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第123話 達人たちの宴。ルチャと関節技が織りなす技術の応酬。

 歓迎レセプションの興奮も冷めやらぬ初日の夜。


 オワリの人工島「安土パビリオン」の中央にそびえる巨大ドーム「天下一大闘技場」は、収容人数五万人を飲み込み、爆発寸前の熱気に包まれていた。


 今宵は、博覧会のメインイベント「大一番オオイチバン」の初日興行。


 世界中から集まった猛者たちが、己の誇りと、国家の威信と、そして何より「莫大な賞金と利権」を賭けて激突する。


 リングサイドのVIP席(特設コタツ席)では、わたし、レヴィーネ・ヴィータヴェンが、キンキンに冷えた「トヨ・ドライ(発泡日本酒)」を片手に、満足げにリングを見下ろしていた。


「……いい熱気ね。これぞわたしが求めていた『平和な戦争』よ」


 隣では、ノブナガがポップコーンを頬張り、ギルベルト王が筋肉の見取り稽古に余念がない。


 さあ、ゴングの音と共に、伝説の夜が始まる。



 ◆第1試合:若き翼と重厚な鎖◆


『第1試合! サン・ルーチャの空を舞う若鷲、“エル・イホ・デル・アギラ”レオ!!』


『対するは、ゴールド・ベガス仕込みの“鋼鉄の錠前”、ジェイク・“ザ・ロック”・スミス!!』


 オープニングマッチは、ルチャ・リブレ対キャッチ・アズ・キャッチ・キャン。


 華麗な空中殺法を繰り出すレオと、それを重厚なレスリング技術で捕獲しようとするジェイク。


 スタイルは違えど、互いに師匠マテオとゲイルから受け継いだ技術をぶつけ合う、次世代のエース対決だ。


 カーン!


 試合開始直後から、ジェイクが執拗に距離を詰める。


 彼の狙いは明確だ。「飛ばせない」こと。レオの足首、手首、首根っこ……掴める場所ならどこでも掴み、グラウンド(寝技)の地獄へ引きずり込もうとする。


「捕まえたぜ、小鳥ちゃん! ……アンクル・ロック!」


 ジェイクの太い腕がレオの足首を捉え、万力のように締め上げる。


 だが、レオは焦らない。


 彼は捕まった足を軸にして、コマのように身体を回転させた。


「重いよ、アミーゴ! ……ルチャの回転は止まらないッ!」


 遠心力を利用した高速の「丸め込み(ラ・マヒストラル)」。


 関節を極めようと力を込めたジェイクのベクトルを逆利用し、一瞬で背中をマットにつけさせる。


「ぬおっ!?」


「ワン、ツー!」


 あわや3カウント。ジェイクが慌てて跳ね起きるが、その時にはもう、レオはコーナーポストの頂点に立っていた。


「見せてやる! サン・ルーチャの空を!」


 レオが空中に身を躍らせる。


 ミサイルキック、ウラカン・ラナ、そして場外へのトペ・コンヒーロ。


 重力を無視したような四次元の猛攻に、ジェイクのスタミナが削り取られていく。


 そして、フィナーレ。


「トォッ! ――『流星プレス(シューティング・スター・プレス)』ッッ!!」


 空中で後方宙返りしながらボディプレスを見舞う、最高難度の空中殺法。


 美しい放物線を描いたレオの身体が、ジェイクの上に降り注ぐ。


 ズドンッ!!


 完璧な着地。審判の手がマットを叩く。


「ワン! ツー! スリー!!」


 カンカンカン!!


 会場が割れんばかりの歓声に包まれる。


 二人が握手を交わすと、観客からは惜しみない拍手が送られた。清々しいスポーツマンシップ。これぞ大一番の華だ。



 ◆第2試合:未知の技術(ジャベ)と隻腕の聖職者◆


 続く第2試合。


 リングに上がったのは、ベガスから来たもう一人の若手、ビル。筋骨隆々の肉体を誇示し、自信満々の笑みを浮かべている。


 対するは、僧衣を腰で結んだ隻腕の老紳士、マテオ神父だ。


 試合前、花道の袖で、ゲイルがビルに檄を飛ばしていたのが聞こえた。


「おいビル。相手が隻腕のロートルに見えるだろうが、ナメんじゃねえぞ。……ありゃあとんでもねえ殺し屋(テクニシャン)だ。お前が知らねえ『技術(キャッチ)』とは違う戦い方を、授業料払って勉強させてもらってこい」


「へいへい、分かってますよボス。……ま、極めっこなら負けませんよ」


 ビルは軽口を叩いてリングインした。その目は、明らかに相手を侮っている。


 片腕がない老人相手に、五体満足の俺が負けるはずがない、と。


 カーン!


 ゴングと同時に、ビルがタックルを仕掛けた。


 マテオ神父に残された左腕を取り、一気に関節技へ移行しようとする。


「もらった! 腕ひしぎ……って、あれ!?」


 ビルが腕を極めようとした瞬間、マテオ神父の身体が、水のように滑らかに動いた。


 引く力に合わせて回り込み、押す力に合わせて沈み込む。


 気づけば、ビルの腕が複雑な形に絡め取られていた。


「な、なんだこれ!? 抜けねぇ!?」


「ふふ。力任せはいけませんね。……これは複合関節技(ジャベ)という名の、知恵の輪ですよ」


 マテオ神父は、たった一本の腕と、自身の両足、そして首を使って、ビルの四肢を複雑怪奇な結び目(ノット)のように固定していく。


 ルチャ・リブレの深奥にある、殺し・封じるための技術体系。


 若手のビルにとって、それは見たこともない「未知」の魔法だった。


「ぐ、うわああああッ!! 動けねぇぇぇッ!!」


 ビルが藻掻けば藻掻くほど、結び目はきつく締まる。


 最後は、両手両足を封じられたまま、マテオ神父にのしかかられる形で完全に動きを封じられた。


 ギブアップする手すら叩けない。


 彼は口頭で悲鳴のような「参った!」を叫んだ。


 カンカンカン!!


