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第129話 最終決戦! 筋肉王 VS 悪役令嬢、愛と拳の殴り合い!

「……これからですよ、レヴィーネ姐さん……!!」


 ゆらりと構えるその姿は、不屈の英雄か、あるいは――。


「……全く。(わたくし)の可愛い弟子はいつからゾンビになったのかしら?」


 わたしは呆れつつも、嬉しさで震える手で、再び椅子を生成した。


 ギルベルトもまた、雄叫びを上げて突っ込んでくる。


 ガォンッ!!


 ドズゥン!!


 わたしのチェアショットが彼の顔面を捉え、直後に彼のスープレックスがわたしを投げる。


 起き上がる。殴る。投げられる。起き上がる。


 もう、椅子を生成するのも、投げるのもやめた。


 小細工は終わりだ。


 ドガッ!


 バキッ!


 お互いの拳が、お互いの顔面を交互に捉える。


 ガードなどない。避けることもしない。


 ただ正面から、相手の存在を拳で確かめ合うような、原始的な殴り合い。


 いかに鋼の筋肉で鎧おうとも、いかにミスリルワイヤーのごとき筋繊維を持とうとも、さらには後ろからどれだけ回復魔法の光を浴びようとも、顔面の皮一枚までは守りきれない。


 わたしの拳がギルベルトの頬を割り、ギルベルトの拳がわたしの唇を切る。


 互いに口からも鼻からも血を流し、ドレスもマントもボロボロだ。


 けれど。


「……随分、ハンサムになったじゃない」


「姐さんこそ、美しい顔がぐちゃぐちゃだ」


「誰がやったと思っているのよ」


「誰が教えたと思っているんですか」


 腫れ上がった瞼の奥で、わたしたちは笑い合っていた。


 楽しい。


 痛いけれど、たまらなく愛おしい時間。


 言葉はいらない。拳の痛みだけで、魂が通じ合っている。


 数え切れないほどの打撃の応酬の末、ギルベルトが大きく踏み込み、わたしの肩を掴んで叫んだ。


「ここまで削りあったんだ。もうわかるでしょう。私……いや、俺をぶっ倒すなら『本物』を出すしかないッッ!!」


 その瞳には、もう王としての理性はない。


 あるのは、強さを渇望する一人の男の炎だけ。


「出せ! 漆黒の玉座で俺をブチのめしてみろ!!! 俺の全てで、それを受け止めてやる!!!」


「……後悔、するんじゃないわよ」


 わたしは大きく息を吐き、影の奥底に手を伸ばした。


 ズヌゥ……ッ!


 空間が歪むほどの重圧と共に、それが姿を現す。


 色は、光を吸い込むような絶望の黒。


 形状は、どこまでも無骨で、凶悪な鉄塊。


 黒鋼(クロムアダマン)にドワーフの魔導炉の火をくべ、わたしの全魔力を注ぎ込み、古代竜のブレスをも超えた超高温で焼き、叩き、鍛え上げられた、全てをへし折るわたしの魂の半身。


――『漆黒の玉座(オリジン)』。


 これで殴り飛ばしてきたものは数えきれない。


 魔獣も、騎士も、神を名乗る存在も。わたしが「邪魔」だと、「悪」だと判断し、立ち塞がった全ての理不尽を、この質量で粉砕してきた。


 だが、これを振り下ろす?


 この、可愛い弟子に?


 もし受け止めきれなければ、彼は――。


(――いや、迷うなレヴィーネ・ヴィータヴェン!)


 思考を寸断する。


 ギルを見ろ! 


 今や一国の王となり、国民全てを背負い、その上で「俺を壊してみろ」と叫ぶ、その男の覚悟を見ろッッ!!


 その命懸けの懇願を、情けや躊躇いで裏切るなんて、わたしの身体も、美学も、矜持も、わたしの全てが許さないッ!!


 全力で応えることこそが、唯一の「愛」だ。


教育的指導(オーバーキル)よッッ!! 歯を食いしばりなさいッ!!!」


 アドレナリンとエンドルフィンで加速した思考の中、わたしは数百キロの鉄塊を、綿毛のように軽々と振り上げた。


 狙うは一点。


 愛する弟子の、その頑固な脳天!


 ドゴォォォォォォォォォォォォッ!!!


漆黒の玉座(オリジン)』の一撃が、ギルベルトの脳天を直撃した。


 世界が止まったかのような衝撃。


 ギルベルトの瞳から光が消える。


 だが、その瞬間。彼は一瞬だけ、本当に一瞬だけ――満足そうに笑ったように見えた。


 グラリ。


 巨木が倒れるように、彼の巨体がわたしに倒れかかってくる。


 完全に意識を飛ばしている。


 勝負あった。誰もがそう思うだろう。


 けれど。


 わたしは彼を抱き留めたまま、終わらせなかった。


(……まだよ。あなたの覚悟は、こんな中途半端な終わりを望んでいないはず)


 わたしは抱き留めた彼を支えつつ、『漆黒の玉座(オリジン)』を手早く折り畳んだ。


 そして、それをリングの中央に設置する。


 次に、意識のないギルベルトの首を抱え込み、その太い腕をわたしの首に回した。


 全身のバネと、身体強化をフル動員する。


「んんッ……!!」


 わたしは彼の巨体を、垂直に持ち上げた。


 ブレーンバスターの体勢。


 数十秒前まで殺し合っていた相手を、空中で静止させる。


 重い。


 国を背負う王の重みだ。


 一秒、二秒、三秒。


 会場が息を飲む静寂の中、わたしは彼を掲げ続け――。


「……おやすみ、ギル」


 タタッ。


 わたしは前方へステップを踏み、その勢いのまま、自らの体を後方へと投げ出した。


 ガッチリとホールドされたギルベルトの頭部が、重力と遠心力を加算され、一直線に落下していく。


 その着地点にあるのは――鋼鉄の『玉座』。


 ズッギャアアアアアアアァン!!!!


