第120話 世界へ放つ「黄金の招待状」。欲深き者どもよ、集え!
かくして、極東の島国から世界に向けて数通の「矢」が放たれた。
それは、V&C商会の最速便で届けられた、純金の招待状。
受け取った場所は違えど、その衝撃は世界を同時に揺らした。
【ガルディア帝国・帝都 皇帝執務室】
極東から届けられた『招待状』は、それ自体が一種の暴力だった。
桐箱から取り出されたのは、純度99.9%の黄金で作られた、分厚いプレート。
そこに刻まれているのは、『トヨノクニ大博覧会・招待状』の文字と、パイプ椅子を交差させた不穏な紋章。
「……ははは。相変わらず規格外だな、あの令嬢は」
執務室のソファで、第二皇子アレクセイは肩を震わせて笑った。
その手には、黄金のプレートが握られている。
「国を一つ盗ったと思ったら、今度は世界に向けて『喧嘩祭り』の開催宣言とは。……兄上に見せたら、また胃を押さえて寝込んでしまわれましたよ」
「……うむ。皇太子はレヴィーネ嬢の『物理』に古傷が疼くようだからな」
皇帝は苦笑しながら、顎鬚を撫でた。
「して、アレクセイ。名代はお前が行くか?」
「ええ、勿論です。東方の『黄金の国』の実情、そしてあの独自の軍事力……この目で確かめておく必要があります。それに、彼女とは『契約』もありますから」
アレクセイは立ち上がり、部屋の隅にある「影」に向かって声をかけた。
そこには、いつの間にか一人の女性が佇んでいた。
帝国の暗部『宮家の影』を統括する、第一皇女(アレクセイの姉)だ。
「……姉上。一つ頼みがあります。僕の護衛兼、交渉の切り札として――『彼女』を貸していただけませんか?」
第一皇女は、弟の意図を察し、扇子で口元を隠して優雅に微笑んだ。
「『鉄の淑女』を? ……ふふ、いいわよ。あの子の暴走を止められる……あるいは、より焚き付けることができるのは、世界でオルガだけだもの」
「感謝します。……オルガ夫人も、可愛い教え子の晴れ舞台を見に行きたくてウズウズしているでしょうからね」
アレクセイは窓の外、遥か東の空を見上げた。
「さて、お土産は何がいいかな。……やはり、最高級のプロテインか、それとも頑丈なパイプ椅子か」
◆◆◆
【情熱の国サン・ルーチャ・貧民街の教会】
かつて麻薬カルテルと暴力が支配していたこの街は、今は「健全な筋肉」と「ルチャ・リブレ(プロレス)」の聖地へと生まれ変わっていた。
教会の前では、子供たちが元気に走り回り、その横で刺青だらけの厳つい男たちが、必死の形相で洗濯や掃除に励んでいる。
彼らは皆、かつてカルテルに属していた構成員たちだ。
「おいコラ! 洗濯物はしっかり絞れと言っただろうが! 『あの方』が戻ってきて、生乾きの匂いがしたらどうする! 背骨をへし折られるぞ!」
「ひ、ひぃぃ! す、すんませんアニキ! いや、自治会長!」
その様子を、マテオ神父は窓から眺めて、カカッと穏やかに笑った。
「……平和になったものだ。恐怖という名の規律とはいえ、子供たちが腹いっぱい食えるなら、それもまた神の恩寵か」
彼の隻腕の左手には、東の島国から届いた黄金の招待状がある。
隣には、亡き父の遺した鷲のマスク――『エル・アギラ』を小脇に抱えた青年、レオが目を輝かせて立っていた。
「神父様、行きましょうよ! レヴィーネ姐さんが呼んでくれているんです! 僕、『エル・イホ・デル・アギラ』としてもっと強くなったところを、彼女に見せたいです!」
「はやるな、レオ。お前はまだ翼が生え揃ったばかりの雛鳥だ。……だが、そうだな。教会を空けるわけにもいかんし、どうしたものか」
マテオが困ったように眉を下げていると、ドンッ! と教会のドアが開いた。
飛び込んできたのは、元マフィアのボス(現・自警団団長兼PTA会長)だ。
「神父様! 行ってくだせえ!」
男は土下座の勢いで懇願した。
「俺たちが責任を持ってガキんちょ……いや、天使たちの面倒を見ますんで! 指一本触れさせません! だからその、東の国の『金色の悪魔』に伝えてください! 『俺たちは真面目にやってます、だから再教育だけは勘弁してください』と!」
