ep.37 暗闇だけじゃない
ボギーによって止められた軌道攻撃を確認したアルは、短いため息をついた。
「攻撃を止められた割には、あんまりガッカリして無さそうだな」
辨野は、少し笑みを浮かべて言った。
『君たちの能力の上限がわからない以上、止められる事も想定はしてた──こんな茶番をやる程、世界政府は手を拱いているんだ』
「ちなみに、ターゲットは何処だった」
『──軌道投射が狙っていたのは、人口が一番多く、平均的な偏差値の──』
『一つの教育都市だ』と言った。
この後数秒の間に、情報部隊から辨野たちのイヤホンに、『特定しました』と音声が流れた。
『──ミスターの口調とテンポは、相手を喋らせるのに適しているらしい。AIから[籠絡されている]と警告されたよ、ハハ。でも話しても問題無いからいいよ
──教育都市は唯一残してあげてもいいと思える場所なんだけどね。世界政府は君たちに与えるダメージを優先して、ここに決定した。野良コミュニティはとにかく攻撃が効かないからね』
レジーは睨みながら、
「今からお前をぶっ潰しに行っても意味は無い。──けど行ったっていいんだぜ」と言った。
アルはフッと笑った。
『僕は普通の人間だから、君たちみたいな攻撃力なんて無い。だから君らに敵認定される価値なんてないんだ。世界政府からも、要らないと判断されたら即消されるような、弱い個体だ』
「何の為にそこに居る」
辨野が問い掛けた。
『──僕は“家族”とか“親”とか聞くと、反吐が出るんだよ。ただそれだけだ』
「知ってるのか」
『僕は……過去に生きていた時の記憶があるんだ。時代、生まれた国、性別も違う別の人生。まぁ人生っていうほど、長生きしてないのがほとんどだけど。大抵子どものうちに亡くなってた。何故か毎回、ネグレクトとか虐待する親のところに生まれちゃうんだよね。
記憶がある中で長生きしたのは、友人の恭太郎と出会った、日本人の時だけかな。
僕たちは、虐待で施設に保護された子どもだった。
恭太郎とは『こんな未来がいい』といつも話してた。まさに今の世の中みたいなものを、2人で想像してた。
僕の“過去の記憶”の話を信じてくれたのも、恭太郎だけだった。
──数百年前も前の話だよ。その時、恭太郎のデジタルクローンを作った。
僕たちは家族を無くそうと提唱した。勿論ネットでも相手にされなかったけど。
そしてこの時代に生まれて、ものすごく驚いた。
ようやく恭太郎と僕の願いが叶ったなぁって思った。
そして恭太郎は世界政府にいたよ。AIとして。
世間には歴史を改竄して教えてるだろう。でも世界政府にデータは残ってる。僕たちが作った、恭太郎のデジタルクローン、【Tarot】もあって……嬉しくてしょうがなかった』
2人は養護施設で出会ってから、必死に勉強した。
自分の人生が、他人(親)のせいで左右されるなんてあってはならないと、努力した。
大人になって、社会的にもそれなりに成功していた。
「光治郎、制作者の名前……2人セットの名前がいいけど、何があるかな」と恭太郎が言った。
「カインとアベル」
「ジキルとハイド」
「タロとジロ」
「アハハ! ピッタリだな!」
「じゃあ恭太郎のデジタルクローンは『AI TAROT』にしようぜ」
『デジタルクローンとして生き続ける恭太郎と、何度生まれ変わっても記憶が残る僕。もう二度と会えないと思ってた友人に、せっかく再会出来たんだし、面白い事が出来ないかなと思ってね、世界政府に無理矢理入り込んだんだ』
宇宙空間の中で投射体を押し続けるボギーに、オオグチノマガミが言った。
《小僧、どこまで押す気だ》
「そろそろいいかも!」
ボギーは投射体から体を離した。
投射体は進行方向を変えず、ゆっくりとそのまま進んだ。地球の方向へ戻る様子は無かった。
巨大な金属塊が、地球の重力圏から離れて、暗い宇宙の彼方へ進んで行った。
「オッケーじゃね?」
《さあ、帰るぞ》
ケルベロスがそう言うと、ボギーが地球とは違う方向を見て言った。
「ねえ──月がさ、いつもより近いんだけど」
アルは普通の笑みを湛えて言った。
『ところで──軌道投射は食い止めても、世界政府の攻撃が終わりとは言ってないよ。僕からのギフトは終わりって事。さて、役立たずの“人間”はそろそろお暇するよ。昔話が出来て、ちょっと楽しかった。じゃあね』
いきなり切断され、アルはモニターから姿を消した。
「何なんだコイツ」
レジーはモニターを睨んだまま言った。
場地は思考を巡らせながら、
「攻撃は終わってないって、これも脅しか、或いは……。ダイズ、その教育都市には何も変化無いんだろ?」と言った。
『今のところ無いね。この一連の流れからすると、攪乱して去りたかっただけに見えるけど。若しくは……呼び出す罠か』とダイズの声が流れた。
「罠と思わせて、ただの脅しか」とキャンティが言った。
「これ、裏の裏を読んでいく、キリがないやつだ……」とビリー。
「じゃあ面倒くさいから確かめてくるか。……ところでボギ蔵はどうなってる……うちのカミサンも行ったから問題無いと思うが」
「流石、獣系の神様は動くの早かったですよね……」
月面に降り立ったボギーは、あたりを見渡した。
太陽光で地面は眩しいほどの明るさを放っていたが、空はどこまでも暗黒だった。
その暗黒に、唯一柔らかな光を放つ男神が浮かんでいた。
「あれ? えっと、女神の兄弟の……」
《月詠だ》
ボギーは近づいて行き、下から見上げて言った。
「そうそう、ツクヨミ様! レアムーンのあれ、助かったっス! ありがとうございました!」
《……アマテラスから言われただけだ》
──ツクヨミよ、お前の憩いの場を荒らされてるぞ、ヒヒヒ。チャコらに力を貸してあげたらどうだ? わらわなら、こんな暴れるチャンスは逃さないぞ! ついでに機械政府を木っ端微塵にして来い! ナハハハ──
男神は地面に降り立つと、ため息をついた。
《はぁ……彼奴は無茶ばかり言いおって》
「激しく同意」
男神は掘り起こされた月面を見て、苦い顔をした。
「相変わらず怒ってるんすね!」
《怒らずにはいられん。機械たちめ、散々掘り起こしやがって》
「満月の時、イビツだったら嫌っすもんね。アハハ」
《そこまで小さくは無い……。資源を軽々しく扱うなと言いたいのだ。腹が立つ……》
「てか、やっぱり人が住めなそうっすね。基地は向こう側?」
《あれも邪魔だ》
「俺、サイバネティクスとか詳しくないからさー、不具合起こして空気が無くなったらと思うと、怖いもんなー。月とか火星とか、住む住む言っといて、結局無理なのかなー」
《科学的な事は知らん。が、なんだかんだで地球人は地球しか住めん。ていうか来なくてよい。
──このまま住む住む詐欺であって欲しい。私は静かなここがいいのだ》
「賑やかも楽しいかもしれないっすよ」
《チッ、これだから陽キャは……》
ボギーは暗闇の宇宙を見渡した。
「うん、でも、そうっすね。俺もここは、静かで綺麗な方がいい」
男神は、ボギーと重なるように姿を現しているケルベロスと、横にいる大口真神を見て言った。
《────冥界の番犬に、狼か。お前は犬系と相性が良さそうだな》
「言われてみれば!」




