ep.23 来訪者2
ボギーがこのマンションに来てから今まで一切無かった来客が、立て続けに来た。
次の来訪者は直斗絡みの女性ではなく、年配の男とAIロボットだった。
来訪者の男は開口一番にこう言った。
「ダイズが風邪をひいたって、お迎えがすっ飛んで来たんだよ。あの子は家から出たがらないからなぁ」
「往診でしたか」
「コイツに拉致られた」
来訪者はそう言って、後ろに立っているAIロボットを指した。
「この間ぶりです。ベンさんたち」
「ヤッさん?」
ボギーがロボットの顔を覗き込んだ。
「ブー、不正解。私はツナヨシです。自動運転とはいえ、お年寄りを運転席に座らせるわけにはいかないですし。だって怖いじゃないですかー。もう免許の返納をおすすめ致します、先生」
ツナヨシは早口で捲し立てた。
「うるさい。年寄り扱いすな。そういえばさっき直斗とすれ違ったぞ」
「さっき出て行ったので。あいつとは久しぶりですよね」
「アイツがわざわざウチの診療所に来る必要はないからな。ほれ、新人おいで」
「シロ先生だ」
辨野はボギーに紹介した。
「ボギーっす。よろしくです」
「よしよし、頑張れよ。口開けて。あー」
「あー」
「うん、問題ない。お前たちも診せなさい……ん? 双子はどこ行った?」
「部屋に隠れました」と場地が言った。
「猫か? まあいい。何かあったらちゃんと来なさいって双子に言っておけ」
シロはソファーに座り一息ついた。
「ダイズさんも、なかなかシロ先生の診療所に行きたがらないんですよー」
ツナヨシは変わらず早口で言った。
「お前たちは少々過保護過ぎる」
「ダイズさんの事はシノさんに任されましたから」
胸を張るツナヨシを見て、ボギーは『多分ドヤ顔なんだろうな。区別つかないけど』と思った。
「ん? シノさんって?」
ボギーは辨野を見た。
「ダイズの父親だ。情報部隊を作った人だよ」
「ツナヨシはシノの時からいるんだったな」とシロ先生が言った。
「ええ、私は先代からお仕えしてます」
「チチオヤって、えーっと……男の方だっけ」
ツナヨシはボギーの方に顔を向けた。
「そうです。そして女性の方は『母親』ですね。ダイズさんのご両親は、ダイズさんを身籠った時に野良になったと聞いています。ダイズさんのために『外』の世界を捨てて来られたのですから、過保護と言われようが何と言われようが、私たちは全力でお守りしますもんねー」
「あんまり甘ったるいもんばっかり与えるなよ」
「ちゃんと制限してますぅー」
「シロ先生はかかりつけ医?」
ボギーは辨野に聞いた。
「そう。野良を診てくれる」
「俺はIDもあるし、こうしてお忍びでも診てるが、普通に開業してるぞ。俺だけじゃない。各地にいるし、大学病院にもいる。俺たちは秘密裏で野良のかかりつけ医を受け継いでいるんだが、俺はまだ後継を見つけていなくてね……。ベンがあのまま医者になってくれたら継いでもらおうと思ってたのに、“そっち”に行ってしまった」
「だってスカウトされちゃったし」
「先にスカウトしたのは俺だろうが」
場地がビールを持ってきて言った。
「先に目をつけたのは式神らしいよ」
「お、ありがとな。運転手がいるのも悪くないな」
先生は缶ビールを開け、早速飲みだした。
ボギーは少し呆気に取られてこう言った。
「なんか、思ってたのと違った。意外と野良を知ってる人がいるんだね」
「かかりつけ医を受け継ぐのはいいんだが、信頼出来る次の奴を見つけるのが大変でな。何人かは断られた」
「断った人も、聞いちゃったからにはやばいよね」
「どうって事ないさ。そいつもチクった時点で自分が殺処分だってわかってるからな。それに“見える”奴にしか声を掛けない」
「そうなんだ」
「ベンをスカウトしに行ったのは俺なのに、式神に取られてしまった」
シロは文句を言いながら、あっという間に1缶空けていた。
「そういえば式神がいる人ってさ、ベンさん以外にいなかったの?」
「俺より前からいたよ。1人」
「1人?」
「その時は唯一で最強で、豪快な女性だよ」
古代に造られた広大な箱庭に、長い髪を揺らす女が1人、美しい風景に見惚れていた。
箱庭は豊かな緑や苑池で、海や島、荒磯の風景を古代人が巧みに表現した、浄土庭園と言われるものだった。
まるで時が止まったような庭園内は、花々が咲き誇り、広大な池に映る空や箱庭を取り囲む森林も、いつ訪れても絵画のようだと女は満足げだった。
一羽の雀が彼女の目の前に降り立ち、ちょこちょこと歩き出した。
「君は知ってる? 自分が絶滅危惧種だって」
雀や鳩、烏でさえも今は絶滅危惧種となり、人間に飼育され、国の管理下で安定した数を保っていた。
「この世の動物はほとんどが絶滅危惧種なのにね」
別の雀がまた1羽、彼女の近くに降りてきた。
「世界はまだ、こんなに綺麗だね──ここは雪が降ると、まるで水墨画の中にいるみたいですごく綺麗なの。君たちがまんまるのふくら雀になってる時、また来るね」
「チャコちゃーん!」
男が大声で叫びながら、彼女に駆け寄って来た。
「なあに? 今日のご飯? イズモに帰る前に何食べよっか。やっぱり牛タンは外せなくない?」
彼女はキリッとした顔で言った。
「そうじゃなくて、ベンのところに新しく来たって子、魔界から何か連れて来たって本当らしくてさ」
「フフ、そうなんだやっぱり。一時ざわついてたもんね。山も神様たちも、妖怪たちも」
「パワーズの子もいるだろう? 天使と悪魔が仲間同士なんてさ、一触即発なんて事になったら……」
ボギーはキッチンに立ち、鼻歌を歌いながらパンケーキを焼いていた。
「ボギオ……それみんなで食べ切れるかな……」
キッチンを覗いたビリーが言った。
「大丈夫、大丈夫! 余ったら冷凍しとくからさ、食べたい時にレンチンしてね」
ボギーは次々と焼いては重ねて、30cm程のパンケーキタワーが出来上がっていた。
「お前、どんだけ焼けば気が済むの」
レジーが1枚取って手掴みで食べ始めた。
「冷凍に出来るってばー」
「冷凍庫に入りきらねーだろ」
「あっ!」
ビリーは珍しく声を出して笑っていた。
「アハハ、大食い頑張れ」
微笑んでいるチャコの目は、青空の遥か先を見ていた。
「仲間が増えて嬉しいな」
芝の上を歩いていた雀が、突然慌てるように飛び去って行った。
「ですよね。龍神様」
彼女の側に、金色の龍が静かに降り立った。
《────そうだな》




