ep.31 戻ってきた怪物
ケルベロスによって新宿から飛ばされた次の瞬間、ボギーは何処かの路上に出た。
「おっと! うわわわ──」
着地が上手くいかず、勢いで前転し2回転目で止まった。
「ふーっ! じーちゃんたち、ありがとね。助かった」と言ってムクリと起き上がった。
見渡すと、予想外の場所にいた。
「あれ? ここクロスロード?」
《慌ててしまった》
《すまんなぁ》
《なるべく遠くにと思ったら、うっかりここになってしまった》
「なっつかしー! マジで北海道だわ」
眩しい街や学校が遠目に見えていたが、この路地は足元が微かに見える程の、暗闇の十字路だった。
「いつも思ってたけど、暗すぎるよねここ。人もいないし」
《ここは普通、人間は辿り着かない場所なんだよ》
《冥界と魔界の入り口だからな》
「マジで?」
《お前、ただの近道だと思ってるだろう》
《そうだお前、ついでにやっとく事があるんじゃないのか?》
「そうだった」
とあるマンションの12階、一人暮らしのこの男は、夜はいつも酎ハイを飲みながら、好きなアイドルの動画を観るのが日課だった。
ベランダから物音がし、何かが落ちて来たかと思い、カーテンを開けた。
「うわあ!」
にんまりと笑うボギーが立っており、男は尻餅をついた。
「開けてくんね?」
ボギーはガラス戸をドンドンと叩いた。
「……な、なんだ、誰だお前……」
「いいから開けろよー。開けないなら壊すだけだけど」
黒い毛で覆われ、鋭い爪を持った両手を男に見せると、男は後ずさった。
ボギーがガラスを指でピンと弾くと、ガラスが大きな音を立てて割れた。
「俺だよ俺。アンタに売られた高校生」
ボギーは口元だけは笑いながら、男に近づいた。
男はボギーを思い出したようで、益々青い顔をした。
「お、お前、何言ってんだ……売ったなんて、俺は」
「アンタがルイとかいうブローカーに、俺を売ったってわかってんの。今年も何人か目星は付けてんだろ? 俺の前には何人売った? 全部白状したら、命だけは勘弁してやってもいいけどなー」
「お、俺は知らない,そんな事してない」
「へー」
ボギーの顔がだんだん浅黒く,口が裂けてケルベロスの顔になっていった。
涎を垂らす口から長い舌を出し、ガラスの欠片を口に入れた。
男を睨みながらガラスを噛み砕き、
「まっず」と言って男に向かって吐き出した。
男は腰を抜かして、ただガクガクと震えていた。
「指から一本ずつ、ゆっくり食ってってやるよ──アンタに売られたから俺、怪物になったんだよね(嘘だけど)」
ボギーは指で男の襟首をつまんで、軽く放り投げた。男は壁に激突した。
「俺や俺の前に売られた人間は、元に戻れないんだけど。どーしてくれんのコレ。怪物に食べられても自業自得だよなあ」
ボギーはテーブルの下に転がっていた鉄アレイを掴んだ。
「何コレ、鍛えてる風に見せてる感じ?」
片手で握りつぶし、粉々に砕いていった。
「そういえば、腹が減ってる悪魔がいっぱいいたよなー。アイツらに渡したら喜ぶんじゃね?」
ボギーが右手に向かってそう言うと、獣のような右手が、ケルベロスの顔に変化していった。
男は悲鳴をあげた。
《今から呼び出してもいいぞ》
「だとさ。聞こえた? で、どーすんの。俺らに食われる? ケーサツ行く? どっち?」
「わ,わかった。自首する……すまなかっ──」
「1人でも誤魔化したら、刑務所の中だろうと食いに行くからな」
誰もいない真夜中の学校の事務室に、ボギーはその男を引きずって行った。
男はボロボロになりながら、過去に生徒をブローカーに売った証拠、目星を付けている今年の生徒の資料、自宅のPCのデータなどを並べた。
