第128話 メインイベント開始! 筋肉王ギルベルトの「全部受け止める」宣言。
日が暮れ、会場に魔法のイルミネーションが灯る。
だが、祭りはまだ終わらない。
夜の帳が下りると共に、きな臭い火薬と、闘争の匂いが混じり合い始めた。
闘技場の方から、地鳴りのような歓声が聞こえてくる。
いよいよ「大一番」、メインイベントの刻だ。
控え室で、わたしは漆黒のドレスに袖を通しながら、鏡の中の自分に笑いかけた。
二人の王の威信と、これからの国際関係を背負って。
相手は、かつての弟分にして、今や一国の王となった筋肉ダルマ。
……不足はないわね。
「……行きましょうか」
わたしはドレスの裾を翻し、闘技場へと向かった。
今夜のわたしは、主催者ではなく、一人の「悪役レスラー」としてリングに立つのだ。
ドレスの下の筋肉が、戦いを求めて疼いていた。
◆◆◆
夜の帳が下りた「天下一大闘技場」。
五万人の観衆が発する熱気で、ドーム内の気温は不快なほどに上昇していた。
その中心、スポットライトに照らされたリングの上で、二人の王が対峙している。
赤コーナー。トヨノクニの影の支配者にして、最凶の悪役令嬢、レヴィーネ・ヴィータヴェン。
青コーナー。聖教国ラノリアの若き王にして、筋肉の求道者、ギルベルト・ラノリア。
この一戦には、二人の王族――獣王ガロンと森の女王エルウィン――のプライドと、今後の国際関係(と食の流通)が賭けられている。
だが、リング上の二人にとって、そんなことは些細なオマケに過ぎなかった。
メインイベントのゴングが鳴る直前、リングアナウンサーが厳かにルールの説明を始めた。
『えー、本試合は、両国の友好を記念したエキシビション・マッチにつき、武器の使用、魔法の使用は禁止とし……』
「待てッ!!」
その声を遮ったのは、ギルベルトだった。
彼はアナウンサーからマイクをひったくると、血走った目でわたしを睨みつけ、絶叫した。
「ふざけるな! 武器なし? 魔法なし? そんな『枷』をはめた姐さんに勝って、何の意味があるんだッ!!」
会場がどよめく。
ギルベルトの全身から、金色の闘気が立ち上っている。それは魔力ではない。純粋な筋肉の熱量だ。
「姐さん! ……いえ、レヴィーネ卿! 私は、貴女と立ち会えるこの日、この時、この瞬間を……どれだけ心待ちにしていたか分かっていない!」
彼は胸板をドンと叩いた。
「私は知っている! 貴女の強さは、腕力だけじゃない! 『漆黒の玉座』という相棒、身体強化、影を操る魔法、そして何より……相手を完膚なきまでに叩き潰す『悪役』としての美学にあることを!」
彼は腕を広げた。
「全部だ! 一つでも欠けるなどありえない! 全部だ!! 姐さんの全部をぶつけてくれ!! 私はそれを受け止めた上で、貴女に勝利する!! その為に、この肉体を、この魂を鍛えてきたんだッッ!!」
狂気じみた熱意。
観客たちはドン引きしつつも、そのあまりの純粋さに飲み込まれ始めていた。
……まったく。可愛い弟子だこと。
ヒールに対して「殺す気で来い」だなんて。
「……心意気は買うけれど」
わたしはマイクを受け取らず、地声で、しかし会場の隅々まで届く声で返した。
「ヒールに対して『なんでも使ってこい』とは、ナメられたものね。……それは『殺してみろ』と同義よ?」
わたしは一度、リングを降りて入場ゲートへと引き返した。
会場がざわめく。「逃げたのか?」「いや、違う!」
数分後。
重厚な大太鼓のBGMと共に、再び姿を現したわたしは――巨大なものを引きずっていた。
ガラガラガラガラガラ……ッ!!
それは、金属製の巨大なゴミ箱。
その中には、山のような「凶器」が詰め込まれていた。
竹刀、デッキブラシ、ホウキ、通行止めの標識、工事現場のカラーコーン、解体用の鉄球、巨大ハンマー、そして魔導トラックの古タイヤ。
わたしはそれをリングの下に放り投げ、ゴミ箱ごと中身をリングにぶちまけた。
ガシャンガラガラッ!!
リングが廃材置き場のような惨状になる。
わたしは竹刀を拾い上げ、切っ先をギルベルトに向けた。
「ここにあるオモチャだけじゃなくて、本当に『全部』使うわよ? ナメた態度の代償は高くつくわよ?」
普通の相手なら、これで萎縮する。
だが、ギルベルトはニヤリと笑った。
「望むところだ。……だから、私も『全部』を使います!!」
彼が指を鳴らすと、リングサイドの暗闇から、ゾロゾロと筋肉質な男たちが現れた。
ラノリアの最高位司祭たちだ。彼らは法衣を脱ぎ捨て、オイルで磨き上げられた褐色の肉体を夜気に晒した。
「私に魔法の才はない。だが鍛え上げたこの身体がある。そして我が国ラノリアにはもう一つ……『祈りの力』がある!!!」
司祭たちが一斉に、天を突くようなポージング――『聖・二重力瘤の構え』をとる。
ふざけているのではない。彼らの瞳は、殉教者のように澄み渡り、決死の覚悟に満ちていた。
重厚な、地響きのような詠唱が始まる。
「――聖なる肉の鎧よ。」
「――鋼鉄の如き意思よ。」
「我らが祈りを糧とし、王の御身を不落の城塞と化せ……!」
カッ……!!