「……ふむ。なるほど。お前たちの命を守るためにも、私が報告に行く必要があるというわけか」
マテオは得心がいったように頷き、柔和な目を細めた。
レヴィーネが去って2年近く。彼女が植え付けた「正義」と「恐怖」は、確実にこの国を浄化していたのだ。
「いいだろう。お言葉に甘えて、子供たちの未来(と、お前たちの命)を守るための旅に出るとしようか。……レオ、準備をしなさい」
「はいっ! 神父様!」
「……カカッ。あの素晴らしい悪役が作った国か。……さぞかし賑やかで、少し乱暴で、とても温かい場所なのだろうな」
◆◆◆
【黄金の都ゴールド・ベガス・旧地下闘技場】
かつて、欲望と鮮血が渦巻いた地下の大空間は今、張り詰めた緊張感と、肉体がぶつかり合う重厚な音に支配されていた。
「イチ! ニ! サン! ……まだまだァッ! 膝を曲げろ! 尻を落とせ!」
円形のリングを囲むように、三十名ほどの男たちが延々とヒンズー・スクワットを繰り返している。
彼らは皆、かつての地下闘技場で生き残った精鋭たちだ。
ここは現在、V&C商会直営『ちゃんこ道場・ゴールドベガス支部』。
その実質的なリーダーを務めるのが、かつてのトップランカーにして、キャッチ・アズ・キャッチ・キャンの達人、ゲイルだった。
「そこ! ブリッジが低いぞ! 首で体を支えろ! 首の強さは命の強さだ!」
ゲイルの怒号が飛ぶ。
リングの中央では、若手たちがペアを組み、関節の取り合いを行っている。
派手な打撃はない。だが、一度捕まれば骨ごとへし折られるという「実戦」の恐怖と技術が、そこにはあった。
「ふぅ……。いい動きになってきたな」
若手のスパーリング相手を務め、汗を拭いながら立ち上がったゲイルの元に、派手な身なりの男たちが近づいてきた。
現在の道場のスポンサーである富裕層たちだ。
「ゲイルさん、例の場所から『届け物』ですよ」
渡されたのは、V&C商会の封蝋がされた重厚な桐箱。
蓋を開けると、中には黄金に輝く『招待状』と、一枚の手紙が入っていた。
『拝啓、筋肉の友へ。
東の島国で、世界最大の喧嘩祭りを開催します。
――追伸。
お祖父様は「ワシも行く!」と泣き喚いていたそうですが、国境警備の仕事を放り出すわけにもいかず、屋敷に縛り付けられているそうです。
その代わり、私のもう一人の師匠――「鉄の淑女」オルガがトヨノクニに来てくださるそうです。
彼女も、貴方の「技術」に興味津々のご様子ですわ』
「……ハッ! マラグの旦那は来れねえか。残念だが……」
ゲイルは、手紙の文面を見て、獰猛に口角を吊り上げた。
「『鉄の淑女』オルガ・ヴァローナだと? ……あの『北天の獅子』ですら頭が上がらねえって噂の、影使いの魔女かよ。……上等じゃねえか」
ゲイルは、分厚く鍛え上げられた自身の首をゴキリと鳴らした。
「負け役」としての卑屈さも、八百長の苦い記憶も、今の彼にはない。
あるのは、純粋な闘争心と、この身に叩き込んだ技術だけだ。
「野郎ども! 荷物をまとめろ! 基礎トレは船の上でやるぞ!」
ゲイルの野太い声が、地下闘技場に響き渡る。
「東の島国へ遠征だ! 俺たちの『技術』が世界に通用することを、あの筋肉令嬢に見せつけてやるぞォッ!!」
◆◆◆
【西方連邦・商業ギルド総本部】
大陸の経済を支配する巨大な商都。その中心にそびえる摩天楼の最上階会議室では、十人の男たちが、テーブルの中央に置かれた「黄金」を凝視していた。
連邦の経済を牛耳る「十傑」と呼ばれる大商人たちだ。
「……正真正銘の、純金だ」
一人が震える手でプレートを持ち上げた。
「加工技術も凄まじい。……おい、聞いたか? 極東の島国『トヨノクニ』で、未知の資源と技術が見つかったという噂を」
「ああ。V&C商会が独占していたルートだな。……まさか、招待状にこれほどの黄金を使うとは」
彼らの目は、もはや招待状の文面など読んでいない。
