第131話 空飛ぶ悪役令嬢!? 次なる野望は「飛行機」の開発!
その異様な、けれど熱すぎる光景を目の当たりにして、最初に吹き出したのは獣王ガロンだった。
「……く、ガハハハハハッ!!」
ガロンは腹を抱えて爆笑し、テーブルをバンバンと叩いた。
「違げえねえ! どいつもこいつも、あの女に狂わされた連中ってわけか! ……最高だぜ! だったら俺たちも混ぜろよ!」
エルフの女王エルウィンも、呆れながらも楽しげに扇子を開いた。
「やれやれ……。男たちときたら、なんと子供っぽい。……だが、わらわとて、あの娘に受けた恩(とスイーツの借り)を忘れられるほど薄情ではないぞ?」
ゲイルが葉巻を噛み潰し、ニヤリと笑う。
「へッ。そんだけ愛されてる『悪役』も珍しいぜ。……いいだろう。ベガスの全財産、この『馬鹿げた賭け』に乗っけてやるよ!」
それに続いたのは、隻腕の老紳士だった。
「ふふ。……神に仕える身とはいえ、昔の『裏通り』のツテが全て消えたわけではないからね」
マテオ神父が、穏やかな、けれどかつての伝説のルチャドールとしての凄みを瞳に宿して、力強く微笑んだ。
「サン・ルーチャも、可能な限り協力しましょう。……迷える羊に、少々手荒な『導き』が必要なようですから」
柱の陰で聞いていたわたしは、熱くなる目頭を指で押さえ、深くため息をついた。
……本当に、馬鹿な男たち。
そんな風に守られたら、胸が詰まってしまうじゃない。
けれど、彼らのあまりに深い情愛に触れて、人目も憚らず涙を流すなんて……私が目指す、気高く恐ろしい『理想の悪役』らしくない。
悪役は、いつだって不敵に笑って、全てを飲み込むものなのだから。
これで、反撃の駒は揃った。
わたしは涙をぐっと飲み込み、鉄扇をバッと広げ、彼らの前に姿を現した。
「……お待たせいたしました、皆様。役者は揃ったようですわね」
わたしは地図の上に、ミリアが作成した新たな『契約書』を叩きつけた。
「西方連邦の保険組合なんて、今日限りでクビですわ。……これより、わたしたちで新しい『世界基準』を作ります」
帝国の資金、ラノリアの権威、ベガスの現金、そして獣人・エルフ・マフィアによる裏ルート。
これらを統合した、西方連邦を世界経済から弾き出すための、最強の「逆・経済封鎖(倍返し)」の始まりである。
◆◆◆
オワリ城での「歴史的土下座」から、わずか三日後。
世界の経済地図は、音を立てて塗り替えられていた。
西方連邦、商業ギルド本部。
大理石でできた豪華な執務室で、ロックウェル議長は震える手で報告書を握りつぶしていた。
「な、なぜだ……! なぜどの船も動かない!? 『トヨノクニ保険』だと!? そんなふざけた組合、誰が信用するというんだ!!」
彼の目の前にあるスクリーンには、世界中の港の状況が映し出されている。
西方連邦の旗を掲げた港は閑散としており、積み荷は山積みになったまま動かない。
対照的に、トヨノクニの同盟国(帝国、ラノリア、獣人国、サン・ルーチャ)の港は、かつてない活況を呈していた。
部下が悲鳴のような声を上げる。
「議長! 大手海運会社が次々と連邦保険組合からの脱退を表明しています! 『トヨノクニ保険』のほうが掛け金が安く、しかもバックに帝国とベガスがついているから安心だと……!」
