第121話 祝・銅像建立! ……って、なんでパイルドライバーのポーズなの!?
極東の島国、トヨノクニ。
かつて「死の国」と呼ばれ、飢餓と絶望の瘴気に覆われていたその地は、我々が来航してからの一年半で、劇的な、いや劇薬のような進化を遂げていた。
今、この国は有史以来最大とも言える「爆発的な景気」に沸き返っていた。
ただし、それは金銀財宝によるバブルではない。
「カロリー」と「筋繊維」による、史上類を見ない『筋肉バブル』である。
オワリ領、ナゴヤ城下町。
天守閣から見下ろすメインストリートは、かつての倍以上の道幅に拡張され、見事に舗装されていた。
そこを、極彩色のネオン管(魔石発光体)をギラギラと光らせた、巨大な輸送車両が列をなして爆走している。
「パラララララッ! パララララッ! (※魔導排気音)」
車体に『夜露死苦』『喧嘩上等』『筋肉本舗』といった勇ましい文字をペイントした、大型魔導輸送車――通称『魔導デコトラ』だ。
荷台には、山盛りのタカニシキとプロテイン樽、そしてアリス乳業の牛乳瓶が満載されている。
その巨体が二台、余裕を持ってすれ違い、ドライバー同士が挨拶のクラクションを鳴らす。
「……相変わらず、やかましい街になったわね。誰の趣味かしら、あの美的センスは」
わたし、レヴィーネ・ヴィータヴェンは、漆黒のパイプ椅子に深く腰掛け、満足げに眼下の光景を見下ろした。
手には、キンキンに冷えた特大ジョッキのプロテイン(バナナ味・改)。
『合理的判断です、レヴィーネ様。この一年半、アリス様と黒鉄隊の皆様が全国を行脚し、悪徳領主や堕落した寺社を『物理的指導(破壊)』する傍ら、給食配給とライブツアーのために街道を強引に拓きました。各所の街道は魔導デコトラがすれ違える幅に整備されています。また、あの装飾は広告効果と視認性を高め、クラクションは対向車や歩行者との事故を防止し、一部には威嚇の効果があることで防犯性にも寄与しています』
わたしの隣で、ミリアが掲げた「板状の端末」から、冷静な女性の声が響いた。
古代知性体イリスだ。この一年半、ミリアは彼女を相棒に、この国の技術を数百年分スキップさせてしまった。
鍛冶師ガンテツの「頑固な職人魂」と、カラクリ技師ギエモンの「変態的な機構」、そしてイリスの「超演算」。この三つが悪魔合体した結果、トヨノクニは産業革命どころか、独自の「魔導パンク文明」を築きつつあった。
「食料が行き渡り、物流が整えば、人は強くなる。……見てみなさい、あの広場の筋肉たちを」
わたしが指差した先、中央広場では、数万の民衆が集結し、地鳴りのような歓声を上げていた。
「イチ! ニ! サン! パワーーーッ!!」
広場を埋め尽くす人々は皆、頬を赤らめ、肌艶が良く、そして何より――服の上からでも分かるほどパンプアップした「筋肉」を誇示して叫んでいた。
農民は鍬を振るうたびに上腕二頭筋を盛り上げ、商人はそろばんを弾く指先に前腕筋群のキレを見せつけ、子供たちでさえも見事なカーフ(ふくらはぎ)で走り回っている。
新品種『トヨノホマレ』の大豊作、そして大豆と牛乳から作られるプロテインの普及。食べた分だけ働き、働いた分だけ筋肉がつく。完璧な『筋肉大車輪経済』が回っているのだ。
「――それでは! これより、トヨノクニ復興一周年、ならびに我らが『大姐御』、レヴィーネ様、十八歳のお誕生日を記念いたしまして! 『平和記念像』の除幕式を執り行います!!」
司会進行を務める筆頭家老、アケチ・ミツヒデの絶叫に近いアナウンスが響く。
ドロロロロロ……と、和太鼓によるドラムロールが轟く中、わたしは特設ステージの上で、優雅に鉄扇を開いて口元を隠していた。
内心の、そこはかとない「嫌な予感」を悟られないために。
「……ねえ、ミリア。アリス。あの布の下にあるもの、本当にただの記念碑なのよね?」
わたしの問いに、隣に控える二人の腹心――V&C商会CEOのミリアと、巫女印アリス乳業社長のアリスは、満面の笑みで頷いた。
「もちろんです、レヴィーネ様! 商会の威信と、今年度の純利益の三割を注ぎ込んだ、最高傑作です!」
「うんうん! 私の『巫女連』のみんなで毎日お祈りして、神聖なパワーも注入済みだよ! 筋肉痛除けと五穀豊穣のご利益間違いなし!」
「ご利益って何よ……わたしが神様みたいじゃない」
「カッカッカ! 細かいことは気にするな! 良き日じゃ!」
オダ・ノブナガが豪快に笑いながら、紅白の綱をわたしに握らせる。
彼はド派手な金色の羽織袴に身を包み、天下人としての威厳と、傾奇者としての派手さを併せ持つ、この国の実質的な支配者だ。
「レヴィーネよ、民草の熱気を感じるか! これぞ平和! これぞ筋肉! さあ、紐を引け!」
促されるまま、わたしは綱を引いた。
バサァァッ!!
