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第130話 経済封鎖? 上等よ。「トヨノクニ保険」で倍返しだ!

 祭りの熱狂から一夜明けた、オワリの朝。


 心地よい筋肉痛(昨夜のギルベルトとの死闘の勲章だ)と共に目覚めたわたしを待っていたのは、ミリアの悲鳴だった。


「レヴィーネ様、大変です! 港が……港が機能停止しています!」


 執務室に駆け込むと、通信機からはひっきりなしに怒号が飛び交っていた。


 原因は、西方連邦商業ギルドからの通達。


 昨夜の「大一番」における規格外の戦闘――主にわたしの質量兵器の使用と、ラノリアの広域支援魔法の乱用――を理由に、トヨノクニを『特級危険地帯(ウォー・ゾーン)』に認定。


 それに伴い、西方連邦の保険組合に加盟する全ての船舶に対し、トヨノクニ発着の航海における保険料を「通常の1000倍」に引き上げるというのだ。


「1000倍……。実質的な『入港禁止命令』ですわね」


 わたしは冷めたコーヒー(豆乳ラテ)を啜りながら呟いた。


 海賊なら沈めれば済む。魔物なら殴れば済む。


 だが、これは「契約」と「金」による暴力だ。


 船長たちは組合のライセンスを握られており、逆らえば職を失う。


 帰国しようとしていたVIPたちの船も足止めを食らい、輸出待ちのタカニシキや海産物は倉庫で腐るのを待つばかり。


 そこへ、ミリアの持つ通信機からロックウェル議長の粘着質な声が響いた。


『おやおや、お困りのようですねえ、レヴィーネさん』


 ホログラムに映る彼は、勝ち誇った笑みを浮かべていた。


 音声のみが一般的なこの時代に、彼が使うのは映像まで送れる希少な最高級古代遺物(アーティファクト)。その財力と権威を見せつけるような鮮明な映像だ。


『ですが、これも組合の規則(ルール)ですので。……ああ、ただし。貴国の技術特許とタカニシキの独占販売権、それと職人の移籍契約書にサインするなら、『安全保障条約』を結んで、特例として保険料を免除してあげてもいいですよ?』


 完全に足元を見た、合法的な恐喝。


 わたしはカップをソーサーに置き、優雅に微笑んだ。


「……なるほど。海賊のほうがまだ可愛げがありましたわね。彼らは命を懸けて奪いに来るけれど、あなたたちは安全な場所から、紙切れ一枚で奪おうというのですか」


『ビジネスとはそういうものです。……さあ、どうします? 誰も貴国の船になんて乗りませんよ?』


「……勘違いしないでくださいまし」


 わたしは通信機のスイッチに手をかけた。


「困るのは『あなたたち』よ。……喧嘩の売り相手を間違えましたわね」


 ブツン。通信を切る。


 わたしはミリアに振り返った。


「ミリア。……『株主総会(サミット)』を開くわよ。オワリ城の大広間に、全員集合させて」



 ◆◆◆



 オワリ城、大広間。


 極東の島国特有の、畳敷きの広大な空間に、世界のVIPたちが車座になって座っている。


 中央には、黄金の羽織を纏ったこの国の天下人、オダ・ノブナガが、額を畳に擦り付けていた。


「……あやつの窮地じゃ。力を貸してくれ。この通りじゃ……ッ!!」


 ドンッ!!


 二度、三度と、天下人の頭が畳を叩く。


 その必死な姿に、各国の王たちは息を呑んでいた。


 だが、それでもまだ、彼らの背中を押すには「決定打」が足りない。西方連邦という巨大な経済圏を敵に回すリスクは、一国の長の土下座だけでは釣り合わないのだ。


「……ノブナガ殿。顔を上げたまえ」


 アレクセイが、呆れたように、しかしどこか困惑した様子で声をかけた。


「一国の主たる者が、そう安々と膝を折るものではないよ。……君らしくもない」


 だが、ノブナガは顔を上げない。


 畳に額を押し付けたまま、震える声で、独り言のように語り始めた。


「……あやつには、政治はできん」


 あやつ。レヴィーネのことだ。


 柱の陰で聞いているわたしの胸が、締め付けられる。


「腕っ節は天下一、飯を食うのも天下一。……じゃが、あのような盤上の駆け引きや、紙切れ一枚の裏読みはからっきしじゃ。真っ直ぐすぎて、不器用で……馬鹿正直な女よ」


 クツ、と自嘲するような笑いが漏れる。


 だが、次の瞬間、その声は悲痛な響きを帯びた。


「じゃが……。わしという政治の頭を下げることで、こんなくだらん謀を打ちのめせるならば、いくらでも下げよう」


 ギルベルトが息を呑む。


 ノブナガの拳が、白くなるほど強く握りしめられている。


「それが、この死にかけたトヨノクニを救い、あまつさえ根の張りどころとして選んでくれたあやつへの……たった一つの、唯一の恩返しじゃ」


 彼の脳裏に浮かぶのは、黒船で現れた日のこと。


 絶望に覆われていたこの国に、風穴を開け、壁を壊し、米を食わせ、民に笑顔を取り戻した、あの嵐のような少女の姿。


「天下人とは、トヨノクニのあまねく天下を統べる責任者じゃ。……少しは価値があろう?」


 ゆらり、と。


 ノブナガが顔を上げた。


 その瞳は赤く充血し、頬には一筋の涙が伝っていた。


 天下人の仮面など、そこにはない。


 あるのは、友を想う一人の男の、剥き出しの魂だけだ。


「あやつがへし折ってくれたこの国の呪いを! 数百年続いた因習を! 腐った常識を……ッ!! その功績と誉れに比べれば、わしのこの頭も、首も、プライドも……羽毛より軽いもんじゃ!!」


 ドンッ!!