「ば、馬鹿な! あんな極東の田舎侍どもに、そんな信用があるわけがない!」
さらに追い打ちがかかる。
「け、契約していた傭兵団や護衛艦隊からも契約破棄の連絡が! 『獣王とエルフの女王を敵に回したくない』と……!」
「つ、通貨レートが暴落しています! 世界中の投資家が連邦ベルを売って、トヨノクニの『コメ手形』を買い漁っています!」
経済封鎖。
それは本来、強者が弱者を締め上げるための手段だ。
だが今、世界中から「のけ者」にされているのは、他ならぬ西方連邦のほうだった。
彼らが作り上げた「信用」という城壁は、レヴィーネの人脈という「質量兵器」の前に、脆くも崩れ去ったのだ。
「く、くそっ! 話が違うぞ! ただの筋肉女と野蛮人の国じゃなかったのか……!」
ロックウェルは脂汗を流しながら、通信機のスイッチを入れた。
プライドなど言っていられない。このままでは連邦が干上がってしまう。
『……あら。ようやく繋がりましたわね、議長さん』
ホログラムに映し出されたのは、優雅に鉄扇を揺らすレヴィーネ・ヴィータヴェン。
その背後には、ノブナガ、ギルベルト、アレクセイといった、そうそうたる面々が冷ややかな視線を送っている。
「レ、レヴィーネさん! 誤解だ! あれはちょっとした交渉のテクニックで……そう、ジョークですよ! すぐに保険料を元に戻します! だから、あのふざけた『トヨノクニ保険』とやらを撤回していただきたい!」
ロックウェルは必死に愛想笑いを浮かべた。
だが、レヴィーネは微笑んだまま、何も答えない。
代わりに一歩進み出たのは、黄金の羽織を纏った天下人、オダ・ノブナガだった。
『……ロックウェルとか言ったか。金の亡者よ』
低い、地を這うような声。
画面越しでも伝わる覇気に、ロックウェルは思わず後ずさった。
『貴様は計算したのじゃろう。トヨノクニの国力を。「金」という天秤にかけてな。……だが、貴様のその薄汚い天秤には、決して乗らぬ「重み」があることを知らなかったようじゃ』
「お、重みだと……?」
『そうじゃ。……わしはこの三日前、この頭を地につけた』
ノブナガは自身の額を指差した。
『このオダ・ノブナガが。天下を統べるこのわしが! 友のために、プライドも、面子も、全てをかなぐり捨てて、地べたに頭を擦り付けたのじゃ!!』
その激昂に、通信機の映像がビリビリと震える。
ロックウェルは言葉を失った。一国の主が土下座をした? ビジネスのために? ありえない。理解できない。
『貴様にはわからんじゃろうな。損得でしか動かぬ貴様には、一生理解できまい』
ノブナガは、背後に控える帝や、各国の王たちを手で示した。
『わしのその「安売り」に、これだけの傑物たちが値をつけ、乗ってくれたのじゃ。……神が膝を折り、王たちが拳を上げ、世界中が「友」のために動いた』
ノブナガは、ロックウェルを指差した。
それは決定的な、敗北の宣告だった。
『聞け、西方の商人よ。……貴様の積んだ金貨の山と、わしらが流した汗と涙と、そして下げた頭の重み。――どちらが重いか、その腐った天秤で計り直してみるがいい!』
ドォォォォォン……!