ガムテープで男の手足を背中で縛りあげ、ボギーは防犯カメラに向かって手を振った。
「ヤホー!」
ボギーは男の髪を掴み、顔をカメラに向けた。
「コーチョー! お久しぶりっす! この事務員、俺をブローカーに売ったの。やべーよコイツ。過去に何人も売ってっし。就職口を適当に探してる奴を、狙ってたんだと。今年も何人か売るつもりだったみたいだからさ、阻止出来て良かったね」
ボギーは自分のスマホをわざと掲げて、
「ニュース楽しみにしてんね」と、カメラに向かって笑い、非常ボタンを叩いた。
非常ベルがけたたましく鳴り響き、警備員が急いで駆けつけて来た。ボギーはざっくり事情を話して、
「後はよろしくー」と2階の窓から飛び降りた。
「ヤッさん! ナビあんがと」
懐かしい学校を去りながら、ボギーは満足げにヤスと通信していた。
『はいはい、ようやく復讐が出来て良かったですね。進路指導や学校側がグルじゃない事はわかっていますが、隠蔽された時のための動画はバッチリでございますよ』
「ついでにあのオバサンも脅したかったけどなー。まぁ捕まるならいいか!」
情報部隊がこの男を割り出したのは、ボギーがイズモから戻ったあたりの事。
皆で朝食を食べながら、チャイナタウンでの段取りを再確認していた。
やる気が復活したボギーを見て、キャンティがフッと笑って言った。
「ところでお前、何、妖怪たちと一緒になって遊んでんの」
グラサン着用の妖怪たちを、ボギーが引き連れていた話をしたキャンティ。
「アホ過ぎてビビったよ」とレジー。
「そんな事してたのか」
辨野とビリーが笑っていた。
「ホント流石だよお前。生体販売されるだけの事はあるわ」とキャンティ。
「何でカンケーあんの」眉を顰めるボギー。
「知らないのか? アホはさっさと売られちゃうんだぞ〜。北海道で習わなかったのか〜?」
ヒヒヒと笑うレジー。
連絡に気づき、スマホを見ていた辨野が、
「ん? レジー、ビンゴ」と言った。
「何でよ!」また眉を顰めるボギー。
「こいつを売った奴を、ダイズたちが見つけた」
「マジで?」
ボギーは目を見開いて立ち上がった。
「マジで?(テキトー言ったのに)」とレジー。
[学校事務室の職員〇〇、就職先と偽り、闇ブローカーに斡旋]
ボギーは怒りで髪が逆立ちそうな勢いだった。
「ブッ潰して来る! 顔、覚えてるし!」
ビリーは、フーフー言いながら怒るボギーをなだめ、辨野も慌てて落ち着かせようとした。
「待て待て、お前は今からチャイナタウンに行くんだって。ヨコハマの奴らに顔がわれてないのは、お前だけなんだから」
ボギーの肩を叩いて、椅子に座らせるビリー。
「それにやるなら徹底的にやれ。そいつは来年の春まで動きは無いよ。ダイズたちが細かく洗い出してからの方がいい。だから今日はチャイナタウンだ。わかったか? ────チャーシューメロンパン買ってやるから、な?」と辨野が言った。
ボギーは鼻息荒く、拳を握った。
「タコ殴りぐらいじゃ気が済まねー! ──あいつには最っ高の恐怖を味わってもらうもんね」
「まさか、この為に北海道に飛ばしてくれたの? じーちゃんズは」
《そういう事にしておいてくれ》
ちなみに悪魔たちはキリスト教界隈の方々。ケルベロスを率いるハデスはギリシャ神話の方です。別物。
ですが新約聖書の外典ではハデスが登場してます。そしてサタンに愚痴をこぼすエピソードが(本当)。
なので悪魔たちとケルベロスは仲間じゃないけど、密接な冥界と魔界の住民として知ってる、ぐらいの設定にしています。