その奥にある「莫大な富の匂い」に釘付けだった。
「これは挑戦状だ。我々に対する、富の誇示だ」
ギルド長が、葉巻を噛み砕かんばかりに食いしばった。
「V&C商会だけに独占させておくわけにはいかん。……船を出せ! ありったけの商船団を編成するんだ!」
「東方貿易のルートをこじ開けるぞ! あの国の金を、技術を、すべて我々の『商品棚』に並べるのだ!」
欲望という名のエンジンが、フル回転で動き出した。
彼らは知らない。その先にあるのが、単なる宝の山ではなく、物理で殴ってくる悪役令嬢の庭であることを。
◆◆◆
【聖教国ラノリア・王都】
かつて、世界の「歴史」を管理し、厳格な教義と静寂に包まれていた聖都は今、活気と発酵食品の香ばしい匂いに満ちていた。
大通りの両脇には、観光客向けの宿や土産物屋が軒を連ねている。
その店先で売られているのは、聖水でも免罪符でもない。
『ラノリア特産・手作り味噌』や『聖なる大豆の醤油』だ。
「さあ、祈りの時間だ! 今日も健やかな肉体に感謝を! スクワット百回、始めッ!!」
「「「オオオオオッ!!」」」
広場では、司祭も市民も一緒になって、汗を流しながら祈りを捧げている。
この国の教義は、劇的に変わった。
『魔力は天からの授かりものだが、筋肉と健康は自らの努力の証である。どちらも尊いが、健やかさこそが幸せへの正しき道である』――と。
「……ふう。今日の味噌の仕込みも上出来だね」
王城のバルコニーで、ギルベルト国王は満足げに汗を拭った。
かつては線の細い美少年だった彼は今、王衣の上からでも分かるほど、厚い胸板と太い腕を持つ「闘う王」へと進化していた。
その精悍な顔つきは、以前の儚さを微塵も感じさせない。
「陛下。極東の『黄金の国』より、早馬が到着しました」
近衛兵が恭しく差し出したのは、黄金に輝く招待状。
ギルベルトはそれを受け取り、懐かしい友人の筆跡を指でなぞった。
「レヴィーネ姐さん。……ふふ、貴女は本当に、退屈という言葉を知らないようだね」
彼は眼下の街を見下ろした。
国は小さい。軍事力も、帝国には遠く及ばない。
だが、ここには「健やかな生」がある。
「皆が腹いっぱい食べて、笑って、ぐっすり眠る。……姐さんが教えてくれた『最強』の意味が、ようやく分かってきたよ」
ギルベルトは、鍛え上げられた腕で招待状を掲げた。
「行こうか。……僕たちの国が、こんなに『健康的』になったことを報告しにね。きっと姐さんも、腰を抜かして喜んでくれるはずさ」
聖教国の風は、もうカビ臭くない。
炊きたての大豆と、若々しい汗の匂いが混じる、生命の風が吹いていた。
世界中の風が、今、東へと向きを変えた。
全ての道は、黄金の国トヨノクニへ。
そして、全ての物語は、あの「最強の悪役令嬢」の待つリングへと繋がっていく。
◆トヨノクニ・イセ湾◆
世界が動き出す中。
レヴィーネは、埋め立て工事が始まったばかりのイセ湾を見下ろす丘に立っていた。
海風が、彼女の金髪を揺らす。
「始まったわね」
隣に立つミリアが、インカムで世界中の反応(イリスの傍受データ)を聞きながら頷く。
「はい。世界中の主要国が、渡航準備を開始しました。……予想以上の反応です。エドの宿泊施設がパンクします」
「ホテルが足りないなら、船を浮かべなさい。ヴィータヴェン号の姉妹艦を作るのよ」
「……またそんな無茶を」
「できるでしょう? 私たちなら」
二人は顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
かつて、病室の窓から狭い空を見ていた少女は今、世界中の人々を招き入れる「黄金の国」の主となった。
理不尽を筋肉で粉砕し、飢餓を食欲で満たし、退屈をエンタメで塗り替える。
「さあ、いらっしゃい。……最高の『おもてなし(物理)』をしてあげるわ!」
レヴィーネが海に向かって両手を広げる。
その背中には、頼れる仲間たち――アリス、リョウマ、ノブナガ、四天王、職人たちが並んでいた。




