ep.21 識別コードと個体名の世界に無いもの
出生と同時に、個体にはファーストネームと16桁の識別コード──IDが割り当てられ、耳にICチップを埋め込まれる。
IDは一生変わらないが、国際登録がされた場合のみ、末尾に【jp】が付く。
更にIDとは別に、エイリアスネームという『呼び名』を持つのが一般的だった。
エイリアスネームは何を使おうが自由であり、それに関する法律も無い。
マンションに戻ると、興奮冷めやらないボギーは開口一番に叫んだ。
「ベンさんが教育都市育ちって、何で誰も教えてくんなかったの?」
リビングにいた全員が一瞬ポカンとした顔をし、クスッと笑った場地がこう言った。
「むしろ何で今まで気づかなかったの? お前」
双子がシンクロして頷いていた。
「お前は生まれた時に、耳にICチップを埋め込まれてるだろ?」
「うん」
「野良にはそれが無いから、ダミーIDを取り込むためのチップをピアスにしてるって言っただろ? ほれ」
場地とビリーは左耳のピアスを見せた。
ついでにレジーとキャンティも、ピアスだらけの耳を見せてきた。
「うん、AIユニットは耳のあたりでIDを探知するからって」
「ベンさんだけピアスしてないって気づかなかったのか?」
「あっ!」
「……」
「……さてと、飯食うか」
場地は先ほど買った中華デリをダイニングに広げ始めた。
カツカレーじゃなくても文句を言わずに食べていた双子は、
「別に……俺らは昼に中華、食いっぱぐれたし」と言った。
「ベンさんは、IDのファーストネームも『ベンノ』だったの?」
ボギーは興味津々で聞いた。
「いや、ベンだった。これは場地が付けたんだ」
「いやいや、俺は漢字を選んだだけだよ」
辨野が22歳、コミュニティと関わるようになってまだ間もない頃の事。
座敷に胡座をかいて座るベンと12歳のバディは、いずれベンの式神となる武将から歴史の話を聞かされていた。
ベンがコミュニティにいる間、バディはベンのそばから離れなかった。
《──1875年の「平民苗字必称義務令」で国民全員に氏が義務化されたのだが──》
「うじって何ですか?」
ベンが質問した。
《苗字だ》
「みょうじって何ですか?」
《そこからか……》
《苗字とは、家系・家族毎にある名前だ。日本ではファーストネームの前に付けられていた》
「家系、家族……。この間も散々習いました……」
《氏とか姓と呼ばれ、平安時代に武士が始めたのだ。地名や所領を名乗ったことが始まりとされ……ん? 人物のフルネームぐらい歴史の教科書に載っているだろう》
「『血が繋がっている』とは書かれていませんでしたよ。だから似たような名前が続いても、その時代の『流行り』かと思ってた……」
《血縁が“無い”なら世襲も無いな。歴史的には血縁の争いは多いのだが……どう辻褄あわせているんだ。その教科書見てみたい……》
「野良に苗字はあるのか?」
ベンはバディに聞いた。
「ないよ。でも誰と誰が家族っていうのはみんなわかってる」
《ああ、江戸時代まではほとんどの民がそうだ。苗字があるのは、武士などの決まった職の者だけだな》
「へえ。……じゃあ俺、苗字っぽい名前がいいなぁ」
ベンが呟くと、
「俺もそうする!」
バディも嬉しそうに言った。
「漢字を当てて、日本っぽくな」
「いいねいいね! みんなと一味違っていいよね!」
ベンは武将に質問した。
「例えばどんなのがあります? 『外』には一切そんな情報は無いんです』
《職が由来もあるが、ほとんどが土地由来だな。例えば山とか川、森とか林を付け加えたり。あとは東西南北を付けたりする》
「決定!」
バディは毛筆で大きく『場地』と書いた半紙を掲げた。
《当て字だな。いいと思うぞ》
「ベンさんは?」
「ほい」
ベンの半紙には、『べん野』と書かれていた。
「ベンの漢字を探そうよ!」
「え〜」
「面倒くさがらない!」
結局、バディが辞書から探して決定した。
「弁天様の古いお社に書いてあった『辨天』の『辨』。これに決定!」
「でも周りの連中は結局『辨野』って呼んでくれないんだよな」
「アハハハ」
「バディは『場地』がいいのか?」
「うん。チビっこたちがたまにこう呼ぶからね」
「お前、そういえば『ボギー』の前は『ユキオ』だったな。自分で名前を考えなかったのか?」
場地が笑ってそう言った。
「就職したら俺、職場ごとに上司に名前を付けられるんだと思ってた」
「何でそうなる」
「だって犬の名前は飼い主が付けるじゃん」
「すごい理論」
「お前の衝撃発言にはだいぶ慣れてきたよ」
「えー、だって職場で名前が被ったら変えるって聞いたからさ」
「学校ではどうだったんだ?」
「先生はIDで呼ぶ。最初のコード4桁までだけど。たまーにエイリアスネームで呼ばれる事もあった」
「エイリ……何それ」
キャンティが辨野に聞いた。
「IDじゃない名前。あだ名だな」
「『名前』って言ったらエイリアスネームの事だったよ。IDの事は『ID』って呼ぶし」
辨野がふと思い出したのは、幼馴染たちが一生懸命エイリアスネームを考えていた、子どもの頃の景色だった。
名前辞典を見ながら、ベンの幼馴染が言った。
「オレ、日本人っぽいのがいい。漢字もかっこいいよね──ケン、ケンイチ、ケンジ、ケント、ケントがいい!」
左胸に付けた名札には、
【ID:ケンティ. 7F3A.91C2.4B88.D1E0】と記されていた。
「ケントはアメリカっぽいぞ。アメコミにいなかったか?」
もう1人の幼馴染が言った。
名札には【ID:ナオ.5B9D.C210.8E4F.A001】とあった。
「漢字にするもんね! 剣……賢、玄、研……『賢斗』にする!」
「じゃあオレもナオトにする。尚、直、菜緒……『直斗』だな」
「ベンは?」
「オレはベンでいいよ。めんどくさい。違うのにしても、どうせベンって呼ぶんだろ」
「だな」
「『ボガート』か『ボギー』じゃなかったら、学校でなんて呼ばれてたんだよ」
「適当だったなー。ボが付けば何でも」
「『ボギ蔵』に抵抗ないんだもんな、お前」
レジーは一瞬考えて、
「ボケナス」と言い、パンパンと手を叩いた。
「ボロカス」
キャンティもパンパンと手を叩いた。
「え? 僕? ……ボ、朴念仁」
パンパンとビリーが戸惑いながら続いた。
「ボンクラ」
パンパン。
「え? 何の山手線ゲーム? 俺の悪口?」
その時突然、玄関から物音がした。
そしてリビングのドアがガチャリと開き、スーツを着た男がいきなり入って来た。
「ゲームしてんの? なんか楽しそうじゃん」
『源』とか『平』とかも
“流行り”で片付けられてて草。