『玉座式・垂直(バーティカル)落下式(ドロップ)脳天砕き(ブレインバスター)』。


 えげつないまでのダメ押し。


 けれど、これこそが彼の「全部を受け止めてくれ」という願いへの、わたしなりの敬意(答え)だ。


 ギルベルトはマットに沈み込み、ピクリとも動かない。


 リングサイドの司祭団も、今の防衛で魔力と気力を使い果たしたのか、白目を剥いて折り重なるように倒れている。万を超える軍勢の攻撃を防ぎ切るほどの支援を、たった一人に注ぎ込んだ代償だ。


 審判がマットを叩く必要すらない。


 会場中が、一つになって叫んでいた。


「「「エイト! ナイン! ……テンッ!!!」」」


 カンカンカンカンカン!!!


 終了のゴングと共に、わたしは天に向かって拳を突き上げた。


 直後、実況席から二つの影が飛び込んできた。


「レヴィちゃん!!」


「レヴィーネ様!!」


 アリスとミリアだ。


 彼女たちは即座にギルベルトの元へ駆け寄り、手際よく応急処置を始める。


「アリスさん! レヴィーネ様の回復も早く!!」


「わかってる! もう、二人とも無茶苦茶なんだから……!」


「……わたしは大丈夫よ」


 わたしはフラつく足を踏ん張り、強がって見せた。


 顔は腫れ上がり、体中が痛むけれど、心は晴れやかだった。


 わたしはマイクを拾い上げると、VIP席の二人を見上げた。


 呆然と立ち尽くす獣王ガロンと、扇子で口元を覆うエルフの女王エルウィン。


「……ご覧になりましたか」


 わたしは荒い息を整えながら、彼らに告げた。


「この試合に賭けられていたのは、とある偏食家の王族二人のプライド! 肉を食わないだの、野菜を食わないだの……そんなことは、どうだっていいのです!!」


 わたしの言葉が、会場に響き渡る。


「ただ、今日はわたしが勝ちました。……獣王ガロン! 賭けはわたしの勝ちよ! 契約通り、エルウィンに歩み寄って、和解してもらうわよ!!」


 ガロンが息を呑む。


 わたしはさらに畳み掛けた。


「――それとも!! この命懸けの試合は、あんたのちっぽけなプライドを曲げる理由にはならない程度の、その程度の価値しかなかったかしら!?」


 一瞬の沈黙。


 そして、ガロンが震える手で顔を覆い、天を仰いで哄笑した。


「……く、くくく……! 違ぇねえ! これほどのモン見せられて、意地張ってるほうが恥ずかしいってもんだ!」


 ガロンは立ち上がり、隣のエルウィンに向き直った。


 そして、その巨大な頭をガバリと下げた。


「悪かったな、女王! 俺の負けだ! ……あいつらの戦いは『誉れ』だ。それを賭けの対象にして、反故にするなんて真似は、獣の王の名折れだ!」


 潔い謝罪。


 それを受けたエルウィンもまた、静かに扇子を閉じた。


「……面を上げよ、獣王。……わらわとて、あの二人の勇姿を見て、心が震えぬほど冷血ではない」


 彼女は慈愛に満ちた瞳で、リング上のわたしたちを見下ろした。


「そなたの謝罪、受け入れよう。そして……此度の勝者、レヴィーネの『技術』と『美学』に敬意を払い、トヨノクニとエルフの里の友好条約、並びに優先的貿易権、その他海路陸路の通行の優先的融通を、わらわができる最大限の権限を持って取り計らうと約束しよう」


「へっ、太っ腹だねえ! なら獣人大陸も同じ条件だ! 肉も毛皮も、欲しいだけ持ってけ!」


 二人の王が、ガッチリと握手を交わす。


 会場からは割れんばかりの拍手が巻き起こった。


 ガロンはニカッと笑い、巨大スクリーン用の魔導レンズに向かって言い放った。


「今日の試合を見られなかった国の奴らが、哀れで仕方ねえな! 歴史が変わる瞬間だったってのによ!」


 その言葉に、世界中が頷いたことだろう。


 リングの上では、意識を取り戻したギルベルトが、バツが悪そうに、けれど嬉しそうにわたしを見上げていた。


 わたしは彼に手を差し伸べ、引っ張り上げた。


「……いい試合だったわ、ギル」


「完敗です、姐さん。……でも、次は負けませんよ」


 わたしたちは互いの健闘を称え合い、ボロボロの体で抱き合った。


 空には花火が上がり、トヨノクニの夜を彩る。


 物理と筋肉、そして食への愛が、種族の壁すらも粉砕した大団円。


 これぞ、わたしの求めていた「ハッピーエンド」だ。


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