 再び、額が畳に叩きつけられる音が、広間に響き渡る。


 それは謝罪ではない。


 魂の叫びだ。


「頼む!! どうか……! あやつの窮地に、手を差し伸べてはくれんか……ッ!!  わしの命などいくらでもやる! だから……あやつの笑顔だけは、奪わせんでくれぇ……ッ!!」


 静寂。


 誰も言葉を発せない。


 王の矜持よりも、国の体面よりも、ただ「友の笑顔」を守りたいと叫ぶ男の姿。


 そのあまりに純粋で、あまりに重い覚悟に、誰もが心を震わせていた。


 その、重苦しい沈黙を破ったのは。


 静かな、けれど凛と通る声だった。


「……下げる頭が足りぬようなら、一つ足そうか」


 スッ……。


 広間の最奥、普段は開かれることのない上段の間の(ふすま)が、音もなく開かれた。


 そこに現れたのは、煌びやかな十二単を纏った侍従たち。


 そして、その中心から静々と歩み出てきた、烏帽子(えぼし)直衣(のうし)姿の青年。


「な……ッ!?」


 その姿を見た瞬間、帝国の第二皇子アレクセイが、ガタッと音を立てて椅子から腰を浮かせた。


 ラノリア王ギルベルトも、目を見開いて硬直している。


 彼らは知っているのだ。


 この人物が、単なる一国の王ではないことを。


 神々の時代から万世一系。どこの国の王室や皇室よりも遥かに永い歴史を持ち、この国における最高祭司にして、現人神とされる存在。


 トヨノクニの(ミカド)


 他国の王ですら、軽々には謁見することがかなわぬ雲の上の存在が、今、ここにいる。


「ミ、ミカド……!? なぜ、オワリに……!」


 ノブナガが顔を上げ、驚愕に声を震わせる。


 帝は何も言わず、ノブナガの横まで歩み寄ると、衣の裾を捌き、静かにその場に正座した。


 そして。


 ザッ。


 神の子孫が、両手を畳についた。


 天下人の隣で、同じように深く、頭を下げたのだ。


「……余からも頼む。我らの『英雄』に、力を貸して欲しい」


 しんと静まり返る広間。


 世界で最も高貴な血筋が、一人の少女のために膝を屈している。


 その衝撃は、核魔法にも匹敵する威力でVIPたちの常識を吹き飛ばした。


「おいおい……マジかよ……」


「神話の住人が、土下座だと……?」


 震えるVIPたちに向け、帝は頭を上げた。


 その瞳には、ノブナガのような激情はない。あるのは、凪いだ海のような深い慈愛と、揺るぎない意思。


「……余とて、我が命と、我が国の民を救われたのは同じ。彼女がいなければ、余はただ座して死を待つのみであった」


 帝の声が、静かに広間に染み渡る。


「黒鉄の姫が、この国にとってかけがえのない恩人であることに変わりはない。……ならば、その恩人のために頭を下げることこそ、人の上に立つ者の務めであろう」


「ミカド……」


 ノブナガが涙で顔を歪ませる。


 この国の頂点(トップ)二人が、ただ一人の少女のために膝を屈し、その恩義に報いようとしている。


 それはもはや政治ではない。「仁義」と「愛」の世界だ。


 その光景を前に、真っ先に動いたのは筋肉の巨塊だった。


「……頭を上げてください、トヨノクニの王よ」


 ラノリア王ギルベルトが立ち上がった。


 彼は不敬も承知で、帝とノブナガを見下ろし、静かに、しかし熱っぽく言い放った。


「貴方達の覚悟は痛いほど伝わりました。……ですが、『国を救われた』という点において、我々を差し置いて貰っては困ります」


「……何?」


「私が姐さん……レヴィーネ・ヴィータヴェンに救われたのは、数年前。聖教国ラノリアでのことです。当時、魔力がなく『無能』と蔑まれていた第三王子だった僕に、彼女は『筋肉』という福音と、『王の器(物理)』を授けてくれた」


 ギルベルトが、分厚い胸板をドンと叩く。


「落ちこぼれだった私を、一国の王に変えたのは彼女です。貴方達が彼女の名前すら知らなかった頃から、僕は彼女の背中を追い、その(イズム)を継承してきた。……正統なる弟子(最高傑作)は、僕だ」


 ギルベルトの背後に、金色の筋肉オーラが立ち上る。


 古参弟子特有の、強烈な自負とマウントだ。


 すると今度は、冷ややかな笑い声が響いた。


「フッ……。筋肉自慢もそこまでにしてもらおうか、ラノリア王」


 帝国の第二皇子アレクセイが、眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら立ち上がった。


「弟子入り? 個人的な恩義? ……甘いね。私は彼女が『貴族院(アカデミー)』にいた学生時代から、その『才能』を見抜き、投資を行ってきた、最初の『ビジネスパートナー』だよ」


 アレクセイの瞳が怪しく光る。


「彼女がまだ帝国にいた頃、最初のスポンサーになったのは私だ。トヨノクニへの黒船(ヴィータヴェン号)の建造費も、元を正せば私の財布から出ている。……いわば、彼女の『活躍の場』を最初に整え、世界に解き放ったのは私だと言っても過言ではない」


 バチバチバチッ!!


 広間の中央で、視線が交錯する。


 ノブナガ&帝(トヨノクニ・新規熱狂勢)


 VS


 ギルベルト(ラノリア・直弟子勢)


 VS


 アレクセイ(帝国・最古参スポンサー勢)


 それは政治的な交渉などではない。


「誰が一番レヴィーネに恩があり、誰が一番彼女を理解しているか」という、国を挙げた『推し活』のマウント合戦だった。


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