ep.34 残像
【The Global Government】
──世界政府
メインエントランスは、大勢の警備員や厳重な警備システムで守られ、世間からは大勢の人間が行き交うように見えているが、その実は人間ではない。
AIユニットが即応態勢で控えている、世界政府本部。
メインエントランスを通り過ぎ、各部署へ向かうほど行き交う者が少なくなっていった。
【Digital and Artificial Intelligence Directorate】
デジタル・人工知能本部
巨大なエントランスドアの前に立った男は、目の虹彩認証システムの方を見た。
「僕以外に人間はほとんど来ないのに、なんだか申し訳ないね」
ドアが開き、男は中に入って行った。
中には数多くのデスクが並んでいるだけで、AIユニットや人間などの動き回るものはおらず、ガラスの向こう側には、稼働しているシステムの一部が見えていた。
「うーん、いつも思うけど……マスコミ対策として、もうちょっと、人間が使ってるように演出した方がいい。ソファーやコーヒーテーブルなんかも多少置いて」
男は一番近くにあるデスクに腰掛け、誰もいない部屋で話し続けた。
「日本に行って来たよ。あれは世間にバレたらとても悪影響だね、確かに。特に多神教の国には、参考になっちゃうから良くないな」
すると男が腰掛けているデスクのスピーカーから、音声が流れて来た。
『日本と同様のやり方で抵抗する国は、今の時点では無い。多神教が参考になるのならば、統制を強化する国がいくつかある。考慮しよう』
「素直だね。宗教は信じないのに僕の話を信じて、組織に受け入れてくれただけある」
『君の過去の話については、科学的な合意には至っていない。無意識の働きや夢、残像、幼少期の記憶の混ざり合いなどで説明がつくものもあるが、つかないものもある。君を組織に受け入れたのは、君が【Tarot】を作ったという確証を得たからだ。宗教は信じる信じないではなく、人間が“この世界をどう生きるべきか”を体系化したものとして理解している』
「はいはい。ところで今日来たのはね────」
「プリントと、給食のパン。あと渡すものはないよね」
「休んでるなんて珍しいもんね。給食大好きだから、あいつ」
小学校からの、下校途中だった。
同級生の男子と女子と自分の3人で、連休明けに休んだ友達の家を訪ねていた。アパートの鉄階段を登る時、何故か緊張していた。
チャイムを鳴らしても返事がなかった。
「おーい、プリント届けに来たぞー! パンもあるぞー!」
友達が叫んでも、返事が無かった。
「お母さんって昼間いないんだっけ」
「連休で出かけてたから、帰ってないとか」
ドアポストを開けて、中を覗いてみた。
苦しんでいる声が、微かに聞こえた。
「ちょっと待って。なんか聞こえる」
友達がドアノブを回すと、鍵がかかっていなかった。3人で目を合わせた。
「おーい!」
「入っていいかなぁ」
「誰かいませんか?」
3人でおそるおそる入って行くと、ゴミで埋まった部屋からは異臭が漂い、服が散乱しているあたりから声が聞こえた。
苦しそうな声に近寄ると、横たわる友達が目に入った。
「ナオ!」
「ナオ!」
「お、大人を呼ばなきゃ─────」
この後は曖昧で、近所の母親たちの会話に飛んだ。
「風邪をひいていたらしいんだけど、何日も1人で放置されてたらしくて────」
「逮捕されたのかしら」
「早く児相に通報すれば良かった」
後に自分の母親らしき人が、こう言った。
「ナオくんね、入院したらしいんだけど、退院したら別の学校に行くみたいなの……」
辨野はいつも通りリビングでコーヒーを飲んでいたが、ビリーが不思議そうな顔をしていた。
「……(珍しくベンさんが悩んでる……。顔がいつも以上に“無“だ……)」
辨野はブツブツと呟き始めた。
「うーん……なんか年々はっきり見えてきたな……なんなんだ。大脳皮質調べてもらおうかなぁ……」
「?」
「歴史だの家族だのって、カミサンたちのスパルタ講義を受けた頃からだよなぁ……」
「?」
「まぁ……これが過去のものだったところで、今が変わるわけじゃないしな」
辨野のスマホの着信音が鳴り、[賢斗]と表示された。
「もしも──」
辨野の声を遮り、賢斗のけたたましい声がスマホから漏れていた。
「──いやいや、双子が到着した時はもう血を浴びてたらしいし────チャコに言えって。単独で突っ走るなって」
「──愚痴ならナオに聞いてもらえ……ナオにも同じ事言われた? ハハハ……うるせ……」
ピッ、と電話を切った辨野を、ビリーは
「……(うん、いつも通りに戻った)」と観察していた。
「さてと、ビリー。そのアルカってのを調べてもらおう。攻撃して来ないとはいえ、接触して来た意味が何かあるんだろう」
「ですね。……名前じゃないけど」
[HALLO]
突然、リビングの隅のPCの画面に、メッセージが届いた。
「なんか来た」
辨野とビリーの様子を見て、全員がPCの前に集まった。
[こんにちは。僕を調べるだろうと思ったから、手間を省いてあげようと思って。顔を見れる? 開いてくれるかな────ミスター・ベン]