巨大な白布が舞い落ち、秋の陽光を反射して、黄金色の輝きが広場を埋め尽くす。
「おおおおおおおおおおっ!!」
「レヴィーネ様万歳! 黒鉄大明神万歳!!」
「ありがたや、ありがたや……!」
民衆が次々と平伏し、あるいは力こぶを作って天に掲げる(マッスルポーズによる崇拝)。
その視線の先にあったのは――高さ五メートルはあろうかという、巨大なブロンズ像だった。
モデルは、間違いなくわたしだ。だが、その造形はわたしの理解を超えていた。
背中には、禍々しくも神々しい「漆黒の玉座」を背負い。
右手には、豊かに実った稲穂――奇跡の米「タカニシキ」を握りしめ。
その顔には、慈愛と狂気が入り混じった聖母の如き微笑みを浮かべているが、その体勢は明らかに、足元にいる悪しき将軍(モデルはどう見てもムネノリだ)に対し、えげつない角度のパイルドライバーを決めようとしている瞬間だった。
そして極めつけは、左手に抱かれた丸々と太った赤子だ。赤子は哺乳瓶ではなく――V&C商会印の「プロテインシェイカー」を握りしめ、あろうことかわたしに向かって「乾杯」のポーズをとっていた。
台座には、力強い筆致でこう刻まれている。
『その拳は岩を砕き、その情けは民を肥やす。
――食と力の守護者 レヴィーネ・ヴィータヴェン』
「…………」
わたしは無言で鉄扇を閉じた。こめかみの血管がピクリと跳ねる。
「ミリア。……あの赤ん坊が持っているのは何?」
「プロテインシェイカーです。次世代の子供たちが、母乳の次に口にすべき『命の水』を象徴しております」
「アリス。……民衆が叫んでいる『黒鉄大明神』というのは?」
「あ、それ私の『豊穣慈愛講』で決めた新しい神様の名前! レヴィちゃん、もう神様扱いだから!」
「……わたし、まだ生きてるわよね?」
「カッカッカ! 気に入ったか、レヴィーネ! 余からのプレゼントじゃ! この『大博覧会』のパビリオン群も、全てお主の誕生日祝いとして建てさせたものぞ!」
彼が指差す先、埋め立てられたイセ湾には、極彩色の巨大な建物が立ち並んでいる。
中央には五層七階の絢爛豪華な『オダ・ホールディングス』パビリオン。その周囲には、ずんだグリーンの暖簾が揺れる『奥州・伊達美食倶楽部』、巨大な船を模した『モウリ・水軍レストラン』、雪室を再現した『エチゴ・酒と魚の国』……。
さらには、エド前寿司にちゃんこ鍋、プロテインバーに至るまで、世界中の「美味いもの」と「強いもの」を集めた、国家規模のテーマパーク。
わたしは呆れを通り越して、もう笑うしかなかった。18歳になった最強の悪役令嬢。彼女の誕生日は、国を挙げたカオスな祝祭となっていた。
◆◆◆
ステージの袖では、トヨノクニの行政を一手に担う「胃痛四天王プラスワン」たちが、遠い目をしてその光景を眺めていた。
「……まあ、政治的な実権を主張されないなら、神様になっていただく分には構いませぬ」。
「これなら帝の顔も立ちますし、ノブナガ様の面子も潰れませんからな……」
「予算が足りません! イエヤス殿、どこかから捻出してください! あの黄金像、表面コーティングはオリハルコンですよ!?」
「無茶を言うな! これ以上は私の腹を切って詫びるしか……! 黒鉄組の請求書がまた増えているぞ!」
「わやだわ! オリハルコンの加工なんざ、職人が何人逃げ出したか分かりゃせんて! 工期三日なんて、どえりゃあ無茶苦茶だぎゃあ!」
悲鳴を上げるイエヤスとヒデヨシとミツヒデの横で、執権アシカガ・ムネノリとVIPの饗応役として任命されたコノエ・サキヒサの二人は、揃って胃薬の瓶を握りしめ、静かに悟りの境地を開いていた。
彼らはもう知っているのだ。この理不尽なまでの祭典と浪費が、巡り巡って民の肉となり、国の力となることを。
「……さあ、仕事に戻ろう。世界中からVIPが押し寄せてくるぞ」
ムネノリが呟くと、四天王たちは死んだ魚のような、しかしどこか誇り高い目で頷き、裏方の戦場へと戻っていった。




