ep.20 花火はいつの時代でも
辨野はふ頭の中の路上に車を停め、電話を掛けた。車の輸送船、RORO船が間近に見えていた。
「ダイズくん、ダイズくん、もう着いちゃうけど、警察はまだっぽい?」
車から降り、倉庫だらけのふ頭で一際目立つ、ライブホールに向かって歩き出した。
すると後ろからボギーの声が聞こえた。
「なーんで置いてくの! ベンさん!」
辨野が振り返ると、ボギーが息を切らせながら走って来た。
「もう仕事は終わったって言っただろう。いやマジで、する事無いぞ?」
「そ、それでも、ハァ、いい。じっとしてらんないって」
「そういやお前──イセの女神に何か言われたんだって?」
辨野はニヤニヤしながら言った。
ボギーは肩で息をしながら、少し考えた。
「……社会を丸ごとぶっ潰せ……だっけ? なんか違うな。ハァ、でも、人の命を奪ってまで欲しい生活って、そんなのおかしいから。別に悪人じゃない、普通の人たちなのに」
「そうそう、おかしいの。だから」
「だからさっさと社会をぶっ潰しに行くんでしょ」
「──ウス!」
ダイズは怒りながら、メロンフラッペを一気に吸い上げた。
「も────っ! みんなして余計なお節介! 僕、忙しいのっ!」
辨野の後にボギーから連絡が来て、
「ダイズ! ベンさんの居場所教えて!」と催促されていた。
「どうせ先が見えてる奴なのに。お節介しても意味ないのに」
ヤスがおかわりのフラッペを持ってきた。
「まあまあ。ベンさんはいつもの事です。はい、今日の糖分はこれでおしまい」
「も────っ!」
辨野がライブホールのドアを開けると、すぐにロクの仲間が気づき、次々と近づいて来た。
「何か用すか」
辨野はまるで見えない刀を一振りするように右腕を振った。
ロクの仲間は次々と短い悲鳴をあげていった。辨野は全く触れもせずに全員を横たわらせ、奥に進んだ。
《気を失わせるだけとか、逆に難しいんだけど》
辨野の横に現れた、刀を持った武神がそう言った。
「頼みますよ。人間相手なんだから」
奥のバーカウンターの前にロクの仲間が集まっていた。奥にロクの姿もあった。
全員が辨野に気づき向かって来たが、辨野の腕の一振りで、ロク以外は次々と気を失っていった。
奥のソファーに座るロクは、辨野の顔を見て言った。
「あれ? アンタ、式神付いてる人だよね。とうとう見つかったかー。結構頑張って逃げてたんだけどなー。て事は警察ももう来ちゃう?」
ボギーはロクを見るなり、喉の奥から唸り声がし、目が赤く光り、口が裂け始めた。
「こらボギ蔵、止まれ」
ハッと我に返ったボギーは、元の顔に戻っていった。
「お前も式神付きなの? いいね、簡単に殺されずに済んで」
「俺は野良に生まれてない」
「マジで?」
「俺は盗られた側だ」
「何だお前、教育都市育ちか。ああ、お前“いいところ”しか見えて無さそうだもんな。よっぽど幸せに過ごして来たんだろ。デカくて綺麗な学校に行って、何でも与えられて──俺たちなんか見つかれば殺される運命だぞ。何だそりゃって感じだろ? 理不尽過ぎねえ? 俺らだって堂々と外を歩きてえよ。そんくらい望んだっていいじゃん」
ヘラヘラっと笑ってそう言うと、ゆっくりソファーから立ち上がり、奥へ歩き出した。
「お前が出所する頃には、たぶん世界は変わってる。楽しみにしてろって──ミロク」
辨野がそう言うと、『ミロク』は振り返って
「アハハ、やめろって〜、その大層な名前〜。『ロク』デナシの方が気楽なんだよ」と言った。
「ミロクは誰が付けた名前だ?」
「んー、世話係のばーちゃん、だったかなー? ──ばーちゃん、かーちゃんの時代はマジで可哀想だったじゃん? 俺なんか放っといて、国の言う事聞いときゃ良かったのになーって思ったよ」
ボギーは落ち着きを取り戻し、
「野良のみんなが普通に生活してるのを見たら、アンタも納得するよ」と言った。
「ハハ、わーったよ。出所したら何か奢れよ」
ミロクは背中を向けたまま手をヒラヒラさせ、「バイバイ」と言ってバックヤードに入って行った。
辨野は出口に向かいながら、
「ロクデナシの『ロク(陸)』は、真っ直ぐとか正しいって意味なんだけどなぁ」と呟いた。
パトカーが数台到着し、ボギーたちと入れ替わるように警官が中に突入した。
次々と横たわるブローカーたちを拘束し、搬送していった。
バックヤードも見つかり、警官が突入しミロクも拘束された。
「おまわりさーん、アイツらみんな捕まった? 俺、最後にしてよ」
ニヤリと笑って言った。
「俺、野良だからさ」
ドォン! と港の上に大輪の花火が高く上がり、音が大きく鳴り響いた。
次々と上がる花火は今も昔も変わらず、夜空に大輪を咲かせ、人々の注目を浴びていた。
ボギーのスマホから通知音がして、メッセージを見るとレジーからだった。
『カレーが食いたい さっさと帰ってきて作れ』
「はぁぁ? 今からカレーは無理だよ」
また通知音がし、今度はキャンティからだった。
『商店街のトンカツとおやつコロッケ買ってこい』
「これは……『カツカレーが食べたい』で合ってるのか……?」
ボギーは眉をひそめた。
辨野は吹き出して、
「あいつらも気ぃ使ってんのね」と言った。
「どこが?」
ボギーは『無理!』と返信して、助手席に乗り込んだ。
パトカーや護送車で騒がしいライブホールを背に、辨野は車を走らせた。
RORO船が停泊していた辺りの港も、沢山のパトランプで煌々と照らされているのが見えた。
花火の音が遠ざかっていく車の中、辨野が「あれ?」という顔をして言った。
「お前に言ってなかったっけ」
「?」
「俺も教育都市育ちなんだよ」




