」
「うわ出た、ラピュタ理論!」
アリスが頭を抱える。
「物語とはいえ、空に島を浮かべる発想はあったわけじゃない。……で、どうなの? アリス、この世界にはないの? そういう伝説や伝承は」
「えーっと……お伽噺レベルなら『天かける船』とかあった気がするけど……」
「わしらドワーフはそもそもが穴ぐらのもんじゃからな。そういうもんは知らん」
「コーンフィールド領にもそういうおとぎ話はないですねぇ」
「トヨノクニにゃアメノトリフネなんてもんの話があるが、ありゃあ神話のもんじゃな」
八方塞がりだ。
技術も無理。伝説も曖昧。
煮詰まった空気が場を支配する。
「……はぁ。ダメね。頭が糖分を欲しているわ」
わたしは椅子から立ち上がった。
「休憩にしましょう。……ダテの『ずんだシェイク』でも飲まないと、やってられないわ」
どうにもならない煮詰まりを感じたわたし達は地下ドックを後にした。
◆◆◆
オワリ城下町、アンテナショップ『ダテ茶屋』。
和風モダンな店内は、博覧会の余韻を楽しむ観光客で賑わっていた。
だが、その一番奥の席に、異様なオーラを放つ人物がいた。
「……む。お主らか」
巨大なジョッキに入った鮮やかな緑色の液体――『メガ盛りずんだシェイク(白玉入り)』にストローを突き刺し、一心不乱に吸い上げていたのは、エルフの女王エルウィンだった。
その口元には、立派な緑色の「ずんだヒゲ」ができている。
「……まったく野蛮な飲み物じゃ。豆の野性味を豆の乳が包み込み、脳髄に直接糖分を叩き込んでくる……。恐ろしい……まったくまったく……ズズズッ」
「……陛下。すっかり中毒ね」
わたしは呆れつつも、向かいの席に座った。
ミリアやガンテツたちも、それぞれシェイクや団子を注文し、死んだ魚のような目で糖分を摂取し始める。
「……なんじゃ、死にそうな顔をして。商売が上手くいっておらぬのか?」
「いいえ。……空が遠いのよ」
わたしは懐に手を入れ、アレクセイから託された「筒」の感触を確かめた。
『腹心以外には見せるな』と言われた、帝国の最高機密。
だが、目の前にいるのは人外の女王であり、人間の政治的なしがらみとは無縁の存在だ。何より、1000年を超えて生きたという彼女なら、この古代の遺物について何か知っているかもしれない。
(……背に腹は代えられない、わね)
わたしは覚悟を決め、筒から例の設計図を取り出し、テーブルの上に広げた。
「飛行機を作ろうとしたのだけれど、技術的に無理だったの。……『空飛ぶ島』でもあれば、話は別なのだけど」
「ん? こりゃまた懐かしい……『天蓋の揺り籠』の関連資料か?」
エルウィンが、ストローをくわえたまま、こともなげに言った。
「……『天蓋の揺り籠』?」
アリスが素っ頓狂な声を上げた。
「知ってるんですか!? っていうか、あるんですか!? その、天空の城的なものが!?」
「あるぞ? というか、わらわが子供の頃……そうじゃな、800年くらい前までは、たまに上空を通過しておったわ」
エルウィンは、空になったカップの氷をガリガリと噛み砕きながら、遠い目をした。
「あれは古代文明の遺産じゃよ。地上が戦争で汚染された時に、一部の特権階級が逃げ込むためのな。……まあ、今はもう誰も住んでおらぬ廃墟じゃろうが、動力だけは生きて浮遊しておるようじゃな。どこぞに墜ちたという話も聞かんし」
「動力だけは生きている……」
その言葉に、わたしはピクリと反応した。




