第124話 暴走する若武者! 止めるのは私の「椅子」と「テーブル」!
達人同士の静謐な技術戦が終わり、会場の興奮が心地よい余韻に変わっていた頃。
第4試合のゴングと共に、その空気は硝煙のような危険なものへと変貌した。
◆第4試合:狂気と傾奇者◆
『第4試合! オワリの傾奇者、天下御免の暴れん坊! マエダ・ケイジ!!』
『対するは、サツマの狂犬、若き薩摩隼人! シマヅ・トシヒサ!!』
花道の両側から、二人の若武者が入場する。
ケイジは派手な虎柄の着流しに、身の丈ほどの朱槍を担いでいる。
対するトシヒサは、質実剛健な袴姿で、腰には二振りの刀を帯びている。
だが、リングインの直前。
二人は恭しく一礼し、それぞれの武器をセコンドへと預けた。
「大一番」は素手喧嘩がルール。武士としての礼節を守り、身一つでリングに上がる。
カーン!
試合は序盤から激しい打撃戦となった。
トシヒサの剛拳が唸り、ケイジがトリッキーな動きで翻弄する。
互いに一歩も引かない、真っ向勝負の殴り合いに会場が沸く。
若さゆえの、ブレーキの壊れたような打ち合いだ。
だが、中盤。
ケイジの放った死角からのフックが、トシヒサの顎を完璧に捉えた。
ガクンッ。
トシヒサの膝が落ち、白目を剥く。
勝負あったか――誰もがそう思った瞬間。
「……ウ、ガァァァァァァッ!!!」
倒れるどころか、トシヒサの身体から赤黒い闘気が噴き出した。
意識はない。あるのは純粋な闘争本能のみ。
シマヅの血に流れる特異体質――『狂武者』の発動だ。
トシヒサは獣のような動きでリングを飛び降り、セコンドに襲いかかって預けていた刀を強引に奪い取った。
ジャキッ!!
抜刀。白刃が照明を反射してギラリと光る。
「おい! 刀を抜いたぞ!?」
「殺し合いになるぞ! 止めろ!」
会場が騒然となる。審判が止めに入ろうとするが、殺気に当てられて足が動かない。
だが、対するケイジは、それを見てニヤリと笑った。
「面白い! 意識が飛んでもなお戦うか! ……その狂気、俺が喰らってやろう!」
ケイジもまた、セコンドから愛用の朱槍をひったくった。
切っ先をトシヒサに向ける。
完全に「殺し合い」の空気に――。
――その、瞬間。
ジャァァァァァァンッ!!!
会場の空気を引き裂くような、巨大な銅鑼の音が鳴り響いた。
続いて、腹に響く重厚なリズムが轟く。
ドンドコドン! ドンドコドン!
大太鼓の連打。
その音を聞いた瞬間、凍りついていた観客たちが総立ちになり、拳を突き上げた。
悲鳴ではない。歓喜と興奮の叫びだ。
「「「クッロガネッ! クッロガネッ! クッロガネッ!」」」
大「黒鉄」コールの中、花道のスモークから現れたのは、黒い革のボンテージ風戦闘服に身を包み、肩に贋作のパイプ椅子を担いだ、大会主催者レヴィーネ――わたしだった。
「――神聖なリングで武器ごっこ? ……100年早いわよッ!!」
わたしはトップスピードでリングインし、刃物が交錯する寸前、両者の間に割って入った。
ガォンッ!!
走り込みつつのフルスイング・チェアショット一閃。
バーサーカー状態のトシヒサの脳天に炸裂し、彼は再び白目を剥いて(今度こそ完全に)ダウンした。手から刀がこぼれ落ちる。
「……ここからは『教育』の時間よ」
わたしはリング下から「長机」を放り込み、ダウンしているトシヒサをその上に寝かせた。
さらに、高さ3メートルの「巨大脚立」を立てる。
T・L・C。
暴走した若武者への、愛のフルコースだ。
わたしはラダーの頂上に立ち、足元の影から「漆黒の玉座」を召喚した。
数百キロの鉄塊を抱え、眼下の獲物を見下ろす。
「頭を冷やしなさいッ!! ――『玉座式・天板崩し』ッッ!!」
ズッガァァァァァァン!!!
机が真っ二つに砕け散り、トシヒサがマットにめり込む。
完璧なKO。
会場が静まり返り、そして爆発的な歓声が上がった。
「やったぜ姐さん!」
「これぞ大一番の華だ!」
「シマヅの若造、いい根性してたぞ!」
黒鉄隊の救護班がリングになだれ込み、白目を剥いてピクリとも動かないトシヒサを、手際よく担架に乗せて運んでいく。
その様子を見送りながら、わたしはコーナーポストによじ登った。
そこへ、リング下のミリアが、絶妙なタイミングで放り投げた。
缶入り「トヨ・ドライ」を二本!
パシィッ!
空中でキャッチしたわたしは、二本の缶を頭上で激しく打ち合わせた。
ガガンッ! プシュゥゥゥッ!!
