ep.32 なぜ粉屋の女は魔女狩りにあったか
新宿から守護たちによって飛ばされた辨野たちは、イズモの結界の中の路地にいた。
「ぅおーい! マンションじゃねーのかザッキー!」とレジーが叫んだ。
「イズモかよ……」
キャンティはがっくり項垂れた。
参道に続く石段からは、《おやおや》と言いながら妖怪が覗き込んでいた。
「ビリーとボギ蔵は別のとこに行ったか。ハハハ」と辨野が言うと、双子はがっかりした顔をした。
「ここ、めんどくせーんだよ……さっさと帰ろうぜ」と、キャンティは立ち上がったが、あっという間に妖怪たちが群がって来た。
《あら〜! 久しぶりじゃん! 元気だった〜?》
《レジキャンじゃない! 会いたかったわ〜!》
「ベタベタすんな!」
「や〜め〜ろ〜!」
「お前ら、何でか知らないけどアイドルだよな」
ビリーは暗い山の上にポツンと残された、廃屋の前にいた。
「ここ……あの教会があったところだよね」
麓はすでに近くまで住宅やビルが建ち並んでおり、眩しい夜景がすぐ目の前に広がっていた。
ビリーは教会で立ち尽くしていた自分が、鮮明に思い出されていた。
《もう取り壊されてだいぶ経つ》
側にいた脳天使がそう言うと、他のパワーズたちも次々に集まって来た。
《だから俺らも来る事は無かったな》
《ビリーも久しぶりだろ?》
「あの時以来だよ。貴方たちと初めて会った……何故ここに?」
《お前は来るべきだと思っていた》
「……懺悔しなさいって事だよね。だって……8人の命が犠牲になったんだから」
《お前はその罪悪感を捨てるべきだと言いたいのだ》
「……僕の罪悪感? そんなものは消えない」
《お前がやったわけではない。それは“皆”わかっている》
「でも、僕が安易に話してしまっ……」
《お前はどうしたいんだ。グズグズと全く》
パワーズの1人がキレ気味で言った。
「どうすればいいかわからない。僕はずっと、謝罪をしたかった────でもあの人たちが、母さんを信じなかったのは許せない。でもそれもしょうがなかったのかもしれない、わからない……」
《ならそのままそう伝えればいい。お前が懺悔したいと思うなら、すれば良い。恨みたいのなら恨めばいい》
「ボキオにもそう言われた……」
「──別にビリーのせいじゃないじゃん。でも謝りたいんでしょ? なら行って来なよー。まだあるんでしょ? そこ」
料理しながらの、なんて事ない雑談の中、ボギーに教会での事を話していたビリー。ボギーのあっけらかんとした言葉に、少し戸惑っていた。
「でも、懺悔したって、ただの自己満足で……」
「自己満足でいいじゃん!」
「……後で知ったんだけど、母さんは『指名手配』じゃなかった。教会と信徒たちに通達されてたのは、ただの『参考人』だったんだ。どっちだろうと見つかれば殺処分に変わりないけど。警察は、信徒たちに騒がれたり追求されるのを避けるために、『参考人』程度にしたんだろうって、情報部隊は言ってたよ。なのに母さんを『指名手配』と決めつけて追い詰めた人たちを、許せないって気持ちもあって……」
「そこは許さなくていいじゃん」
「え?」
「え? なんかダメ?」
《教会の事、まだ引きずってんのかビリー》
パワーズの1人がため息をついた。
《お前は闘い方も冷静だし、猛々しさもあって戦闘向きなんだがな……》
《そうそう、普段も顔に似合わず、妙に肝が座ってんだけどなぁ》
「……そういえば、貴方たちの神は……」
《お前の、心の安泰を望んでいる》
「──ボスに伝えて。僕は今、幸せだから。ベンさんに拾われて、仲間が出来て……」
《伝わっているから大丈夫だ》
《つーかそもそも俺たちは戦闘専門の軍神。人間の救済のメッセンジャーは、大天使とか下位天使の仕事だっつーの。お前はうだうだしてる暇は無い。俺たちはうだうだしてるお前に付き合うほど暇じゃない。わかったか》
《そうだ! こいつ、ここじゃなくてアルザスに飛ばしたら良かったんじゃないか? イーデンハイム祭壇画、見たがってたもんな! あれは教会じゃないか。パレルモの修道院……違うな、ミケランジェロだ。バチカンのピエタだろう! 聖母子像を見れる上に懺悔し放題だしな! だろ?》
《確かにここではもう、懺悔は出来ないな》
「う、ううん、ここで良かったよ。ありがとう。なんかスッキリした。僕は、悩んでる暇なんか無い」
《そうだ。悩んでる暇があったら体を鍛えろ。目で捉えた一瞬で判断出来る、瞬発力を磨け。そして目の前の敵と味方に、自分が何が出来るか考えろ。悩むんならそういう事で悩め》
《絵画も彫刻も、いつか本物を見て来いよ。イーデンハイム祭壇画に、あとラファエロも見たがってただろう》
《何で絵画の話になったんだっけ》
パワーズたちがバラバラに話しかけるものだから、ビリーはフッと笑みを浮かべた。
「ミケランジェロもラファエロも、まえにVRでヤスたちに見せてもらったんだ──カラヴァッジョ、ジョット、ルーベンス、ベラスケス、ジョルジュ・ド・ラ・トゥール……本物も見たいけどね、どの聖母子像もすごくて、すごく嬉しかった。楽しかったよ」
パワーズたちもそれぞれ、ちょっと笑みを浮かべていた。
《──もう、ここに心残りは無いな?》
「うん」
ビリーは心の中で、あの時犠牲になった8人に『僕のせいで、ごめんなさい』と、元教会を見ながら謝罪した。
それから、ふっと思い出したかのように、呟いた。
「────マグダラのマリアは、娼婦だったとはどこにも書かれてなかったんだ──だけどそうに違いないと言い出したのは、後世の“人間“だったんだよね」
ビリーは静かに続けた。
「──粉屋の女性が魔女裁判にかけられたのは……ただ町の外れで作業してるってだけで、こっそり儲けていそうだからってだけで……。教会の異端審問会じゃない、一般市民たちが、裁判で人1人を火炙りにしたんだ……。人を陥れるのはAIでも悪魔でもなく、“人“だったんだ──」
パワーズたちは、微笑んでいたり少し呆れたりとそれぞれ違うが、皆が黙って聞いていた。
「────私欲が無いAIより、人間の方が怖いかもしれないね……」
「本当にそうだよ」
突然の声に驚いたビリーは、振り返った。
声の主はすぐ近くまで来ていた。2、30代くらいの男だった。
「びっくりした……いつからいましたか?」
「『マグダラのマリア』のあたりからかな」
「何故、何もないこんなとこに?」
「それを言ったら君こそ」
しまった、と思ったビリーは、
「……星を見に来て……」と言った。
「こんなに明るいと見えないね……。僕は探し物をしてたんだ」とその男は言った。
「見つかりましたか?」
「うん、見つかったよ」
「そう、よかった」
ビリーは彼に手を振って、細い山道を降りて行った。
「──君のことだけどね」と男は言った。