 試合後、解放されたビルは、マットに正座して震えていた。


 恐怖ではない。未知の技術に触れた、純粋な感動で。


「……す、すげぇ……! あんた、いや、師匠! 俺にその技を教えてくれ!」


 ビルが土下座せんばかりの勢いで懇願する。


 マテオ神父は困ったように微笑み、リング下のゲイルに視線を送った。


 ゲイルは「やれやれ」と肩をすくめながらも、ニヤリと笑って親指を立てた。


「……いいでしょう。トヨノクニにいる間だけですが、共に汗を流しましょうか」


 マテオ神父がビルの肩を叩く。


 会場中が、老練なる達人の技に酔いしれた。



 ◆セミファイナル:鉄と影の女帝対決◆


 そして、会場の空気が一変する。


 セミファイナル。リング上で対峙するのは、異色すぎる組み合わせだった。


『赤コーナー! 裏社会の生き字引、“不沈艦”ゲイル・バートン!!』


『青コーナー! 帝国の影を統べる謎の美女、“鉄の淑女”オルガ・ヴァローナ!!』


 身長二メートル近い巨漢のゲイルに対し、オルガは細身のシルエットをフード付きのマントで隠している。


 どう見ても体重差がありすぎる。観客席からは「おいおい、大丈夫か?」「女性だぞ?」という不安の声が漏れる。


 だが。


 オルガがリング中央でマントを脱ぎ捨てた瞬間、その不安は熱狂へと変わった。


 バサァッ!


 現れたのは、ボンテージ風の戦闘服に身を包んだ、年齢不詳の妖艶な美女。


 その全身から放たれるのは、色気以上に濃密な「死」の気配。


 観客席の男性陣が「おおおおおッ!」「美魔女だ!」「踏んでくれーッ!」と歓声を上げる。


「……やれやれ。相変わらず……というかなんというか、本当にいくつなんだよ、あんた」


 ゲイルが苦笑交じりにぼやく。


 オルガは冷ややかに、しかし楽しげに口角を上げた。


「女性に年齢を聞くのはマナー違反よ、坊や(ボーイ)。……さあ、始めましょうか」


 カーン!


 ゴングと同時に、二つの影が交錯した。


 オルガに魔法の使用は禁じられている。だが、彼女にとって魔法など「便利な道具」の一つに過ぎない。


 彼女の真骨頂は、人体構造を知り尽くした物理的な破壊術だ。


 ヒュンッ!


 オルガの鋭い蹴りが、ゲイルの膝関節を内側から抉るように襲う。


 さらに、流れるような動作で足払いを仕掛け、体勢を崩したゲイルの足の甲を、ヒールで的確に踏み抜きにかかる。


()ゥッ!! ……相変わらずエゲツねぇ!」


 ゲイルは顔をしかめるが、引かない。


 むしろ、踏まれた足を餌にして、オルガの足首を掴みにかかる。


「捕まえたッ!」


「あら」


 ゲイルの剛腕がオルガを捕らえ、ねじ切らんと力を込める。


 だが、次の瞬間、オルガの身体は軟体動物のようにスルリと抜け出していた。


 関節の可動域を意図的に外し、力のベクトルをずらす。


 彼女はゲイルの腕を駆け上がり、その耳を掴んで顔面への膝蹴りを叩き込んだ。


 ドガッ!!


「ぐぉッ!?」


 鼻血を出しながらも、ゲイルはその膝を抱え込み、強引にバックドロップへ移行する。


 数百キロの衝撃がマットを揺らす――はずだった。


 トンッ。


 空中で身体を捻ったオルガは、猫のように四肢で着地し、受け身の音すら立てなかった。


「……化け物め」


「貴方こそ、今の膝で気絶しないなんて、どういう頭蓋骨をしているのかしら?」


 息が詰まるような攻防。


 指を捕っての関節技、延髄や耳下への針のような打撃。


 それらをゲイルは持ち前のタフネスで敢えて受け、その瞬間に生まれる隙を突いて極めようとする。


 一方は「触れさせずに壊す」暗殺術。


 一方は「肉を切らせて骨を断つ」喧嘩殺法。


 カンカンカンカン!!


 規定の十五分が過ぎ、終了のゴングが鳴る。


 結果は時間切れ引き分け。


 だが、リング上の二人は、息ひとつ切らしていなかった。


「……ふう。円熟味が増しましたわね、ゲイル」


「へッ。魔法なしなのに極められないんじゃダメだ」


 ゲイルが鼻血を拭いながら笑う。


 オルガもまた、乱れた髪を直しながら微笑んだ。


「魔法ありにしたらしたで、他の決め手があるのでしょう?」


「まぁ、な。……ただ、そんなのはお互い、こんな明るい場所で見せるようなもんじゃないだろ?」


「ええ。同感ね」


 二人は顔を見合わせ、ニヤリと笑った。


 それは、修羅場を潜り抜けてきた者同士にしか分からない、共犯者の笑みだった。


 ゲイルが慇懃無礼に、騎士のように深く頭を下げる。


 それに対し、オルガはスカートの裾をつまみ、完璧なカーテシーで返礼した。


 ワァァァァァァッ!!


 会場中から、今日一番の拍手喝采が送られる。


 勝敗を超えた、極上のエンターテインメント。


 だが、観客たちはまだ知らない。


 この後に続く試合が、この「技術の応酬」を全て吹き飛ばすほどの、「狂気」と「混沌」に満ちた泥仕合になることを。


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