弾ける泡。飛び散る酒しぶき。
わたしは溢れ出す酒を口いっぱいに流し込み、残りをシャワーのように全身に浴びた。
「プハァッ!! ……凶器の懲罰には私の凶器を! それがこのリングの『正義』であり『ルール』よ!!」
わたしの宣言に、会場のボルテージは最高潮に達する。
「「「クッロガネッ! クッロガネッ! クッロガネッ!」」」
すると、背後から呆れたような、しかし楽しげな声がかかった。
「おいおい、一番いいとこ取りかよ。黒鉄の大将」
振り返ると、マエダ・ケイジが槍を肩に担ぎ、ニヤリと笑っていた。
「せっかく燃えてきたところだったのによ。……あの若造の首を取る寸前だったんだぜ?」
「あら。神聖なリングを屠殺場にするつもりだったのなら、止めて正解だったわね」
わたしは残ったトヨ・ドライの一本を、ケイジに向かって放り投げた。
彼はそれを片手で受け止めると、プシュッと開けて一気に呷る。
「……ぷはっ! まあいい。おかげで頭が冷えた。……だが、こっちはすっかり不完全燃焼でな」
ケイジは空になった缶を握り潰し、好戦的な瞳でわたしを睨みつけた。
「責任取って、今度はあんたが相手してくれよ? なんでもあり、でな」
「あら、わたしと踊りたいの? ……いいわよ。賭けるものが釣り合えば、いつでも受けて立つわ」
わたしが鉄扇を開いて不敵に笑い返すと、リング下から「では、その『前祝い』を!」という声と共に、新たな銀色の弾丸が二つ、飛んできた。
ミリアからの追加補給だ。
パシィッ! パシィッ!
わたしとケイジは、それぞれの手に新しい「トヨ・ドライ」をキャッチする。
よく冷えた缶の感触に、ケイジが満足げに鼻を鳴らした。
「気が利くじゃねえか。……決まりだ。じゃあ、とりあえず今は、あの哀れな若造の生還を祈って乾杯といくか」
「ええ。彼もいい勉強になったでしょうしね」
カシュッ! プシュッ!
ガチンッ!!
わたしたちはリングの上で、再び缶をぶつけ合った。
担架で運ばれていく敗者――まだピクピクと痙攣している――を尻目に、リングに残った二人の傾奇者が祝杯を上げる。
そのシュールで、けれど最高に「トヨノクニらしい」光景に、観客たちは笑いと拍手を送った。
◆メインイベント:サウナと桃の龍虎対決◆
わたしの乱入劇で会場の空気が十分に温まった後、いよいよメインイベントの幕が開いた。
リング上の瓦礫は瞬く間に片付けられ、厳粛な空気が流れる。
『メインイベント! 時間無制限一本勝負!
赤コーナー! 甲斐の虎、タケダ・シンゲン!!』
ドォォォォン!!
火山が噴火するような赤い照明の中、真っ赤な鎧直垂を着た巨漢が入場する。
その背後には、「風林火山」の旗指物が揺らめいている。
『青コーナー! 越後の龍、ウエスギ・ケンシン!!』
キィィィィン……。
氷の結晶が舞うような青い照明の中、白頭巾を被った美丈夫が静々と歩み出る。
その手には軍配ではなく、数珠が握られている。
カワナカジマの開発権を賭けた一戦。タケダのサウナと、ウエスギの桃。
リゾート開発と領地の名産とを賭けた、仁義なきプレゼン・バトルの開幕だ。
他にもこの二人はいくつもの案件を賭け、何度もぶつかっている好カード。
盛り上がらないわけがない。
カーン!!
ゴングが鳴った瞬間、二つの巨星が激突した。
ドガァァァァァッ!!
小細工なし。
リング中央での、真正面からのラリアットの打ち合い。
シンゲンの剛腕が唸り、ケンシンの強烈なミドルキックが空を切る。
一発一発が、岩をも砕くほどの威力。だが、二人は倒れない。
「ぬんッ! 相変わらず硬いな、越後の龍よ!」
「ふっ! そなたこそ、暑苦しいほどの熱気だ、甲斐の虎!」
一進一退の攻防は、30分を超えても決着がつかない。
互いに手の内を知り尽くしたライバル同士。
最後は、互いに残された全力を込めた、必殺のクロスカウンター。
「風林火山・インパクトォォッ!!」
「大車懸かり蹴りッッ!!」
ズガァァァン!!
両者、大技が相打ちとなり、ダブルノックアウト。
二人の巨体が同時にマットに沈み、そして動かなくなった。
シーン……と静まり返る会場。
審判がカウントを取る。
……ナイン、テン。
引き分け。
だが、マットに大の字になった二人は、荒い息を吐きながら、天井を見上げて笑い出していた。
「……ハァ、ハァ……。やるな、越後の龍。……サウナの後の桃、悪くないかもしれん」
「……フッ、甲斐の虎よ。……桃の収穫で汗を流した後のサウナもまた、義に適う」
二人の英雄が認め合い、新たな「共同事業」が生まれる瞬間を、観客たちは目撃したのだ。
ワァァァァァァァァッ!!!
惜しみない拍手が降り注ぐ。
VIP席では、わたしも満足げにグラスを傾けていた。
技術、狂気、乱入、そして熱血。
全てが詰まった最高の興行だった。
こうして、初日の夜は更けていった。
だが、これはまだ序章に過ぎない。
翌日には、さらなる「食」と「技術」の嵐が待ち受けていることを、まだ誰も知らない――。




