ep.33 誰も知らない
「おかえり。飛ばされついでに復讐して来たか」と場地が言った。
真夜中過ぎ、都内のマンションに戻ってきたボギーを、既に帰っていた全員がリビングで出迎えていた。
「ウーッス! なまらスッキリしたわー!」
ボギーは凱旋とでも言いたげな満面の笑みで、ソファーにドカッと座った。
「ふーっ、てかまだ起きてたの? 俺の話を聞きたくて待ってたの?」
双子はダイニングテーブルでパンケーキを食べながら、「待ってねーわ!」「腹が減ったんだよ!」と騒いでいた。
辨野がボソッと、
「教育都市の……このシステムの弊害の一つだよなぁ」と言った。
「?」
「誰かがいなくなっても気づかれない事があるって事。卒業したら、たまにしか連絡しない奴が増えていくからな。あ、あいつどうしてんのかなってくらいで」
「ふんふん、俺は卒業したばっかでわかんないけど」とボギーは頷いた。
「でももしコミュニティの人間が突然いなくなったら、周りがすぐ気づくんだ。だからブローカーにとっては、繋がりが希薄な方がいい」
「え、やば」
「まぁ大昔は……希薄な関係の家族はあっただろうけどな……」
辨野はまたボソッと呟いた。
ボギーはキッチンに入り、夜食を物色しながら、
「あ、あとついでにあのオバサンもちょっと脅して来た。すぐ失神したから、あんま脅せなかったけどさー」と言った。
「キャア──────ッ! 誰、誰、何、警察──」
「おばんですー、お久しぶりー、ヒヒヒ」
ボギーは楽しそうにニヤけながら、今回もベランダをぶち破って部屋に入った。
自宅でワインを飲んでいた女は、悲鳴をあげてワイングラスを落とした。
「オレオレ、ユキオ。アンタに売られたから俺、怪物になったんだよ。見て見て! ゲヘへへ」
ケルベロスの3つの顔が近づいて来ると、ルイは腰を抜かして声すら出なくなり、更に両側のケルベロスの長い舌がルイの顔を舐め回すと、失神してしまった。
「でもまぁこれで、全国の卒業生に注意喚起してくれるかもでしょ! 俺のおかげ!」
「ハイハイ」
場地もビリーも、いつものボギーに吹き出した。
パンケーキを食べ終わったレジーが、
「ヤスの話だと、お前もようやく怪物らしくなったらしいじゃん」と言った。
「照れるー」
「褒めてねーよ」とキャンティ。
騒がしい3人とはよそに、
「──nobody knowsか」
場地がポツリと呟いた。以前のシロの言葉を思い出していた。
医師のシロが訪ねて来た時、辨野が少しいたたまれないのか、フラッと一人で買い出しに出たようだった。
辨野があっさりと医師を諦め、野良になった事に驚いていたボギーに、場地が言った。
「成り行きだよって言うけどさ、さらっと受け入れちゃうって、あの人は凄いよ。まあ、そもそも式神から選ばれるような器だしな」
場地はボギーの顔を見て、
「あ、もちろんお前もだよ。凄いと思うよ」と言った。
へへ、と笑うボギーは、
「ベンさんは、成り行きに抵抗する方が疲れるし、めんどくさいんだって。俺は……何も考えて無かった! アハハ」と言った。
「お前もベンさんも、やっぱり俺たちとはちょっと違うんだ」
「へ? 何が?」
「ヨコハマの──あいつらいただろ? 正直俺もビリーも、『外』に出たい奴は出ればいいし、死にに行きたきゃ行けば、と思う」
「うぇ?」
「俺らを必要としないなら、好きにしろって切り捨てたくなるんだよな。でもベンさんは違うんだよ。──ベンさんはなんつーか……全部にフラットっつーか、どんな奴にも平等なんだよ」
場地の言葉にシロは、
「ベンもボギーも罪悪感のようなものがあるのかもな。IDが無い、存在が無い、外の人間は誰も知らないって、同じ国なのにおかしいよなぁ、とお前も思ったろ? ボギー」と言った。
外の人間から見たら、自分たちはやっぱり『可哀想』な人間なんだろうか、と場地は思った。
「……うーん、ベンさんはそれとはちょっと違う気がする……あ、ボギーも。──罪悪感で動いてる感じがしないんだ。俺にはそれが……居心地良いかな」
「そうかそうか」
シロは場地の頭をポンポンと叩いた。
「ところでさ、みんなはここに飛んだの?」
ボギーもパンケーキを食べながら言った。
「いや、ビリー以外はイズモに連れてかれたよ」
「ビリーは?」
「僕は……あの教会に」
「お、じゃあスッキリして来た?」
「うん」
「よかったじゃん!」
「うん、ただね……」
ビリーの前に現れた男は、市街地のマンスリーマンションの部屋にいた。
「ただいま、タロ」と男が言うと、PCのモニターの電源が入った。
画面には、【Tarot】と表示され、声が聞こえた。
『おつかれ、ジロ』
「ビリーとかいう子に会えたよ。今月はタカチホを見張っててラッキーだった。だいたいのコミュニティは観察出来たしさ、そろそろ日本から撤収しようと思ってた時に、ホントラッキー」
『日本はなかなか手強いな』
「うーん、半々がいいなんてぬるい事言ってるなら、いっそなくなってもいい国じゃない? 日本のいい思い出って、タロと過ごした事だけだしなぁ」
『2人で駄菓子屋に行って、50円のアイスを分けたんだよな』
「自販機の下に落ちてた50円でね。消費税が導入されてもアイスの値段は変わらなくて、2人で喜んだよね、ハハハ」
『俺も、ジロがいなかったら特別良い思い出は無いな。児童養護施設も学校も。それに施設の前はもっと嫌な思い出しかないしなぁ』
「話しかけて来た男?」
「うん。でも笑い顔がちょっと怖いっていうか、アルカイック・スマイルで……」とビリーが言った。
「アルカイック・スマイルって何?」とボギーが聞くと、双子も『俺もわかんね』みたいな顔をした。
「目は笑ってない、みたいなやつ」と辨野が説明した。
「そのアルカはAIユニットじゃないんでしょ?」とボギー。
「名前にしてる……うん。人間だってパワーズたちが言ってた。でもなんか、嫌な感じもした……」
次の日のトップニュースは新宿PSビルの爆発だったが、学校関係者が生体販売を行っていたというニュースも流れた。
「コーチョーがニュースに出てるー。ウケる」
ボギーはケラケラと笑いながらニュースを見ていたが、突然「そうだ!」と思い出した質問をし始めた。
「ねえねえ、そういえばベティたちの時、カミサンが六本木まで拾いに行けたりしなかったの? そんでナリタにポ──イって」
「ん? 式神は“俺たち”に付いてくれてるから、一緒にあちこちに行くんであって、コミュニティの人間全員の守護してるわけじゃないからな」と場地が言った。
「だから結局俺らが出ていかないと」とキャンティ。
辨野も、
「結界を張ってくれてるのは土地の氏神様だしな。その土地からそう遠くには行かないもんらしい。ナリタの氏神様から、六本木まで拾いに行くかアホ! って怒られそうだよな」と言った。
ビリーもフッと笑って、
「風神様にも、六本木の交差点まで行ってくださいとか頼めるわけじゃないしね。タクシーじゃないんだから」と言った。
「六本木の氏神様は?」
「あいつらが直接コンタクトが取れるなら、守ってもらえたかもしれないけどな」
「だからあんまウロウロすんなって事。あいつらはよく怒られてんだよ」とレジー。
「主にお前らにな」
「俺らの仕事を増やすからだよ。ギャルどもが」