ノブナガの言葉は、物理的な質量を持ってロックウェルの心を粉砕した。
「……ひ、ひぃ……ッ!」
ロックウェルは腰を抜かし、その場にへたり込んだ。
もう、勝負はついていた。
レヴィーネが、静かに口を開いた。
『……聞こえましたか、議長さん? これが、わたしの「家族」ですわ』
彼女は鉄扇を閉じ、冷酷に告げた。
『あなたたちの船は、もうどこにも行けません。港で腐っていく在庫と共に、せいぜい沈んでいきなさい。……ごきげんよう』
ブツン。
通信が切れる。
暗転した画面の前で、ロックウェルは絶望の悲鳴を上げた。
西方連邦の栄華は、たった数日で崩れ去った。物理的な暴力ではなく、彼らが最も得意としていたはずの「経済」という戦場で、完膚なきまでに叩き潰されたのだ。
◆◆◆
オワリ城、天守閣。
全ての決着がついたその夜、ささやかな、けれど最高に贅沢な祝勝会が開かれていた。
並ぶのは、タカニシキのおにぎり、新鮮な刺し身、そして熱々のちゃんこ鍋。
勝利の美酒に酔いしれる仲間たちの喧騒から離れ、わたしは一人、夜風に当たるためバルコニーに残っていた。
そこへ、グラスを片手に近づいてくる影があった。
「……おや、まだ起きていたのかい?」
帝国の第二皇子、アレクセイだ。
彼は隣に並ぶと、夜景を見下ろしながら満足げに微笑んだ。
「素晴らしい夜だ。……予想以上に良い取引ができたよ。君のおかげで、帝国の国庫も潤うし、西方の連中にも一泡吹かせられた」
「それは何よりですわ、殿下。……まさか、あなたまであんな子供っぽいマウント合戦に参加するとは思いませんでしたけれど」
「……言っただろう? たまには羽目を外すのも悪くない、とね」
彼は肩をすくめ、そして懐から一つの「筒」を取り出した。
黒塗りの筒には、厳重な封蝋が施され、さらには複雑な魔導封印の術式が刻まれている。ただならぬ気配だ。
「……まぁ、君相手に駆け引きを仕掛けるつもりはなかったんだがね。一つ、『話の種』にと持ってきたものがあってね」
「これは?」
「開錠」
アレクセイが短く詠唱すると、筒に刻まれた紋様が淡く発光し、カチリと音を立てて封印が解かれた。
彼は中から、古びた羊皮紙の束を取り出し、わたしに手渡した。
「……これは、我が帝室の地下書庫に、極秘裏に長く保存されていたものだ。もちろん、今の時代の技術ではない。遥か昔、古代文明の遺物だね」
わたしは羊皮紙を受け取り、そっと広げた。
そこに描かれていたのは、複雑怪奇な幾何学模様と、びっしりと書き込まれた古代文字。
この世界の住人が見れば、意味不明な魔法陣にしか見えないだろう。
「……君は貴族院で古代文字の単位は……ああ、ミリア嬢にでも頼むといい。彼女なら読めるはずだ」
アレクセイは声を潜めた。
「ただ、できれば君と、君が信用している腹心達だけの間に留めて欲しい。……内容が内容だけにね」
「……」
わたしは、羊皮紙から目を離せなかった。
ミリアに頼む必要などない。
古代文字は読めなくとも、この「図面」の意味は、痛いほど理解できたからだ。
流線型のボディ。
左右に広がる翼。
回転するプロペラ、あるいはジェット噴射口のような推進機関。
それは、レヴィーネにとっては未知の機械だが――。
前世の『鷹乃』にとっては、見飽きるほどに見てきた、憧れと日常の象徴。
――『飛行機』の設計図だった。
「……殿下。これは……」
「……古代の空を支配していたとされる『鉄の鳥』の設計図だ。帝国の技術者たちには理解不能な代物だったが……君なら、あるいは君の国の職人たちなら、これを現実にできるんじゃないかと思ってね」
アレクセイは、夜空を見上げた。
「そして……もし実用化の目処がたったならば、帝国にも一枚噛ませて欲しい。……それぐらいかな、私からの要望は」
彼はウィンクをして、グラスを掲げた。
「では、おやすみ。……良い夢を」
彼は颯爽と去っていった。
残されたわたしは、震える手で設計図を握りしめたまま、夜空を見上げた。
海を越え、陸を越え。
わたしたちの旅は、ついにこの「空」へと至るのか。
「……上等じゃない。やってやろうじゃないの」
わたしの唇が、自然と好戦的な弧を描く。
空飛ぶ悪役令嬢。
世界中の理不尽を、空の上から爆撃(物理)して回る未来が見えるようだ。
高笑いが込み上げてくる。
「ミリア! ガンテツ親方! ……次の仕事は『大仕事』よッ!!」
わたしはドレスの裾を翻し、宴の会場へと駆け出した。
トヨノクニのお披露目は終わった。
次に目指す先は――遥かなる「空」だ。
ここを拠点に、わたしたちの物語はさらに高く、高く舞い上がるのだ。
悪役令嬢の凶器は、ドス黒い鈍器です。
~第三シーズン・完~