彼らの肉体から黄金のオーラが立ち上り、一筋の奔流となってギルベルトの背中へと吸い込まれていく。
回復、剛力、硬化、耐性強化。
大軍を支援するレベルのバフを、たった一人に集中させる、禁断の秘儀。
「彼らの祈りが続く限り、私は倒れない。……さあ、始めましょうか、姐さん!!」
わたしは呆れを通り越して、笑ってしまった。
自分自身を要塞化するなんて。
いいでしょう。
わたしは審判に向かって宣言した。
「ルール変更よ! ノーDQ! ラストマンスタンディング! ……どちらかがぶっ倒れて、心が折れるまで終わらないデスマッチよ!」
カーン!!
ゴングが鳴る。
それは試合というより、災害の衝突だった。
わたしはいきなり「解体用鉄球」を鎖ごと振り回し、遠心力を乗せて叩きつけた。
ドゴォォォォン!!
鉄球がギルベルトの胸板にめり込む。肋骨が砕ける音が響いた――はずだった。
だが、背後の司祭団が「ハッスル!」と叫ぶと、光が降り注ぎ、傷が一瞬で塞がった。
「効きませんよ!」
ギルベルトが、両腕を大きく広げて、ゆっくりと歩み寄ってくる。
無防備? いいえ、違う。
あれは「何が来ても受け止める」という、絶対的な自信の現れだ。
「……オモチャ遊びは終わりですか、姐さん」
わたしが投げつけたハンマーや標識を、彼は胸板ひとつで弾き返しながら、間合いを詰めてくる。
逃げ場のないリング(瓦礫)の上。
わたしは覚悟を決め、あえてその懐へと踏み込んだ。
瞬間。
視界が反転した。
「ガッ……!?」
速い。
巨体からは想像もつかないスピードで、強烈なベアハッグ(鯖折り)が極まった。
内臓が軋む音を聞く間もなく、体が宙に舞う。
「ハッ!!」
ズドォォォォォン!!!
頭からマットに叩きつけられる衝撃。
受け身? 取れるわけがない。
クラッチの力が強すぎて、体が反るほどのブリッジで固定されたまま投げられたのだ。
『ベリートゥーベリー(フロント・スープレックス)』。
かつてわたしが、ラノリアの修行で大岩相手に見せた技。それを、この筋肉ダルマは完璧にコピーし、昇華させている。
「ぐ、う……ッ!」
息が詰まる。だが、ギルベルトは止まらない。
倒れたわたしを無理やり引き起こし、再びクラッチ。
「二本ッ!!」
ズガァァァン!!
「三本ッ!!」
ドゴォォォォン!!
三連発。
内臓がひっくり返るような衝撃に、わたしの意識が一瞬飛び――気がつけば、大の字になって天井(空)を見上げていた。
「「「オオオオオオッ!!」」」
観客の悲鳴と歓声が遠くに聞こえる。
……あいたた。やってくれるじゃない、可愛い弟子。
レディを三回も投げ飛ばすなんて、どんな教育を受けたのかしら?(犯人はわたしだ)
わたしはフラつく足取りで、なんとか立ち上がった。
ドレスはボロボロ、髪も乱れている。口元からは血が滴っている。
けれど、口元には笑みが張り付いていた。
「……効いたわ。……王様相手に、オモチャは失礼だったわね」
わたしは指を鳴らした。
影の亜空間から、魔力を編み込み、即席の凶器を生成する。
『漆黒の玉座』ではない。
数打ちの、けれど純粋な鋼鉄の塊レベルで構成した『贋作のパイプ椅子』を。
「さあ、お礼参りの時間よ」
シュンッ!
音速の踏み込み。
ギルベルトが反応するよりも速く、右脚の先端を腹に打ち込む。
ガハッ!
強烈な腹砕きに、ギルベルトの身体がくの字に折れる。
すかさず背中にパイプ椅子を一撃。
バシィィッ!!
さらに、膝をついた彼の脳天めがけて、座面をフルスイング。
バカァァァァンッ!!
鈍く、しかし小気味よい金属音が響き渡る。
座面が見事に打ち抜かれ、椅子のフレームがギルベルトの首にすっぽりとはまった。
まるで、悪趣味な鋼鉄のネックレスだ。
「一本」
わたしは冷酷にカウントし、即座に二つ目の椅子を生成した。
「二本ッ!!」
バカァァァァンッ!!
二つ目のネックレスが首にかかる。
「三本ッ!!」
バッカァァァァンッ!!
三つ目。
首から三つのパイプ椅子をぶら下げた、世にも奇妙な王様の出来上がりだ。
重みで動きが封じられた彼に、わたしは四つ目の椅子を構え、野球のバッターのように振りかぶった。
「清算の時間よ!! ――『断罪のフルスイング』ッッ!!!」
ガッシャァァァァァァン!!!
首にかかった三つの椅子ごと、ギルベルトの巨体をフルスイングで弾き飛ばした。
金属片と火花を撒き散らしながら、王の体がロープまで吹っ飛ぶ。
完璧な一撃。
誰もが勝負あったと思った。
審判がカウントを叩く。
ワン、ツー、スリー……エイト、ナイン。
「……ぬ、んッ……!!」
ギルベルトが、ロープを掴んで立ち上がった。
首には歪んだパイプ椅子のフレームが食い込み、額からは血が流れている。
なのに、その目は爛々と輝いていた。
背後の司祭団から放たれる「祈り」の光が、彼のダメージを無理やり繋ぎ止めているのだ。




